2-16
こうして僕と弓削さんは、帯屋町アーケードを東の端まで堪能していった。
いつもの帯ブラは気の置けない友人の奈都とだから安心できる反面、刺激が無い。
今日の帯ブラは片想い中の弓削さんが相手だったから、緊張しっぱなしで多分失敗も多かったと思う。その分、体験したことの無いくらい楽しかった。
憧れの存在だった弓削さんが僕の隣にいて、僕のことを見て、僕と話してくれる。それだけで幸せに満ちたひと時だった。
学校のアイドルである弓削さんを独り占めできた優越感なんかじゃなく、僕が弓削さんに恋しているからなんだ。
そして、それはきっと弓削さんも同じなんだと思う。
灘さんが言うように、弓削さんも僕に好意を持ってくれている。だから僕に優しくしてくれるし、僕と一緒にいて笑顔を見せてくれる。そのことを実感できたのが、一番嬉しかった。
「……もう五時だね」
アーケードを出ると、外は夕方になっていた。道路の向こう側にあるからくり時計が、ちょうど五時を知らせるために作動したところだ。
よさこい節のメロディと一緒に、からくり時計に仕掛けられた人形たちが踊りだす。あぁ、そういえば弓削さんを初めて意識したのも、この場所だった。
「……五時やね」
からくり時計の仕掛けが収まるのを見届けると、何となくデートの終わりを予感した。
ここは弓削さんの家の近くだ。お店のクランを開いているのは帯屋町商店街の中だけど、住んでいる家ははりまや町だと聞いていた。別に調べたわけじゃなく、学校のアイドルに関する情報は自然と耳に入ってくるものだ。
シンデレラの魔法が十二時で解けるのと同じように、今のからくり時計は今日の魔法のような時間の終わりを告げている気がした。多分、弓削さんも同じことを考えてたんだと思う。
「……今日は、ありがとうね。楽しかった」
楽しかったと言う割に、弓削さんの表情はどこか寂しげだ。別れるのが名残惜しいのは僕も同じだから、その気持ち分かるよ。
「私、ね……いつも教室で自分の席に座りながら……後ろの席の今枝くんを意識してたの。タエと話してる時でも、今枝くんが声掛けてくれるんを期待しちょった」
別れ際になって、弓削さんがぽつぽつと想いを述べてくる。
これは、もしや「私と付き合ってください」という告白の前振りか。そう思うと心臓も頭もパニックになりそうだ。
「実際に今枝くんが声掛けてくれて、デートに誘うてくれて……もう、心臓が飛び出るほど驚いたけど……それ以上に嬉しかった」
僕も嬉しかった。僕の誘いに応じてくれて、勇気を出して良かったと思えた。
それなのに……今、弓削さんの声は震え、表情は強張り、瞳は涙でにじんでいく。
「あれほど嬉しかったのに……楽しみにしてたのに……どうして、どうしてなん?」
僕に対して、というよりも自分自身に向かって弓削さんは問い続ける。どうして、どうしてと。
僕には、どうして弓削さんがそんなに悲しそうな声を上げるのか分からなかった。どうして、そんなに自分を責めるような涙を流すのか。
「私……がん、ばった……がやに、カンゴくんの気持ち、変えれんがは……私や、無理ってことなん? これ以上、もう……」
「弓削、さん……」
弓削さんを悲しませているものが何なのか、僕にはまるで分からない。
それでも弓削さんの苦しそうな姿を見ているのがいたたまれなくて、僕は弓削さんにそっと近づいた。
せめて、その細い肩の震えだけでも止めたいと願って手を伸ばす。その動きが、次の弓削さんの言葉によって遮られる。
「私……相手の気持ちが、分かるんよ」
いつだったか、灘さんが言った言葉が思い出される。弓削さんは人の心が読めるのかもしれない。そう言っていた。
「相手の……気持ちが……分かる?」
弓削さんが言った言葉を確かめるようにして繰り返す。
それは人の気持ちに敏感だとか、空気が読めるとかいった話ではなく、灘さんが推測したように――。
「カンゴくんの、私を見る目……ずっと、変わらん……ずっと、ピンク色の目で見ゆう。それが、私……つろうて」
馬鹿だった。弓削さんは僕の知らないところで、ずっと苦しんでいたんだ。僕はそのことに気が付かず、一人で楽しんで浮かれていた。
僕が弓削さんを見る度、弓削さんは心を痛め続けてきた。弓削さんに悲しみの涙を流させているのは、他でもない僕だった。
本当に、馬鹿だった。
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