第25話 真実は意外なものだ

真実は意外なものだ

 二回目の現社長重治との話し合いの前日、高山がやってきた。明日の談合の為に、泊まり込みで情報を突き合わせ、打ち合わせをして置こうと言うのだ。

 勿論、毎日お互いの情報は連絡し合っている。小西老人は、株式の委託と、現役だった頃の知り合いに連絡を取り、情報を集めていた。それらを全部まとめて、明日に備えなければならない。

「まずは、小西さんの分も合わせて集計した、委託分も含む株式保有からご報告します」

 高山は一度琴美を見て、

「現在、五十二パーセントが、奥様の保有株式です」

「五割は超えたけど少し、足りないようですね。ひとつ切り崩せば、簡単にひっくり返されてしまいます」

「田中常務が持っていた六パーセントですが、既に売却済みでした。常務解任のやり方が相当悪どいものだったようで、腹に据えかねて全て手放されたそうです。これは予定外でした。細かいところをチェックして、出来るだけこちらに有利になるよう手を尽くしています。最終的には五十八パーセントまでは押さえたいところです」

「分かりました。次に、此処の土地の件ですが、署名しないで争うとどう展開するか高山さんの予測は?」

 結希子は淀みなくてきぱきと進めていく。

「署名しなければ、強制執行をかけてくるでしょう。唯、強制的な立ち退きなどは、手続きに結構時間が懸かります。その間に対抗策を取れますから、余裕をもって対処出来るでしょう。私が一番心配しているのは、もしかすると、会社の売却を急ぐかも知れないと言うことです」

 高山が深刻な顔になっている。

「会社を売却?」

 始めて結希子の顔に、不安な影がさした。

「売却先は、おそらく真砂子の実家、石田コーポレーションでしょう。下準備は出来ていると思われます。だからこそ、株主総会を急がねばなりません。少し不安材料がありますが、株主総会に持ち込むのが、一番時間が掛からず、結果が早く出ることになります」

 高山が汗を拭いた。

 結希子が沈思した。

(祖父ちゃん、結希子さんは、相当なやり手ですね)

(これほどとは思わなかった。大したものだ)

 祖父さまも脱帽と言ったところだ。

「では、株主総会の切り札、粉飾決算についてのデータはどうなりました?」

「それですが、もう少しお時間を頂けませんか。もう少しで辿り着けそうです」

「株主総会に、間に合いますか?」

「大丈夫です。任せて下さい」

「緊急株主総会の動議書は出来ていますか?」

 高山が鞄から書類を取り出して、結希子に手渡した。

 動議書に目を通した結希子が、高山に頷いた。

「これで行きましょう」

 その後も、夕食の時間まで、詳細な打ち合わせが行われた。

 夕食の後、宗次郎と琴美は、蔵之介と結希子の庭での散策に付き合っていた。雲の少ない夜空に、白い月が浮いている。夕暮れ時には赤かった月は、夜とともに次第に色が薄れ、氷輪と呼ぶに相応しい輝きを取り戻している。

 庭を歩く二人の影が、青い月の光にくっきりと浮かび上がっている。

「私は、結希子さんよりずっと若くして、この世を去った。戦争から戻って八年だった。二歳の息子を残して。私は病気に勝てなかった。躰ではなく、心が諦めたのだ」

 心が諦めた理由が、結希子には良く判った。蔵之介も自分と同じ失意の底にあったのだと。

「三年の間私は、あなたが現れるのをずっと待っていたんです。そんなことは起こらないと判っていながら、ずっと思い続けていました」

 結希子が月を見あげ、息を吐いた。

「私は、夫を早くに亡くし、跡を継いだ一人息子も夫婦ともに事故で亡くなりました。夫と息子が残した会社を守ってきました。全て、琴美を守る為に生きてきたのです。親が決めた結婚でした」

 互いの心が求めながら、別々の道を歩まなければならなかった。それぞれが歩いた道のりを思い返し、互いの心をもう一度確かめることが出来た。

「結希子さん、あなたの心を知ることが出来てよかった。私は幸せだ。ありがとう」

「私も同じです。あなたは戦争に行って、心が変わられたのだと思っていましたから」

「変わるものか。ずっと、あなたを守りたかった」

「蔵之介さま」

 蔵之介が、結希子の肩を抱き寄せた。

(駄目だ、祖父ちゃん。結希子さんじゃない。琴美だ)

(いいんです、宗次郎さん。このまま。お祖母さまの願いを叶えてあげて)

 琴美が宗次郎をとめた。

「結希子さん、ありがとう」

 蔵之介がささやき、二人は月の光の下で、ひとつの影になって溶け合った。

 宗次郎は固く目をつぶり、何も感じないよう必死に耐えている。

 くすっと、琴美が笑ったような気がした。

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