1-9

「カンちゃん、何にするがー?」


「うーん、そうだなぁ……」


 ここのたい焼き屋は、定番のあんこだけでなくバリエーションに富んだメニューが用意してある。


 だから何回来ても飽きずに、毎回新鮮な気持ちを味わえるんだ。


「じゃあ、グラタンください」


「ボクはねー、カスタードクリーム!」


 それぞれ注文したたい焼きを受け取る。大きさは普通のたい焼きだが、周りに四角い皮が付いている。


 食が細い奈都だが、さっき食べたアップルパイと合わせてもこれくらいなら晩ご飯が食べられなくなることはないだろう。


 店の前に備え付けられたベンチに並んで座って、まだ温かなたい焼きにかぶりつく。


「うんっ。美味しいねっ」


 すっかり機嫌が良くなった奈都もたい焼きを一口かじって、口の周りに付いたクリームをぺろりと舐め取る。


 二人のたい焼きの断面を見比べれば、どちらも白くて見分けがつかない。


 これが隣にいるのが弓削さんだったら、断面にくっきりと残った小さくて形のそろった歯形にドキドキしたりするんだろうか。この可愛い歯がピンク色に彩られた唇の奥にあるんだな、とか考えて。


 そして途中でお互いのたい焼きを交換して『澄絵ちゃんの味がするよ』なんて言うのは変態すぎるか。


 たい焼き屋というシチュエーション。思い浮かぶ妄想としては、こんな感じかな。



『あっ、澄絵ちゃんもしょーがないなぁ』


『えっ、なになに?』


 僕の言葉の意味にまるで見当がつかないといった風に小首を傾げる仕草が可愛い。


『ふふっ、口にクリームがついてるよ』


 自分の口の端を指先で示して教えてあげる。でも澄絵ちゃんは見当外れのところばかり拭おうとしている。


『えー、どこどこ? カンゴくんが取ってぇ』


『しょうがないな……クリームと、どっちが甘いかな?』


 おねだりするように唇を僕の方へと向ける澄絵ちゃんに、僕も顔を近づけていく。


 そして――。



 そして、奈都が僕の鼻先にカスタードクリームの匂いたっぷりのたい焼きを差し出してきた。


「一口欲しいが?」


「い、いや……」


 妄想しながら無意識の内に奈都へと顔を寄せてしまっていたみたいだ。間違って奈都にキスしないでよかった。


 コホンと咳払いをして奈都から体を離す。目線を北へと向けると、道をずうっと行った先に校舎が見える。県内一のお嬢様学校として知られる追手前おうてまえ女子だ。


 高知城追手門(正門)の前にドンと構える中高一貫の女子校で、弓削さんも中学は追手前女子に通っていたらしい。


 有名企業の令嬢である弓削さんにはピッタリなのに、何故か高校からカレンに入学してきた。カレン高の方が、より偏差値が高いからだろうか。


 などと考えていると、道を横切ってきた人たちと目が合った。


「あれ、ボビーさんジュニアじゃね?」


 目が合った内の一人が、そんな風に言うのが聞こえた。僕は反射的に、ベンチに座ったまま軽く会釈する。


 相手は二十代半ばと思われる男の人が二人だ。年齢からして僕の兄ちゃんと同年代。その二人は、特に声を掛けてくるでもなく立ち去っていった。


「……ボビーさんって、カンちゃんのお兄さんやっけ?」


「ん……まぁね」


 二人から視線を戻したところで奈都に尋ねられる。僕は何となく言葉を濁しながらも肯定に答える。


 奈都とは幼馴染で家も近いから、お互いの家へと遊びにいったこともある。けど、兄ちゃんは僕らより十歳も上だから奈都と兄ちゃんが一緒に遊んだことはない。多分面識もそんなに無いだろう。


 僕だって兄ちゃんの友達はほとんど名前も知らない。さっきの二人も兄ちゃんの部屋に遊びにきてた何人かの中に見たことがあったかもしれない。あるいは通ってたダンススクールでだろうか。


 何を隠そう担任の原先生とは、初めて出逢ったのがそのダンススクールだ。当時の原先生はまだ高校生だった。当然キッズコースの僕と違い、もっと上級のクラスでレッスンを受けていた。


 てっきりプロのダンサーになるのかと思ったら英語教師になるなんて。人の運命は分からないものだ。

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