2-9

「僕の、想い……」


 僕が弓削さんに恋をしていると打ち明ける。弓削さんの気持ちを教えてもらった今でも、それはものすごく勇気がいることだ。


 でも僕自身、そうしたい気持ちが胸の中にあふれていた。


 僕が弓削さんと結ばれるのを期待してだけじゃない。灘さんに僕を取られまいと、周りから心配されるくらい勉強に打ち込んでいる弓削さんを安心させてあげたい。


 僕が好きなのは灘さんではなく弓削さんだから、と。


 例え弓削さんが灘さんに成績で負けたとしても、それで弓削さんに幻滅したりしない。だから無理はしないでほしい、と。


「僕の……想いを、弓削さんに……」


 チラリと教室を覗き込む。弓削さんはショコラブラウンのポニーテールを揺らしながら、懸命にペンを走らせている。


 教室中の視線が、その弓削さんに注がれている。


 今、この教室に入って全員の注目を浴びながら弓削さんに告白する。想像しただけで足が震えてくる。


 でも、ここで勇気を出さなくては。きっと弓削さんも僕に声をかけてもらうのを待っている。弓削さんを安心させてあげられるのは、僕しかいないんだ。


 視線を灘さんに戻せば、眼鏡の奥から刺してくる目が痛い。「自分の想いも打ち明けられないなんて、やっぱり本気じゃないのね」と言われている気がする。


 迷いが覚悟を遠ざける。踏ん切りがつかないでいると、背後から聞き慣れた甲高い声がした。


「むむっ、またカンちゃんにケンカ売りゆうが?」


 振り向くと、そこには季節外れの学ラン姿が似合っていない奈都が立っていた。


 両頬をぷくーっとふくらませて灘さんを睨み付けているが、どう見ても女児の見た目のせいで全く怖くない。


「はぁ……あのね、東くん。わざわざK組から来てくれてご苦労だけど、これはわたくしたちC組の問題なの。今枝くんに用事なら、また放課後にでも一緒に遊びなさい」


 灘さんに軽くあしらわれて、奈都はふくらませた頬を真っ赤にして今にもアンパンチを繰り出しそうだ。


 しかし僕は、今の灘さんの言葉で気持ちが軽くなるのを感じた。


 そうだ。いきなり弓削さんに自分の想いの全部を打ち明けるのは難しい。それでも、友達としてなら言える言葉はある。


 決心が鈍らない内に教室に入ると、まっすぐに弓削さんの席を目指す。僕が側に立っても気が付いていないのか、弓削さんは勉強にのめり込んだままだ。


「弓削さん」


 僕が声をかけると、ペンを走らせる弓削さんの手がピタリと止まった。


 顔を上げはしなかったけど、声で僕だと分かったみたいだ。話したことなんて昨日が初めてくらいなのに。


 いや、僕も同じ教室にいながら常に弓削さんの声に耳を傾けていた。弓削さんも僕のことを気にかけてくれていたんだ。


「あの……今度の日曜……ぼ、僕と……遊びに、行きませんか?」


 意を決して弓削さんを遊びに誘う。妄想ではなく自分の声で。


 妄想の世界では、あんなにスラスラとキザな言葉が浮かんできたのに。現実の僕の声はたどたどしくて上ずっていて、おまけに意味も無く敬語だ。


 ざわついていたはずの教室はシンと静まり返っている。まさか、あのオヤジが姫様を……と思っているんだろう。


 弓削さんはうつむいたままだけど、耳まで赤くなっているのが分かる。


 大丈夫。これは急な出来事に驚いたのと照れているだけ。ダサいオヤジに声をかけられたのが恥ずかしいと思われているわけじゃない……はずだ。


 心臓を爆発させながら弓削さんの返事を待っていると、やがてゆっくりと顔を上げてくれた。


 僕を見上げる弓削さんの表情に、僕の左胸はさらに飛び上がる。輝くような満面の笑みを見せてくれたからだ。


「……はいっ」

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