2-7

「カンちゃんは卑怯やないよ!」


 いつの間にか追いついてきていた奈都が、僕と灘さんとの間に割って入る。


「カンちゃんは、ずぅーっとボクの味方をしてくれちょったき。大勢の中にまぎれてイヤなこと言ったりもせんかったし、仲間外れにもせんかった」


 目いっぱい声を張り上げて奈都が灘さんに抗議する。灘さんは、少しだけ目を伏せた。


「……そうね。卑怯なのは、わたくしも同じ。人のことを言う資格なんて無かったわね。でも……それくらい、わたくしもスミエのことには真剣なのよ」


『貴方はどうなのかしら?』眼鏡の奥で光る灘さんの眼差しは、僕にそう問いかけていた。


 僕だって弓削さんのことは真剣だ。僕の心は弓削さんに奪われてしまったのだから。


 同時に、一度は諦めた恋でもある。片想いで終わらせるつもりでいた。


 今日までは――。


「ふぅ……なんだか疲れたわ。わたくしは帰るわよ」


 溜息をついて首を横に振ってから、灘さんは僕たちに背中を向ける。


 そのまま立ち去るのかと思ったが、首だけでこちらを振り向いてきた。


「あの子……不思議なこと言ってたと思わない?」


 弓削さんのことだろうか。先ほどの店の中でのやり取りを思い出す。


「えっと……灘さんがウソをついてる間、ずっと真っ青だったとか?」


 でも、あの時の灘さんは別に顔色を変えている感じはしなかった。弓削さんは見抜いてたみたいだけど、灘さんの演技は完璧だったように思える。


 それは二人が親友だから、ちょっとの変化にも気付けたというわけではないのか。


「わたくしにも時々、スミエのことが分からなくなるの。スミエに目を見られていると、まるでこちらの気持ちを見透かされているような……」


 そう言えば、弓削さんは僕の目もジッと覗き込んできた。僕は憧れの弓削さんの顔がこんなに近くにあることに意識が向いていて、何も考えられなかったけど。


「スミエは、人の心が読めるのかもしれないわね」


 灘さんが最後に言った言葉は、冗談を言っている風には聞こえなかった。


 弓削さんは人の心を読むことが出来る。それは超能力とかじゃなく、人の気持ちに敏感ということだろうか。


 灘さんの意見をもっと聞こうとする前に、彼女の姿は小さくなっていた。


 確か灘さんの家は西の上町かみまちだったか。そんなことを考えていると、奈都が僕の顔を見上げているのに気が付いた。


「カンちゃん……やっぱり弓削さんのことが好きなが?」


「あ、あぁ……うん。やっぱりって言うことは気付いてたのか?」


「うん……そりゃあ幼馴染やきね」


 そっか。奈都とはいつも一緒にいるんだ。隠し事は出来ないよな。


「……僕の幼馴染は応援してくれるのかな?」


「たった一人の友達やきね。でも……応援できんことやってあるろう?」


 視線をそらした奈都の表情は、どこか寂し気だった。


 奈都の言葉と表情から、僕は一つの不安を口にする。


「それは、もしかして……奈都も弓削さんのことを……」


「あっ、それは無いよ。なんぼ学校のアイドルや言うても、みんながみんな憧れちゅうわけやないろう? ボクはなんちゃあ想っとらんき、カンちゃんと争う気は無いがよ」


 奈都は両手をパタパタと振って慌てて否定する。とりあえず僕もホッとする。


 幼馴染が恋のライバルだなんて、一番厄介な相手だからな。きっと僕は自分の性格から言って、相手に譲ってしまうだろうし。


 何だか今日は色んなことがあった。灘さんの話が頭を巡り、弓削さんへの想いが胸に渦巻いている。


 複雑な心境のまま帰路についた。

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