第三話 セイム・オールド・ラヴ・ストーリー

3-1

 明けて月曜日。今日は僕が教室中の視線を集めていた。先週、みんなの前で弓削ゆげさんを誘ったりしたんだから当たり前か。


 でも、今日は朝から弓削さんとは話もしてなければ目も合わせていない。避けているとか気まずいとかじゃなく、何となくお互いに顔を合わせづらかった。


 顔を合わせればきっと、昨日の別れ際の話の続きをしなければいけない気がしたから。


 弓削さんは他人が自分をどう思っているのか、その感情を読み取ることが出来る――昨日、弓削さんはそう教えてくれた。


 だから夏休みが明けてからずっと、僕が弓削さんに恋していることもとっくにバレていたわけだ。弓削さんを見る僕の瞳が、弓削さんにはピンク色に見えていたから。


 ピンク色の瞳は弓削さんに恋心を向けている証拠だそうだ。分からないのは、弓削さんは僕がピンク色の目で自分を見るのが辛いと言ったこと。僕の気持ちを変えようとしていたこと。


 どうして、僕の弓削さんへの気持ちを変えたいと思ったのだろうか。僕は決して弓削さんへの想いを捨てたくないのに。


 弓削さんの真意が分からないまま、妄想の世界に逃げ込むことも出来ずに放課後を迎えた。帰りの支度をしていると、弓削さんが僕の席までやってきた。


「あの……今枝いまえだくん。話……えい?」


「う、うん……」


 おずおずと尋ねられ、僕はほとんど無意識にうなずいていた。思考回路は正常に働いていない。


「うひゃー! とうとう俺らの姫様がオヤジの物になるがか?」


「安心しいや。オヤジのことやき、どうせフラれるに決まっちゅうで。昨日やって、なんぞヘマしちょったにかあらん」


 後ろの席のヤン坊とマー坊のからかいが、今日はいつになく耳に障る。


「お前ら、黙ってろよ!」


 二人を睨み付けて一喝。声を荒らげたことなんてないから、変に上ずってしまう。


 それでも、まさか僕から反撃が来るとは思ってなかったのだろう。二人は口をポカンと開けている。


 今の内に僕は、弓削さんに目配せをして教室を後にした。


 移動した先は、体育館へと続く大階段の下にあるスペースだ。みんなの姫様と二人きりで何の話をするのかと、大勢の野次馬が集まっている。好奇の目から僕らを守る役を買って出てくれたのが、女騎士様ことなださんだった。


 灘さんは階段の脇に立って、僕らがいる場所に他の生徒たちが近づけないようにしてくれた。そのことに感謝しつつ、僕と弓削さんは灘さんから少し離れたところで向き合う。


「昨日の話やけど……信じられんかもしれんけど……私、ホンマに相手の気持ちが分かるんよ」


 全部ウソなんだ、という言葉をどこかで期待していた。それぐらい弓削さんが明かした内容は常識を超えていて、今でも信じがたかったりする。


 その一方で、本当のことなんだろうとも思う。それぐらい昨日の弓削さんの涙は、胸に迫るものがあった。


「……今枝くんの私を見る目、今この時もピンク色しゆうよ。やき、私には分かる。こんな話を聞かされても今枝くん、私のこと気持ち悪いとか変な子とか思わず……恋してくれちゅう」


 自分の心境を言い当てられて、胸の奥に痛みが走った。まっすぐに見つめる弓削さんの大きな瞳は切なげで、その瞳には僕の目はピンク色に映っていると言う。恋心を表すピンク色に。


「弓削さん……もっと教えてくれないか? ゴメン、その……弓削さんにとっては辛い話なのかもしれない。でも、僕は弓削さんのことをもっと知りたい。弓削さんが何に心を痛めているのか。僕じゃ力になれないかもしれないけど、それでも何か出来ることがあるなら力になりたいんだ。僕の気持ちが見えるのなら……分かってもらえると思うけど」


 ほとんど無意識に浮かんだ言葉を口にしていた。自分がこんなに饒舌に話せるなんて自分でも知らなかったくらいだ。


 それでも弓削さんから話を聞かずにはいられなかった。弓削さんが話してくれた通り、僕の心は今も弓削さんに恋しているのだから。


「うん……うん、そうやね。今枝くんは優しゅうて、いつでも私を支えてくれちゅうもんね」


 そう言って弓削さんは、泣きそうになりながらも微笑む。強がっているのではなく、自分の気持ちを大事にするかのように。


 それから遠くを見つめて語り出す。

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