2-15

「あっ、これ可愛い! う~ん、こっちも可愛いねっ」


 文房具屋に入ると、弓削さんは並べられた商品を一つ一つ手に取っては可愛い声を上げる。


 猫柄のシャーペンやら猫の形をした消しゴムやら、確かに弓削さんに似合いそうな可愛らしいアイテムだ。


 弓削さんはどれを買おうか迷っている様子なので、僕は先に自分の買い物を済ませる。本当はシャーペンの芯は筆箱の中に入ってるんだけど、文房具屋に寄った辻褄を合わせないとね。


 シャーペンの芯を買ってレジから戻ると弓削さんの姿が見えない。入れ違いになったのかなと思って視点を動かすと、少し離れた所に弓削さんの姿を発見した。


「何見てるの?」


「あっ。可愛いの見つけちゅうよ」


 弓削さんに近づいて尋ねると、棚に飾られたポストカードを指差した。文房具屋にこんなコーナーがあったなんて、これも初めての発見だな。


「へー、ポストカードかぁ。何か秋っぽい絵柄が多いね」


 まだまだ暑い日が続く高知だけど、ポストカードに描かれてるのは紅葉やキノコなど秋を思わせるものばかりだ。


 そう言えば弓削さん家のクランでも、もう秋物の服を置いてたっけ。遅れてるのは僕の方か。


「ほら、これ。可愛いがよ~」


 弓削さんが指差したのは丸くなった猫のイラストが入ったカードだ。他にも猫の写真が入ったカードを一つ一つ指差していく。


 なるほど、弓削さんは猫好きか。


「こっち側にもあるよ。ほら、アンパンマンとか」


 棚の裏側に回ると、こっちにはキャラクター物のポストカードが並べられていた。


「あっ、ホンマや~。私、ドキンちゃんとメロンパンナちゃんが好きなんよ~」


 そう言いながら、弓削さんはアンパンマンキャラが全員集合したカードのイラストの中から、お気に入りのキャラクターを指差す。


「どっちも緑色の目なところが可愛いんよ」


「本当だ。誰に嫉妬してるんだか」


 おっと、また余計なことを口走ったかな。嫉妬が緑色の目をしたモンスターだの、勝手に孕んで勝手に生まれるだのといった古い話に食いつく女子がいるか。


 普段から若者がするような会話をしてこないから、こういう時に上手いセリフが出てこないんだ。


 でも、意外と弓削さんは気にする素振りも見せずに微笑んだ。


「ねー、どうして嫉妬で目が緑色になるなんて言うながろうね?」


「おでこから角が生えるとかね。昔の人が言うことは分からないね」


 これは弓削さんも知ってる話だったみたいで、スムーズに会話が出来て助かった。


「ホンマは赤紫なのにねー」


 ん、赤紫?


 弓削さんが何気なく口にした一言が気になったが、他にも気になることを思い出した。


「そう言えば、消しゴムは買わなくていいの?」


「消しゴム? あっ、そうやった! ごめんね、買うてくるきねっ」


 僕の一言で文房具屋に来た用事を思い出したみたいだ。弓削さんは慌てて消しゴム売り場へと戻っていった。


 なんてね。本当は僕と同じで、弓削さんも文房具屋に用があったわけじゃない。僕が照れ隠しで急に文房具屋に入ろうとしたから、弓削さん自身も買い物があるみたいに言ってくれたんだ。


 というのは、僕の勝手な思い込みだろうか。オヤジのくせに自意識過剰だろうか。でも、そう思えるくらい弓削さんは僕に気を遣って優しくしてくれている気がする。


 あるいは僕に対する好意だけじゃなく、弓削さん自身がそれだけ心優しい女の子だということなのかもしれない。どちらにせよ、僕にとって弓削さんは最高の女性だ。


「おまたせ~。次、行く?」


「うん。じゃあ、今度は――」

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