3-3

「今枝くんのせいやないよ」


 僕の考えを見透かしたかのように弓削さんが口にする。いや、読み取ったのは考えじゃなく気持ちの方か。


「僕の目……今、何色だった?」


「青……同情とか心配とか、そういう色」


 そんなに優しい言葉じゃない。ただ、自分の身勝手な想像が許せなくて弓削さんに悪いと思っただけだ。


 いや、こうやって自分を責めることが、また弓削さんを悲しませてしまうのか。


「青、か……そう言えば灘さんにも、そんなこと言ってなかった? ほら、クランで」


「うん……タエが今枝くんと付き合っちゅうとか言うちょった時やね。あの時の私を見るタエの目も青で、そんなタエを見る今枝くんの目は赤やったき、すぐにウソやって分かったよ」


 そうか。その後、僕の顔を覗き込んだのは弓削さんを見る僕の目がピンク色だと確かめるためだったのか。


 ん、今何て言った?


「えっ……僕が灘さんをどう思ってるかも見えてたの?」


「うん。他の人が私を見ゆう時の感情だけやのうて、他の人がまた別の人を見ゆう時には、その別の人への感情が分かるんよ」


 すごい能力だ。


「タエはね、いつもは私のこと緑色の目で見てくれるんよ。あ、嫉妬やないよ」


「うん、それは何となく分かる。緑は友情……とか?」


「友情はね、黄緑色。タエの目は信頼と尊敬の緑色。やき、タエのことは永遠に変わらん親友やって信じれるんよ」


 灘さんが弓削さんについて話す時の熱量からして、悪感情を抱いているのではないと分かっていた。


 それにしても信頼と尊敬とは、想像していた以上に熱い感情だ。


 それでか。それで弓削さんは、灘さんにウソをつかれても笑って許すことが出来たのか。灘さんが本心から弓削さんを傷つけることはないと信じているから。


 僕たちを野次馬から遮ってくれている女騎士様の方をチラリと覗くと一瞬、目が合った。会話の内容が鮮明に聞こえる距離ではないと思うが、自分の名前が出たのは聞き逃さなかったといったところか。


 気まずさから視線を弓削さんへと戻し、話題も変える。


「えっと……それじゃ僕と奈都なつは、お互いを黄緑色の目で見てるのかな?」


「K組のひがしくん? 今枝くんはね、東くんのこと白い目で見ちゅう時も多いよ」


「白い目……そんなつもりは無かったんだけど」


「あっ、ごめんごめん。冷たい目つきって意味やのうて、えっとぉ……安心、かな?」


 言葉通りの白い目と受け取ってしまった僕に、弓削さんが慌てて訂正する。


 それにしても安心とは何だか意外だ。自分の気持ちなんて、自分じゃ正確には把握していないということか。


「安心……」


「そう。側にいると気持ちが落ち着くとか、そういう癒しの気持ちやね」


「そっか。それじゃ、奈都の方は……」


「東くんが今枝くんをどう思っちゅうか……言いとうない」


「どうして?」


「多分、それを話したら私の目……赤紫になりゆうもん」


 赤紫の目。それがどういう感情を意味するのかは教えてくれなかったが、どこかで聞いたような気もする。他でもない弓削さんの口から。


「赤紫……うん、私を見ゆう東くんの目と同じやね」


 弓削さんが見上げながら言う。僕もつられて上を見ると、いつの間にか大階段の途中に奈都が立っていた。


 深刻そうな顔つきで僕たち二人を見ている奈都。いや、見つめているのは弓削さん一人か。


 弓削さんと奈都とが互いに見合う赤紫の目。その色が意味する感情が何なのか、具体的な言葉は上手く出てこないが何となくいい意味ではなさそうだ。


 弓削さんは僕と奈都が一緒に遊んでるのを羨ましがってるって言ってたし、奈都としても唯一の友達が自分をほったらかして女子と話してたらモヤモヤするよな。


 僕が奈都の立場だったとしてもヤキモチを焼いてたと思う。それは奈都に? それとも弓削さんに?


 友情と恋愛を天秤にかけた時、僕は心から奈都に謝りたい気持ちになった。

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