3-2

「始まりは、七年前……小学校三年生の時やった。覚えちゅう? 今枝くん、私と同じよさこいチームで踊ったんよ」


 小学校三年生の時。そうだ、それは僕が地元チームの潮に参加する前の話。あの時、僕はくらんで踊ったんだ。弓削さんがいる、くらんで。


「私、ダンスが下手で。振付もなかなか覚えられんで。今枝くん、そんな私に付きっきりで教えてくれちょったよね」


 覚えてる。僕は、その二年前から兄ちゃんにダンスを教えてもらっていたから、他の子に比べて振付の覚えも早かった。


 自分が周りより上手く踊れるものだから、調子に乗って教える側に回ったりもしていた。今なら分かる。単純にマウントを取りたかっただけのガキだ。


 その僕が教えた子たちの中に弓削さんもいたのか。弓削さんは体育の授業でも活躍しているし、よさこい大賞常連のくらんを先導している。そんな今の弓削さんからは全く想像できないが。


「私、ね……言うよ……私、その時から……今枝くんが好きやった」


 ほっぺたをピンク色に染めながら弓削さんが僕への想いを口にする。七年越しの告白かと思うと、当事者のくせに何か感動してしまう。


 あぁ、きっと僕の目はこんな風にピンク色になっているんだろうな。


「僕も……弓削さんが好き、です」


 僕の気持ちは弓削さんにはとっくに知られている。それでも口にせずにはいられなかった。


 本当は何十回でも何百回でも言いたいくらいだ。きっと何万回言ったとしても、僕の心にある真の想いには及ばないのだから。


「うん……ありがとう。ごめんね、今枝くんの気持ち、知っちゅうくせして黙ってて」


「そんなこと……僕こそ、ごめん。弓削さんは七年間も僕のことを想っててくれたのに、全然気づかなくて」


 僕の方は、まだ一ヶ月の想いでしかない。それでもこの一ヶ月、どれだけ弓削さんのことで頭を悩まし、弓削さんへの想いで胸を焦がしてきたか。


 弓削さんは僕の八十倍以上も苦しんできたのだと思えば、謝るのはむしろ僕の方だった。


「うん……私も、最初は今枝くんの気持ち、分からんかった。やき、知りたいと思うた。今枝くんへの想いが募れば募るほど、今枝くんが私のこと、どう思っちゅうがか気になった。そうしたら、ある時……今枝くんの目がオレンジ色に見えたんよ」


 ピンク色ではなくオレンジ色。それは、七年前のことだろうか。


 当時の僕なら、まだ弓削さんに恋心を抱いていないのも当然だ。それではオレンジ色が意味するのは、どんな気持ちなんだ。


 僕が抱いた疑問を見越したように弓削さんが答えてくれる。


「オレンジ色はね、期待の色。期待とか関心とか、その人のことが気になっちゅう証拠」


 小三の頃の自分の気持ちを言い当てられて、何だか胸がくすぐったくなる。そうか、その時から弓削さんに興味はあったのか。


 その時に恋心にまで発展していれば、と悔やんでも悔やみきれない。


「私、もちろん驚いたよ。何で急に他の人の目に色が付いたんか分からんで、もしかしたら病気かもしれんって怖うなった」


 当時は弓削さんも小学三年生。それはそうだろうな、と思わず同情してしまう。


「でもね、他の人とお話しよる内に段々と分かってきたの。相手が怒っちゅう時は目が赤うなって、笑っちゅう時は黄色になって、泣いちゅう時は青……あぁ、これはその人の心の気持ちが色になって表れちょるんやなって。それから色と感情の関係とかも調べて、色々と分かってきたがよ」


 赤、黄色、青……弓削さんが話す色と表情とを思い浮かべてみる。一体、人の感情というのはどれだけの数があるのだろうか。


「何で私にはこんな風に相手の気持ちが見えるんか、それは分からん。私やって今枝くんと会う前は普通に見えちょったき、他の人はこんなおかしなこと無いろう? やき、こう考えることにしたんよ。私は今枝くんの気持ちを知りたいと強う思うたき、そんで神様が私に与えてくれたんやって」


 でも、それだと僕には弓削さんの目がピンク色に見えない理由が付かない。


 僕も弓削さんに恋して以来、どれだけ弓削さんの気持ちを知りたいと願ったことか。


 いや、臆病な僕のことだ。弓削さんが僕に無関心だという証拠を突き付けられるのが怖くて、本心では願ってはこなかった。それが僕と弓削さんの差なのだろうか。


 あるいは弓削さんには生まれつき、そういった能力が宿っていたのかもしれない。その能力が僕への想いから覚醒したのか。


 僕なんか周りに対して壁を作っているけど、もし僕に弓削さんと同じ能力が宿っていたらもっと上手く立ち回ることも出来たのだろうか。


 話してる相手の本心なんて、きっと誰にも分からない。顔は笑っていても実は怒っているかもしれない。そんな時、相手の本当の気持ちを察して上手になだめてあげるとか。


 いや、こんな妄想は弓削さんに申し訳ないな。


 相手の気持ちを窺って要領よく立ち回ってやろうなんて、人の気持ちを軽く見ているのと同じだ。コイツは表面は平静を装ってるけど内面ではビビッてるぞ、なんて陰で笑うのは最低の行いだ。


 弓削さんは、そういうタイプの人間じゃない。きっと僕なんかじゃ想像も付かないような苦労だって体験してきたことだろう。


 常に周りが自分をどう思っているのかが見えてしまう。見たくない感情だってあるはずだ。仲の良い友達が自分に悪感情を抱いていてるのが分かってしまい、それでも友達関係を続けなくてはならなかったりとか。


 優等生の弓削さんなら、周囲の期待や羨望、嫉妬なんかも包み隠さず見えてしまうのだろう。そういった悩みやプレッシャーを誰かに相談することも出来ず、弓削さんは七年間も生きてきた。全ては僕の気持ちを知りたいと思ったため。僕のせい、か。

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