1-6

「とさーのー、こぉーちーのー、はーりまーやーばぁーしーでー、坊ーさぁーんー、かんーざーしー、買うーをーみぃたー♪」


 奈都が陽気に口ずさむのは、はりまや橋を舞台にしたよさこい節だ。


「よさこい踊ったことなんかないだろ」


「カンちゃんが踊るんは、ずぅーっと観ちょったき。今年は何で踊らんかったが?」


 隣を歩きながら、奈都が小首を傾げて訊いてくる。


 奈都が言っているのは、毎年八月に高知で行われる「よさこい祭り」のことだ。


うしおは中学生までの子供チーム。僕は去年で卒業したよ」


「でも、他のチームで踊る選択肢やってあっちゅうろう? 高知だけでも百チームはあるやか」


 おっ、そうだな。


 よさこい祭りは毎年、全国から二万人もの踊り子が高知にやってくる一大イベントだ。一チームのメンバーが大体百人前後で、参加チーム数は二百ほど。その内の半数が高知県のチームだ。


 僕は小学校四年生の時から中学三年まで、地元天神町の潮という小中学生だけのチームで踊っていた。その前は別のチームで踊ったこともあるから、何も一つのチームに固執しているわけではない。


 ダンスは元々好きだったし、適当なチームに応募しても良かったんだけど……ちょっとした反抗でスネていたら、いつの間にか夏になっていたと言ったところか。


「たまには観る側に回るのもいいかなと思ってさ。奈都こそ今年は祭り観に来てなかったろ?」


「カンちゃんが踊らんに観てもつまらんし。暑いの苦手やし」


 確かに奈都は子供の頃から体力が無くて、すぐにバテてたっけ。祭りで踊ったこともないって言ってたし。じゃあ何で僕が炎天下の下で踊るのは観てたんだ?


 はりまや橋を越えて西へと曲がりながら考える。今も隣を歩く奈都とは、七年近く一緒に遊んでいる。お互い唯一の友達だ。


 デパートの前を過ぎて中央公園へと入ったところで北に折れる。ここから東西に伸びる全長六五〇メートルのアーケードが帯屋町商店街。北のイオンと並んで高知の数少ない遊び場だ。


 一ヶ月前、僕が弓削さんに心を奪われた場所でもある。


「カンちゃん、どこから行くが?」


 弓削さんの輝く笑顔を思い出そうとしたところで、奈都によって現実へと引き戻される。


 さて、どうしようか。カラオケやゲームセンターは生徒指導部が目を光らせている(奈都が白線の入った学ランを着ているから、一目でバレる)から避けるとして。


「テキトーにブラブラしようか」


「うんっ、帯ブラやね!」


 誰が言い出したのかは知らないが、帯屋町をブラブラすることを銀ブラならぬ帯ブラと呼ぶ。元となった銀ブラの銀が東京の「銀座」であることを考えると、エラい差がある気がするのだが。


 そんなことは置いといて、とりあえず奈都に引っ張られながら帯ブラをする。商店街の中を西へと向かいながら巡り、目に付いた店を冷やかして回る。


「あっ、これ! カッコえいねー」


 僕が何気なく手に取ったキーホルダーに奈都が反応を示す。そんな奈都の声は僕の耳には入らず、弓削さんだったらどういうのが好きかななんて考えてしまう。


 隣にいるのが男友達の奈都ではなく、片想い中の弓削澄絵さんだったらと。



『ほら、澄絵ちゃんにはこっちが似合うよ』


 僕が選んだネックレスを手に取ると、澄絵ちゃんは満面に笑みをたたえる。


『ホント? カンゴくん、センスいいねっ』


 後ろに回って澄絵ちゃんの首にネックレスを付ける。


 澄絵ちゃんがこちらを振り向くと、いつも以上に可愛く見える。


 思った通り、淡いピンク色のサンゴがはめられたネックレスはお嬢様然とした美少女の魅力をいっそう引き出してくれる。


 いや、僕が選んだネックレスを付けてはにかむ仕草がたまらなく可愛いんだ。


『ねぇ、今度逢う時にコレ付けてきてよ』


『えー、でもぉ……みんなに見られるの恥ずかしいな』


 身をよじらせて照れる姿が、ますます可愛い。


 そんな素敵な彼女に顔を寄せて耳元で囁く。


『それじゃあ、僕と二人きりの時ならいい?』


『……うんっ。私とカンゴくん、二人だけの秘密だねっ』


 互いの吐息が触れ合う距離で交わす二人だけの秘密の約束。


 誰にも邪魔されない二人だけの時間が流れていく。



「おーい、カンちゃーん! もう行くよー」


 奈都に呼び掛けられて目が覚める。また妄想の世界に逃げ込んでいたか。


 商品を棚の上に戻して店を出る。


 次はどこへ行こうか、と歩いているとハンバーガーショップの前に来た。


「寄ってく?」


「うん!」


 ちょうど小腹が減った頃。飲食店は生徒指導部の見回りも厳しくないし、ちょうどいいだろう。


 九月に入っても高知は苦熱の地。奈都も元気に振舞ってはいるけど、そろそろ疲れた頃かもしれない。僕らはハンバーガーショップで足を休めることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る