1-7
僕はハンバーガーとポテトとアイスコーヒーのセットを注文したが、小食な奈都はアップルパイ一つだけ。それでも向かい合った席でニコニコと頬張っている。
「この後、どうするが?」
「うーん……とりあえず端まで行くか」
頭の中に帯屋町商店街の地図を広げる。アーケードの西の端から南にまっすぐ歩けば、ちょうど家の方角だ。
アーケードの途中でCDショップや本屋にも寄ってみようか。何か買うものあったかな?
「奈都は、どこか寄りたい?」
「ボク? ボクはカンちゃんと遊べれば、それだけで楽しいきに」
ぜひ弓削さんの口から聞きたいセリフだ。その一方で、奈都にそう言われることを嬉しく思っている自分もいる。
僕も気の置けない友人は奈都一人だ。一緒にいるのが楽しいから七年間も一緒にいるわけで。奈都がいなかったら僕は、今日まで確実にぼっちだったろうな。
親友への密かな感謝を、口に運んだハンバーガーの最後のひとかけらと一緒にコーヒーで流し込む。
「よし、じゃあ行くか」
「うんっ!」
ハンバーガーショップを後にして帯ブラを再開する。
ゲームセンターは生徒指導部に見つかるから寄らないぞ。ドラッグストアは多分買うもの無し。寒くなる前にジャケットを買っておこうか。酒屋は僕らにはまだ早い。スポーツ用品店でスニーカーをちょっと品定め。
信号を渡ったところで胸が少しドキリ。
「あっ……」
「どうしたん、カンちゃん?」
「あ、いや、クラン……」
目についた店の名前を口にしてしまい、少し落ち着かない気持ちになる。
それはクランという婦人用の衣服や小物を扱ったお店で、営んでいるのは弓削さんの実家だからだ。
片想い中の相手である弓削さんの影が見えないかと期待しながら、視線を意図的にクランから外す。
傍から見たら、だいぶ挙動不審だろう。ジーっと見上げてくる奈都の視線が痛い。
店の前を通り過ぎる直前、チラリと横目でうかがってみる。クランの店先に、今年のよさこい衣装が飾られていた。
よさこい祭りの踊り子たちは、どのチームもオリジナルの衣装で着飾っている。踊りと衣装と楽曲とが渾然一体となることで観ている人の目と耳と心を楽しませるのだ。
その中でも優れた演舞を披露したチームには、祭りの運営から賞が贈られる。今年、最優秀賞となる「よさこい大賞」を獲得したのは弓削さんが参加した「くらん」だ。より正確に言えば、今年で三年連続の受賞となる。
そのチーム名で分かるだろう。よさこいチームくらんの母体となっているのは、弓削さんの実家が営んでいるクランだ。
元々、クランは多数のよさこいチームの衣装を手掛けていたらしい。そこからクランの衣装を着て踊りたいという人たちが増え、自分たちのチームを立ち上げたそうだ。
チームメンバーの上限は一五〇人だが、当然というべきか弓削さんもくらんで踊っている。それも一五〇人の隊列の先頭でだ。
よさこい大賞三連覇を成し遂げた、くらんのお嬢様。弓削さんがクラスメイトから姫様と呼ばれているのは単に見た目の可憐さだけでなく、そういった理由もあった。
僕も目の当たりにした。八月のよさこい祭り、場所はこの帯屋町アーケード。中央公園付近で大勢の観客に混じっていた僕は、商店街を次々と練り歩いてくるチームに見入っていた。
一つのチームが目の前を過ぎ去り、また次のチームがやってくる。その次に来るのが人気チームのくらんということで自然と観客も増え、僕も前のめりになって注視した。
洗練された音楽に乗って現れた踊り子の一団。それを率いる弓削さんを一目見た瞬間、僕は恋に落ちた。
華美な衣装に身を包み、一分の無駄の無いステップを踏む姿には誰もが息を呑んだことだろう。それほどに、あの時の弓削さんは美しく輝いていた。
それ以上に僕の心を魅了したのは、弓削さんの笑顔だった。本当にダンスを楽しみ、よさこいを愛しているといった気持ちが表れたキラキラの笑顔に僕の心は奪われてしまった。
一学期に教室で何度か弓削さんを見かけた時には気が付きもしなかった。普段、クラスメイトに見せているような柔らかな微笑みとはまるで違う。僕が理想とする笑顔だ。
まるで時間が止まったかのように僕の視線は弓削さんに吸い込まれ、真夏の熱ささえも忘れてしまうほどの衝撃を感じた。
帯屋町を後にする弓削さんの姿を、僕は夢中で追いかけた。アーケードの端まで追いかけ、そこで僕は弓削さんと目が合った。僕の顔を見た弓削さんは何故か泣いていた。
あの時の涙の理由は何だったのだろうか。その前に見せた微笑みや、はにかむ仕草とは程遠い悲しみの涙。
それとも僕と目が合ったというのは気のせいだったのか。弓削さんは僕の後ろや周囲にいた他の誰かを見ていたのだろうか。
あるいは僕を誰かと勘違いしたとか。弓削さんが好きな人が自分に逢いにきてくれたと思って……よく見たら、それは「オヤジ」だったという落胆の涙。そんなところか。
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