第二話 モア・ザン・ア・ガール
2-1
「ほらほら、カンちゃん!
昨日と同じ帯屋町アーケードのCDショップに立ち寄ると、
昨日は視聴を断念した藍井べるとかいう奈都一推しのアイドルのCDがズラリと並べられている。高知でも、こんなに人気なのか?
原宿のJKアイドルなんかに興味は無いが、幼馴染にせがまれては仕方がない。一回ぐらいは聴いてみようとヘッドホンを耳に当てる。
「どーぉ?」
「うん……思ったより、いいね」
もっと可愛さを前面に出した感じを想像してたけど、結構しっかりした歌唱力を持ってる。リズム感もいいし、自然とダンスシーンが思い浮かぶ。それに、どこか懐かしさも感じる。初めて聴くのに不思議な感覚だ。でも、メンヘラメイクだけは受け付けない。
「でしょ? 僕もべるちゃんの曲を聴いてると、自然とカンちゃんの踊っちゅう姿が浮かんでくるし。きっとカンちゃんも気に入ってくれると思ったがよ」
「そうだな……確かに、ちょっと踊ってみたくなるな」
「べるちゃん自身も、めっちゃキレッキレのダンスを踊りゆうがよ」
それは本気で観たい。何なら、よさこい祭りに出てほしい。
もっとも僕の心は
ヘッドホンを元に戻して、店内をぐるりと回ってみる。どうやら今日は弓削さんたちの姿は無いらしい。
僕の足は自然と洋楽コーナーで立ち止まる。棚からブリスチのCDを取り出して確かめる。うん、兄ちゃんの部屋のラックにあるやつだ。
「……ブリティッシュ・スティールのCDらぁて置いちゅうんやね」
「置いてていいでしょ」
父親世代の洋楽だろうと、人気グループだったのは間違いないんだし。藍井べるも悪くないけど、僕はやっぱりブリスチの曲が一番だな。
CDショップを後にして、僕たち二人は商店街を西へと進む。昨日と同じく、このままアーケードの端まで行って、そこから家へと帰ろうか。それとも別のルートを通ろうか。
そんな風に考えながらアーケードを抜けると、そこで僕の足は止まった。
弓削さんだ。昨日のたい焼き屋の前のベンチに弓削さんと
これは妄想なんかではなく現実だ。僕はその場に立ち尽くしてしまい、奈都も無言で僕の顔を見上げてる。
二人との距離は五メートルほど。弓削さんは何やら楽しそうに話し掛け、それを灘さんがクールに相槌を打っている。
「そんでね、タエ。今日も、ずっとカバンの中に入れちょったんよ」
「あらそう。よかったわね」
「うんうんっ! もう、いつでも一緒やき。こういう繋がってる感じがえいよねー」
「はいはい……って、あら? オヤジくんじゃない」
灘さんが立ち尽くす僕に気づいた。弓削さんもはたと話すのを止めて、こちらを見てくる。
一秒、二秒……僕は弓削さんの顔を見つめたまま固まってしまった。この場を立ち去ることも、思い切って声を掛けることも出来ない。
憧れのモア・ザン・ア・ガールの瞳に射抜かれて、僕の時間は歩みを止めてしまった。
三秒、四秒……同じく動きを止めていた弓削さんが、ハッとした表情で隣の灘さんに向き直る。
「わっ、タ、タエ……どうしよぅ……?」
何やら慌てた様子で灘さんにしがみ付く弓削さん。時折、横目で僕のことを窺っては焦りを表情に浮かばせている。
そうか……そんなに僕と顔を合わせるのもイヤなのか。
「ふぅ……しょうがないわね、スミエ。今日、お家のお手伝いがあったんでしょう? 行ってらっしゃい」
「えっ? あっ、そうやった! ほんなら、また明日ねっ」
弓削さんがベンチから立ち上がり、カバンを手にして灘さんに別れを告げる。
そのまま僕の脇をトットット、と早歩きですり抜けて行ってしまう。
と、思ったら。
「
背後から可愛らしい響きで名前を呼ばれ、咄嗟に振り返る。
ニッコリと微笑んだ弓削さんがこちらを向いていた。
「ほんならねっ」
ドキッと左胸が高鳴った。
弓削さんが僕の名前を呼んで、僕に挨拶をしてくれた。ただ、それだけのことなのに僕は意識が遠のくほど舞い上がってしまった。
顔が熱くなっているのを感じる。弓削さんに返事をしようとするが思ったように言葉が出て来ず、バカみたいに口を半開きにしたまま呆けてしまった。
その間に弓削さんは背中を向けて、恐らくは実家のお店へと向かっていく。
中途半端に挙げられた僕の右手は、小さくなっていく弓削さんの背中へと頼りなげに振られる。弓削さんの姿がアーケードの奥へと消えていった後も、僕の心は熱を持ったままでいた。
弓削さんが僕の名前を呼んでくれた。「オヤジ」などという不名誉なあだ名ではなく「今枝くん」と。
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