2-8

 翌日の昼休み。教室中が一点を見つめながら、ひそひそと話している。


 当然、僕の後ろの席でも。


「姫様、朝からあの調子やね」


「テストがあるわけでもないがやろう?」


 そう、クラス中が見つめているのは弓削さんの席だ。弓削さんは、朝からずっと教科書とノートを広げていた。


 もちろん授業中は黒板の内容を写し取っているんだろうけど、休み時間中はずっと自習だ。


 学年一位の成績とはいえ、普段の弓削さんは別にガリ勉というわけではない。それが一体、どうしたのだろうとクラスメイトたちも首をひねっている。


 僕も今日は、妄想の中でさえ弓削さんにかける言葉を見失っていた。


「今枝くん、ちょっといいかしら?」


 ボーっと弓削さんの後ろ姿を眺めていると、ふいに声をかけられた。


 顔を上げると灘さんが立っていた。指先で招く灘さんに誘われるまま廊下へと出る。


 後ろから「何でオヤジが女騎士様と」と言う声がした。そう言えば灘さんはオヤジじゃなく苗字で呼んでたな。


「何か用?」


 昨日のこともあり、少々ぶっきらぼうに尋ねてしまう。


 灘さんは僕と向き合うと、少しだけ目を伏せた。


「まずは……ごめんなさい」


 昨日はだいぶ威勢がよかっただけに、いきなり灘さんに謝られて面を食らってしまう。


「今枝くんにじゃないわ。スミエには……確かに悪いことをしたって昨夜、考え直したのよ。確かに今枝くんが言った通り、スミエを傷つけたのは許されることじゃないわ。だから……ごめんなさい」


「それは……いいよ。僕よりも弓削さんには謝ったの?」


「えぇ。朝一番に謝るつもりだったの。そうしたら、朝からあの調子でしょう。わたくしも、お昼前にやっと話せたのよ」


「……弓削さん、何て?」


「わたくしのことは怒ってなかったわ。ただ……やっぱりショックは感じてたみたいね」


 それは、やはり弓削さんは昨日のことが原因で今日は朝から机にかじり付いているということか。


 ただし僕には、そこの因果関係が分からない。


「わたくしが『どうして勉強しているの?』って尋ねたら『タエには負けたくないから』ですって」


「えっ……?」


「『タエは素敵な子だから、負けないように必死に勉強してる』だそうよ。今枝くんは、この意味が分かる?」


 分かるかと聞かれても見当もつかない。


 正直に首を横に振ると、灘さんは短いため息をついた。


「わたくしと今枝くんが付き合ってるというウソは信じてないけど、そうなる確率はゼロではない……そう考えているのよ、あの子」


 僕と灘さんが付き合う?


 僕には灘さんに対する特別な感情は無い。もちろん灘さんの方も同じくだろう。だから、僕たち二人が付き合うことはないと僕たち自身には分かっている。


 でも、弓削さんはそうじゃない。


「それは、つまり……弓削さんは、灘さんに僕を取られたくないから必死に勉強をしていると?」


 灘さんも弓削さんと同じく一学期の期末考査で全教科満点を取った秀才だ。


 だから僕が灘さんの頭の良さに惹かれて付き合う可能性を考えて、灘さんより良い成績をキープしようと頑張っているということか。


「スミエの気持ちも何となく分かるわ。わたくしも、スミエを今枝くんに取られたくなんてないもの。だから昨日、あんな芝居も打ったわけだし」


 それだけ弓削さんは僕のことを想ってくれているということか。


 もう僕には灘さんの話を疑う気持ちは無くなっていた。


「わたくしも今枝くんを利用してスミエの気持ちを変えさせようとしたのはフェアじゃなかったわ。卑怯だったのは、わたくしの方……」


 もういいよ、と僕が言う前に灘さんは目つきを鋭くさせる。


「だから今枝くん、今度は貴方がスミエに言ってあげなさい。わたくしは貴方にもスミエにも、自分の想いを全部打ち明けたわ。今度は貴方が、自分の想いを正直に言う番よ」

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