2-14
レストランを後にして、僕たちは帯屋町アーケードへと向かった。と言っても、五〇メートルも無い距離だけど。
弓削さんも流石に実家の前を通るのは恥ずかしいだろうと思って、クランとは反対方向へと進む。中央公園のある東の方へとだ。
「ホンマはね、ずっと羨ましゅう思ってたがよ」
「何が?」
「今枝くんと帯ブラできる東くんのこと」
弓削さんはそんな風に言うが、僕としては奈都とは男友達として普通に遊んでただけだからなぁ。
いや、異性というのを気にせず遊べるのが羨ましいってことかな。それだったら、僕だって灘さんのことを羨ましいと思ったことはある。きっと星の数ほど。
でも僕には灘さんのように自分から告白する勇気なんて、きっと一生持てなかっただろう。
そう考えると背中を押してくれた灘さんに対しては、今では感謝する気持ちの方が大きいかも。
「それで、弓削さんは何か見たいものある? 服とか靴とか」
いつもはスルーしているが、帯屋町にはクラン以外にも女性物の商品を取り扱った店が並んでいる。
僕一人や奈都と一緒の時では入りづらいが、今日は弓削さんも一緒だ。弓削さんが可愛い帽子やバッグを試している姿も見てみたいかも。
「んー、私は今枝くんがいつも行く場所でえいよ」
「いつも行く場所か……」
言われて悩む。学校帰りによく寄るハンバーガーショップと同じビルの中にウルトラマンショップも入っているが、女の子を連れて行って喜ばれる店でないのは僕でも分かる。
ここのビルって広末涼子さんの実家が経営してるんだよねー、なんて地元住民ならみんな知ってる話をしても意味無いし。
考えがまとまらないまま歩いていると、弓削さんが店の一つを指差して声を上げた。
「あっ、あれ可愛い~」
小走りで雑貨屋に近づいていく弓削さんの後を追う。店先には、色とりどりのハーバリウムが並んでいた。
「へー、綺麗だね」
「うんっ。目に入った瞬間、パッと気になって駆け出しちゃった」
僕もよく通る商店街なのに、こんな綺麗なハーバリウムが並んでいるのに初めて気が付いた。
女の子と歩いているだけで新しい発見があるんだな。
「あ、これもバーダー・マインホフ現象って奴かな?」
「えっ、何?」
しまった、つい余計こと言った。
でも口に出したことは、もう遅い。弓削さんも興味津々に僕の顔を見てきてるし、はぐらかす方が不自然だよな。
「えっと……人間はいつも目にしている物でも、実際は自分が欲しい情報しか見てないって説だったかな」
「?」
ほら、やっぱり弓削さんの頭の上にクエスチョンマークが浮かんでる。
女子高生に話して盛り上がる話題でないというのは分かっているが、ここまで言ったら最後まで説明しないと。
「ドイツのある女性がテレビを見てたら、バーダー・マインホフっていう犯罪グループのニュースが流れてて、その女性はバーダー・マインホフっていう名前をその時初めて聞いたんだって。でも、それから街を歩いていたら新聞とかポスターとか、いたる所でバーダー・マインホフの名前を見かけるようになったそうだよ」
つまり新しく知った情報は脳に強く印象付けられるから、自分の周りの色んな場所で発見されるようになるという現象。
その女性の話にしたって、裏を返せば元々それだけバーダー・マインホフの情報がありふれていたのにニュースで名前を知るまで気が付かなかったということ。僕にとってのバーダー・マインホフが、この雑貨屋のハーバリウムだったわけだ。
「…………」
弓削さんが固まってる。やっぱり、するんじゃなかったな。こんなオヤジくさい話。
と思っていると、弓削さんが急に瞳を輝かせた。
「すごーい! 今枝くん、物知りやねー!」
「えっ、そ……そうかな?」
「うんうん! 私、そんなん知らんかったし。そんな難しい話もスラスラ言えるがなんて、流石や思うた! やっぱり、カンゴくんは私の……」
両腕をブンブンと振り回しながら僕を称えてくれる弓削さんだったが、はしゃぎ過ぎだと感じたのか途中で大人しくなった。
オヤジくさい僕の話をつまらないと言わずに褒めてくれただけで、僕にとってはこれ以上ないくらい喜ばしいことだ。
そもそもハーバリウムに目を付けたのだって、立ち寄る店も決められないでいる僕に気を遣ってのことだったかもしれない。こんな素晴らしい配慮が出来る女性といられるなんて幸せ者だな。
「えっと……弓削さん?」
弓削さんは大人しくなったけど、その瞳は輝かせたまま僕を見つめている。何だか照れ臭いな。
「えーっと……あっ、そうだ。シャーペンの芯を切らしてたんだ。寄ってもいい?」
「あ、うん。私も消しゴム買わんと」
気恥ずかしさから目に付いた文房具屋を指差す。デートの途中にシャーペンの芯を買う奴があるか。
相変わらず弓削さんは僕に優しくて、文句も言わずに付いてきてくれたのは嬉しいけど。
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