1-4
「もうっ! 信じられん! 何なんアレ!」
廊下へ出たとたん、奈都は両手をバタバタと振り回して抗議の声を上げる。
その仕草もキンキン声もまるっきり幼女なのだが、奈都の気持ちをくみ取ればそんなことは口に出来ない。
そうだよな、くやしいよな。男だもんな。
奈都の怒りが収まるまで、側にいてグチに付き合う。そうしている内に予鈴が鳴った。
「は~ぁ。ボクやってさ、もっと男らしゅうなりたいがよ。でも、身長伸ばしたいと思うても、ご飯もたくさん食べれんし……腕立て伏せも、ひとっちゃあ出来んし……」
「そんなにしょげるなよ。奈都だって、その内に大きくなるって」
「うん……もう六年ばあ同じこと言うてもらっちゅうね」
「いや、まあ……無責任なこと言ってるかもしれないけど……」
「ううん。カンちゃんに慰めてもろうてるに成長せんボクが悪いんやき」
完全に落ち込んでるな。
コンプレックスというのは、気にするなって言えば言うほど気になるものなわけで。ヘタに慰めない方がいいな。
「まぁ、そろそろ教室戻りな。五限、始まるぞ」
「うん……」
「それから放課後、今日も帯で遊ぼうぜ」
「……うん! ほいたら放課後ね」
学校の帰りに遊ぶ約束をすると、奈都はようやく表情を明るくしてくれた。
K組の教室に向かってパタパタと駆けていくのを見送っていると、背中に別の声が飛んできた。
「おい、カンゴ。何しちゅうが?」
振り返った先には担任の
次は原先生の授業だったか。奈都に時間厳守を注意しておきながら、自分が授業に遅れるところだった。
「いえ、何でもないです。すみません」
後ろ側の戸から教室に入り、ヤン坊マー坊から視線を外して自分の席に着く。
同時に教室に入った原先生は、手に持った紙束を教壇にドサッと置くと嬉々として宣告してきた。
「よーし、お前ら教科書しまえ。二学期一発目のテストやるで」
途端に「えーっ!」という悲鳴が上がる。
「マジかよ、ケオリちゃーん!」
「大マジや。問題用紙配るき、しゃんしゃん準備しぃや」
原先生の担当科目は英語だが、教科書通りに授業を進めることはほとんど無い。
手作りのプリントを配ったり、今日みたいに抜き打ちテストを仕掛けてくることもある。
一応、ウチの高校は県内一の進学校で名前が通っている。原先生の授業は確かに進学校らしいと言えばらしい。
ただ、他の教科に関しては生徒の自主性に任せられている部分が多い。そのためか、やる気の無い先生が多いのも事実。
そんな中で原先生はウチの学校では珍しい教育熱心な教師だ。
だからといって生徒からウザがられるタイプでもない。(比較的)若くて(それなりに)美人でもあり、取っ付きやすい性格の原先生は生徒たちから「ケオリちゃん」と呼ばれて親しまれている。
昔から原先生のことを知っている僕としては、少し苦手に感じているけれど。
「全員、渡ったかー? 時間は前の時計で四十分まで……よーし、始め!」
原先生の号令で教室中が一斉に答案用紙に向き合っていく。
そんな状況でも僕の視線は、やはり右斜め前方をチラリと向いてしまう。
弓削さんはきっと、このテストも余裕なんだろうな。
流石にこの位置からじゃ手元までは見えないけれど、後ろ姿が醸し出す雰囲気から弓削さんはスラスラと問題を解いているように思える。
聞いた話じゃ弓削さんは中学生の時に、もう英検二級を取ったとか。この秋には準一級に挑戦するなんてウワサも耳にした。
英語に限らず、どの教科の成績も平凡な僕とは住む世界が違う人だ。
だから僕が弓削さんと話せるのは頭の中で繰り広げられる妄想の世界だけ。
『澄絵ちゃんはスゴいなぁ。また満点か。ねぇ、今度二人っきりで勉強教えてよ』
ほら、こんなセリフだってスラスラと吐ける。
本当は四月に同じクラスになって以来、一度も口をきいたことがない。
僕――今枝カンゴという男子生徒がいることさえ知らないと言われたって不思議じゃない。
そんな関係なんだ。
だから妄想の中でぐらい、仲良く話してもいいだろう。
今はテスト中だから、これ以上の妄想は止めて僕も答案用紙の方に意識を集中させるけど。
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