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「ボビーさんかぁ……有名人やね」
「ん……そうだな」
兄ちゃんは地元ではちょっとした有名人だ。特によさこいに携わる人たちの間では伝説的なダンサーとして知られている。
高校生でありながら原先生や他の仲間と一緒に自分のチームを立ち上げた。
地味な僕と違って日本人離れした彫りの深い顔立ちの上、ボブ・マーリーを意識したドレッドヘアーでキメてた兄ちゃんは「ボビーさん」と呼ばれて同年代からも尊敬されていた。
兄ちゃんに憧れてダンスを始めた僕は、兄ちゃんの勧めで兄ちゃんと同じダンススクールにも通ったけど、そこでも兄ちゃんは有名人で。兄ちゃんの知り合いから、僕は「ボビーさんジュニア」と呼ばれた。
高知の伝説的ダンサー
それは
そういった環境に嫌気がさして、ダンススクールも辞めてしまった。ダンスもよさこい祭りも、それ自体は好きだ。兄ちゃんが憧れの存在なのも変わっていない。それでも何となく反発したい気持ちもある。
ダンスを始めた当初は、こんな風に悩むこともなく毎日が楽しかったのにな。あれは小学校三年生の時の話だ。よさこい祭りに参加したいと言った僕を、兄ちゃんがくらんに入れてくれたんだ。
くらんは毎年、踊り子募集と同時に定員を迎えてしまうほどの人気チーム。それでも子供枠が空いていたおかげで、後は兄ちゃんの顔の広さで僕はよさこいデビューを最高のチームで迎えることが出来た。
翌年からはずっと潮で踊っていたけど、もしもの未来を考えてしまう。あのまま、くらんで踊り続けていたら弓削さんとも仲良くなれたんじゃないかと。
くらんの姫様に近付くには、きっとそれが一番の近道だっただろう。もっとも僕が弓削さんの魅力に気が付いたのは、つい一ヶ月前のこと。あまりにも遅すぎた。
ダンススクールに通う前、小学校に上がった頃から兄ちゃんにダンスを教えてもらっていた僕だ。おかげで、くらんでもすぐに振付を覚えられた。それこそ上手く踊れない他の子に教えてあげられるくらいに。
ずっとダンスを続けてきた僕だからこそ、弓削さんのダンスの実力や表現力のスゴさはよく分かる。僕もくらんで踊っていれば、弓削さんと並び立つことが出来たのだろうか。同じチームにいれば、自然と一緒にいる時間も長くなる。お互いにダンスには自信があるなら、なおのことだ。
そして、一緒にいる時間はやがてプライベートにも及ぶ。そう、こんな風に――。
「カンちゃん!」
弓削さんとの妄想に入り込もうとした瞬間、奈都に引き止められた。とうとう先手を打たれてしまったか。
「もーう! カンちゃんってば最近、いっつもボーっとしちゅう。ボクの話も全然、聞いてくれないがよ」
奈都が怒った時のクセで、ほっぺたを膨らませてる。
「ゴメン、悪かった。そんなにむくれるなよ。アンパンマンみたいになってるぞ」
「アンパーンチ!」
全然痛くない。
ポカポカしてくる奈都を気にも留めず、僕はすっかり冷めきったたい焼きを口の中へと放り込む。
「ほら、もう帰るぞ」
「あっ、カンちゃんってばー!」
ベンチから立ち上がると、奈都も慌てて追いかけてくる。
そろそろいい時間だし、今日はこのまま南へ歩いて帰宅しよう。
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