2-4

「ねぇ、オヤジくん?」


 弓削さんの手が空いたのかな。そう思って振り向くと、灘さんは指先で僕を手招きした。


 灘さんに付いていくと、首だけのマネキンからネックレスを外した。


「これ、ちょっと付けてくれない?」


 灘さんはネックレスを僕に手渡すと後ろを向いて髪の毛を上げた。綺麗なうなじにドキリとするが、気を取り直してネックレスを灘さんの首へと回す。


 その時だった。


「こちらが新作のエスパドリーユです」


 すぐ近くで弓削さんの声がして心臓が飛び跳ねた。辺りをキョロキョロと見渡すと、僕たちがいる所の脇に衝立が立てられていた。弓削さんの声は、その向こう側から聞こえてきた。


 衝立一枚を隔てた近くに弓削さんがいる。しかも僕は灘さんのうなじに手を伸ばして密着している状態だ。


 こんな恋人のためにネックレスを選んであげてるみたいな状況を弓削さんに見られたらと思うと、僕の手はぶるぶると震えて固まってしまった。


「ねぇ、早くして」


「では、こちらなどどうでしょう?」


 灘さんの催促する声と弓削さんの接客する声とが重なる。


 僕の意識は弓削さんの方へと向いてしまい、なかなかネックレスを留めることが出来ない。


「またのお越し、お待ちしてます」


 弓削さんの接客が終わったみたいだ。それと同時に、僕もようやく灘さんの首にネックレスを掛けることが出来た。


 髪の毛を下ろした灘さんは、僕の方を振り返る。そして、ドンと僕を突き飛ばした。


「うわっ!」


 思わず一歩、後ずさる。更に灘さんは僕の胸に両手を置いて、もたれかかるようにして押してきた。


「ちょっと、灘さ――あっ」


 後ろに下がったせいで、僕の体は衝立の外へとはみ出してしまった。それも灘さんと密着した状態で。


 背筋が凍る思いで視線を動かすと、僕の声に反応した弓削さんとバッチリ目が合ってしまった。


「あっ……あ……」


 この状況の言い訳を口にしようとするが、妄想の中と違って咄嗟に言葉が出て来ない。硬直した体は灘さんを引き離すことも忘れてしまっていた。


 弓削さんは大きな目をぱちくりさせると灘さんに声を掛けた。


「タエ、何しちゅうの?」


 灘さんは僕の体から離れると、首に掛けられたネックレスを弓削さんに見せつけるように指でつまむ。


「これ、付けてもらったのよ。オヤ……今枝くんにね」


「今枝くんに……?」


 弓削さんの視線が痛い。好きな女子から、別の女子に気があると思われることほど辛いことはない。


 頼むから誤解を招くようなことは言うなよ、という視線を灘さんに送る。


「そう。わたくしたち付き合ってるの」


「ちょっ! 何言って……!」


 急に灘さんが僕の肩に手を置いて、とんでもないことを口走る。


 僕が? 灘さんと? そんな事実は無いと身振り手振りで否定する。


「あら? このネックレスだって、今枝くんが選んでくれたんじゃない。わたくしのために」


「違う! それは灘さんが自分で……」


 確かに帯ブラをしながら女の子のためにネックレスを選ぶ妄想をしたことはある。でも、その女の子とは弓削さんのことだ。


 僕には灘さんに対する特別な感情は無いんだと、何とかして伝えたかった。灘さん本人よりも弓削さんに。

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