第一話 モノクローム・ワールド
1-1
昼休みの教室は喧騒に包まれていた。
昼食を終えて食堂から帰ってきた生徒たちも含め、ワイワイガヤガヤと実に楽しそうだ。
僕はというと、教室内でおしゃべりするどのグループとも関わらずに一人で音楽を聴いている。
イヤホンから流れる激しいロックに集中して一人、頭の中でリズムを取って踊りたいのに……僕の心は、ここにあらず。
教室の真ん中、後ろから二番目の席に座る僕には教室の景色がよく見える。
その中で僕の両目は右前方の席に座るショコラブラウンのポニーテールに釘付けだった。
「姫様は今日もキマっちゅうね」
真後ろの席から聞こえた声に、僕は気取られないようポケットの中で音楽プレーヤーのボリュームを下げた。
「あれでまだフリーながやろう? 俺、カレシ候補に立候補しようかな~」
「お前にゃムリムリ~」
頭のすぐ後ろから聞こえてくるバカ話に心の底からため息をつきたくなる。
こっそりと彼女の後ろ姿を眺めていても気付かれない、この席の唯一の難点が後ろに座るヤン坊とマー坊の存在だ。
二人の話題に上がる「姫様」こそ、僕が授業中も昼休みの間も視線で追い続けている
僕は弓削さんに恋している。
それは、ついひと月前のこと。八月十日の暑い夏の日だった。あの時に見た太陽よりも輝く弓削さんの笑顔によって、僕の心に恋の炎が燃え広がった。
けど、弓削さんは僕には高嶺の花の人だ。
高校生になった今年の四月から、それはずっと変わらない。
中学からの顔なじみの中で、高校から入ってきた弓削さんはひときわ目を引く存在だった。
ショコラブラウンのウェーブがかったポニーテール。穏やかで優しい人柄が表れた、大きな瞳。着ている制服も他の女子と同じはずなのに、とびきりいい匂いがしそうなくらい清楚な雰囲気に包まれている。
そんな弓削さんだから、一学期の間は僕には無縁の相手だと思っていた。
高嶺の花すぎて、廊下ですれ違ってもあいさつもせずに通り過ぎていた。
二学期に入った今は違う。
夏休みに衝撃的な出逢いを経て、僕はもう弓削さんから目を逸らすことが出来なくなっていた。
だからといって直接、声を掛ける度胸があるわけでもなく。弓削さんが隣の席の女友達と話しているのを自分の席から眺めているだけだ。
僕の席は教室の真ん中の後ろから二番目。弓削さんの席は廊下側二列目の前から三番目。
こうして秘かに眺めるには、ちょうどいい距離だと思う。
ボーっと音楽を聴くフリをして、誰にも気付かれることなく弓削さんのポニーテールが揺れるのを見ている。
正に心ここにあらず。僕の心は僕の体を飛び出して、弓削さんの席へと近付いて声を掛ける。
『やあ、
『もー、カンゴくんってば! みんな見てるのに恥ずかしいよぅ』
『どうして? みんな知ってることだろ』
『私は……カンゴくんだけ知ってくれてればいいのっ』
なんて、実際には弓削さんに声を掛けることさえ出来やしない。
まして「澄絵ちゃん」なんて馴れ馴れしく呼べるのは、よっぽどの陽キャだけ。
学校では根っからの陰の者である僕では、どれだけ仲良くなっても呼べそうにない。そもそも仲良くなれるきっかけも無いわけで。
入学してから数ヶ月で、弓削さんは学校一の美少女にして成績トップのアイドルとしての地位を確立している。
身長は平均的だが体のラインは平均以上で、夏服のブラウスだとそれがよりハッキリと分かる。
その美貌と体、そして付き合えた後の優越感を求めて既に何人もの男子生徒が告白を挑んでいるとか。
弓削さんが誰かと付き合っているというウワサは聞かないので、一応まだフリーみたいだ。
だからといって、僕が弓削さんと付き合える可能性が残されているわけではない。
僕は成績も平凡だし、背も高くなければイケメンでもない。流行にも疎く、付いたあだ名が「オヤジ」だ。
妄想の中では弓削さんに「カンゴくん」と呼ばせたが、実際は「
きっと世の摂理というのは無情にも、僕みたいな地味な陰キャの名前など学校一のアイドルの口に上らせてはくれないのだろう。
それならば、せめて静かに彼女の姿を見守らせてほしい。そう願いながらも、後ろの席の半ツッパ二人の下品な会話が僕の鼓膜を刺激する。
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