1-3
「こらっ! カンちゃん!」
引っ張られたイヤホンが耳から外れ、辺りは再びクラスメイトたちの話し声に包まれる。
僕を妄想から現実へと引き戻した張本人は、イヤホンを手にして頬を膨らませていた。
「スマホは校則で持ち込み禁止やろ」
幼馴染の
「スマホじゃなくて、ただの音楽プレーヤーだよ」
「最近の音楽プレーヤーは電話もネットもゲームやって出来るやか。先生に見つかったら没収されるよ」
「僕のは兄貴のおさがりの古いヤツだから、音楽しか聴けないよ」
だから流行りのワイヤレスイヤホンでもなく、奈都にコードを引っ張られて耳から外れたわけだ。
僕がそう言うと、後ろでヤン坊がクスクスと笑った。
「オヤジやしなぁ」
その言葉に僕も奈都も一旦、会話が途切れる。
そういえば奈都は違うクラスだったっけ。幼馴染で中学まで一緒のクラスだったから、つい忘れがちになってしまう。
昼休みにわざわざK組から会いに来てくれた幼馴染を邪険にするのは悪かったか。
それにしても学ランが似合っていない。
奈都は僕より十五センチも背が低く、顔立ちも幼いため小学生女児に見えてしまう。
だが男だ。黒い学ランを着ている通り、紛れもない高校生男子だ。
小学生の頃から知っているが、奈都は昔から女の子みたいな見た目をしていた。そのせいで子供の頃から、ずっとからかわれ続けていた。
それは高校に上がっても同じ。相変わらず幼女みたいな容姿のせいで「ボクっ娘ナッちゃん」なんて呼ばれている。お互い、あだ名では苦労してるな。
それが悔しかったのか、奈都は衣替えの季節になっても意地を張って学ランを着続けていた。
今は九月だが、僕も含めて他の生徒はまだ夏服だ。なのに奈都は一人だけ冬服の学ランを着ている。体が丈夫じゃないんだから無理してほしくないんだが。
その奈都が、サラサラヘアーをかきわけて僕から奪ったイヤホンを耳に当てている。
「まーたブリティッシュ・スティール? カンちゃん、ホンマに好きやね。お父やん世代のロックやか」
「オヤジやもんなぁ」
今度はマー坊がヤジを飛ばし、奈都がそちらをチラリと見る。
奈都には似合わないような冷たい視線に思えたが、それも一瞬。すぐに僕へと視線を戻す。
「カンちゃんも、もっと最近の音楽聴かんが?」
「別に興味ないし、よく分からないんだよなー」
奈都が差し出したイヤホンを受け取りながら答える。
奈都がこちらに手を伸ばしたため、自然と学ランの袖に一本入った白線が目に映る。
僕はこのデザインがバンカラっぽくて気に入っているのだが、他の生徒からは不評らしい。そういったところも含めて僕は同年代と感性が違っているようだ。
ちなみに女子の冬服は紺のブレザー。お嬢様風のデザインなのだが、同じく袖に白線が入っている。夏服は白のセーラーブラウスだから白線なんて入ってないけど。
「テレビつけりゃ、流行りの音楽やって流れちゅうに」
「んー……例えば、奈都は何聴いてるの?」
「ボク? 最近だとぉ……
「誰ソレ?」
「最近、話題の原宿系アイドルやか! それっぱあも知らんの?」
いやぜんぜん知らねー、興味もねー。
「カンちゃんのお兄さんも渋谷か原宿で働いちゅうがやろ? 東京で何が流行っちゅうがとか話せんが?」
「全然。そもそも電話もしないし、滅多に帰ってすらこないし。奈都は東京に行きたいの?」
「もっちろん! いっぺん原宿で遊んでみたいがよー」
「僕らは帯で十分」
そう、僕らには慣れ親しんだ帯屋町アーケードがある。
そんな遠く離れた東京の大都会なんて行く必要ないだろ。それとも、そう思うのは僕が「オヤジ」だからなのか?
兄ちゃんも奈都と同じく、大都会に憧れて高知を出て行ったのか?
十歳も離れた兄ちゃんより、僕の感性は「オヤジ」なのだろうか。
「――ひゃぁんっ!」
物思いにふけっていると、急に奈都が変な声を上げて飛び上がった。
「イェーイ! ナッちゃんのおしりゲット~!」
どうやらヤン坊が奈都にちょっかいを仕掛けたらしい。
「バッカ。ナッちゃんはウブなんやから加減しいや。ゴメンねー、ナッちゃん。怒った顔も可愛いでー」
「あー、柔らかかったぁ。でもズボンじゃ感触いまいちやな。今度はスカートはいてきてや」
人を侮辱しておいてケラケラと笑うヤン坊マー坊。その二人を、顔を真っ赤にした奈都が頬を膨らませて睨みつけている。
全く怖くないところが涙を誘う。
「むむむー……行こっ、カンちゃん! こんなトコいる必要ないよっ」
不届き者二人に食ってかかるかと思いきや、奈都は僕の手を引っ張って教室を出て行こうとする。
奈都じゃ、どうやっても力では二人に敵いそうもないし、これが正解だな。
かくいう僕もケンカは苦手だ。口でも腕でも勝てる自信は無いし、度胸も無い。奈都に手を引かれるまま教室を後にする。
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