1-5

 原先生の抜き打ちテストの後、六限目も終わり掃除とホームルームも終わった放課後。


 僕たち鏡川かがみがわ連理れんり高校一年C組の生徒たちは、一日の就労から解き放たれて三々五々、教室を後にしていった。


 ウチの学校は県内一の進学校でありながら部活動もさかんで、特に運動部はどこも全国大会の常連だ。


 だから部活動がある生徒たちにとっては、これからが本番といったところ。


 僕や奈都みたいな帰宅部は学校に留まる用事も無いし、さっさと帰るのが吉だ。


 そういえば弓削さんも部活には入っていない様子。一学期の半期考査も期末考査も全教科で満点を取ったという才女で知られる弓削さんだが、体育の授業でも活躍しているし美術も音楽も優秀で全く隙が無い。


 鏡川連理高校(通称カレン高)のモットーである右文尚武(文武両道を重んじるの意)を一番、体現している生徒だ。カレン高は創立百年の歴史があり、僕らは記念すべき百回生に当たる。


 そんな百回生の代表として、学校側も弓削さんには相当に期待していることだろう。


 学校全体で注目されている文武両道の弓削さんなら、きっと何部に入っても速攻でエースになれるだろうに。どの部活にも所属していないということは、きっと塾で忙しいんだろう。


 今も帰り支度をしながら、もう一人の優等生である灘さんと何やら話してるし。もしかしたら二人とも同じ塾に通っているのかもしれない。


 っと、マズい!


 弓削さんがチラリと僕の方を見て、一瞬だけ目が合ってしまった。すぐに自分のカバンへと視線を落としたけど……なんかオヤジが盗み見してキモイんだけど、とか思われてないよな。


 カバンの中を無意味にガサゴソしてると甲高い声に名前を呼ばれた。


「カーンちゃん、帰ろっ」


「あぁ、奈都か。そうだったな、帰ろうか」


 昼休みに一緒に遊ぶ約束したもんな。今日の弓削さんと一緒の空間にいられる時間はおしまい。


 教室を出る際に横目で弓削さんの様子をうかがう。大丈夫、灘さんとの会話に戻ってるみたいだ。僕のことなんか意識してないってことでもあるけど。


 C組の教室を出て廊下を歩きH組、I組の前を通り過ぎる。ちなみにクラス分けはK・O・C・H・I……僕らが住んでる高知県に由来する。


 成績順ではなく生徒は各クラスに均等に振り分けられているらしい。そうでなければ成績トップの弓削さんたちが真ん中のクラスにいるわけがないし、僕と同じクラスのはずもない。


 カレン高があるのは高知市の梅ノ辻。僕や奈都の家は、筆山ふもとの天神町。梅ノ辻とは隣だから徒歩で通える距離だ。


 ちなみに筆山は「ひつざん」と読む。菜園場さえんば万々ままと並んで他県の人には読めない地名だ。


「カンちゃん、とでんで行くが?」


「もちろん」


 僕と奈都は、家とは反対側の東門から学校の敷地を外に出る。今日はまっすぐ家に帰るのではなく、北のアーケードで寄り道するからだ。


 学校を出て五分ほど歩くと、大きな道路へと出る。その車道の真ん中にあるのが梅の辻停留場。そこから、とでん(路面電車)に乗るのが目的だ。


 この路面電車は北の高知駅前から南の動物園前まで、高知市を南北に走っている。僕らはこれに乗って北へと移動する。


 途中、高校の名前の由来でもある鏡川という大きな川に架けられた潮江橋を渡る。電車はそこから更に北上を続け、大きな建物が目立つ街並みへと入っていく。


 僕らは梅の辻から一つ先の、はりまや橋停留場で降車する。ここは東西にも大きな道路があり、今まで通ってきた道路と交わる交差点となっている。とでんの路線も東西に走っており、ここで乗り換えが出来る。


 でも僕らの目的は乗り換えではなく、ここから徒歩。交差点を北へと渡り、観光名所として有名なはりまや橋を越えていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る