第21話 宗次郎驚愕の極みを知る

宗次郎驚愕の極みを知る

 そして、それは突然に始まった。

「蔵之介さま」

 琴美が、祖(じ)父(い)さまの名を呼んだ。いや、琴美ではなく、琴美の祖母が呼んだのだ。何故、お祖母さまが、祖父さまの名前を?

 そして更に、ドラマは予想外の展開を迎える。

「結(ゆ)希(き)子(こ)さん……」

 蔵之介が、呼びかけた。

 結希子さん? それは、ひょっとして琴美の祖母の名前か? どうしたんだ祖父さま。何故、琴美の祖母の名前を知ってるんだ。待て、お祖母さまの姿、若いぞ。そう言えば、祖父さまの姿も若かったな。

 宗次郎は、琴美から目を逸らそうとしたが、祖父さまはがんとして受け付けない。二人はじっと瞶(みつ)め合っている。琴美も顔を赤らめながら、じっと宗次郎を見返してくる。

 違うよ。俺が見ているんじゃない、祖父さまが、琴美の中の祖母を瞶めているんだ。宗次郎はそう言いたかった。だが、祖父さまの強い意思が、宗次郎に喋ることを許さない。

「あなたが、何故、此処に?」

 祖父さまの驚きも相当なものだ。信じられない事が起こっている。 祖父さまの頭は、まさに驚天動地状態だ。

「蔵之介さまこそ。ああ……私を助けに来て下さったのですね」

 琴美が、切ない喜びの声を漏らした。正しくは、琴美の祖母、結希子さんだ。俺の祖父さまと、琴美の祖母はどう言う関係なんだ?

 結希子が、救いをもとめるように、そっと手を差しのばす。

 祖父さまが、琴美の手を取りしっかりと握りしめた。琴美も握り返してくる。違う! 俺と琴美じゃない!

 そして、二人は瞶め合う。

 そうか!

 蔵之介と結希子を包んでいるのは、まぎれもなく、熱い恋情と若い情熱の迸(ほとばし)りだ。二人は、そんな仲だったのか!……でも、何故?

 俺に、こんな激しい感情の奔流は堪えられない。

 突然、琴美がしなだれかかるように、宗次郎の胸に躰を預けた。

 細く丸い肩だ。しかも肌(き)理(め)が細かく、手のひらに吸いつくような肌をしている。いかん、いけないぞ、この感触は。宗次郎は手を離そうと無駄な努力を試みた。

「蔵之介さま、お会いしとうございました」

「私もだ、結希子さん」

 蔵之介が、琴美の肩を、背中をしっかりと抱き寄せた。

 祖父さま、離れろ。琴美から離れろ。駄目だ、琴美の胸が俺の胸に。おお、柔らかい胸だ。細身に見えたが、思ったより肉感的だ。柔らかく弾んでいる。いかん、祖父さま、離れてくれ。男の生理的事情があるだろう。いかん、限界だ。下半身の一部に、血流が集中する。

 琴美の熱情的な、潤んだ眸(ひとみ)が、俺を熱く見上げている。

 この鼓動の高鳴りは、俺か、祖父さまか?

 おい、待てっ。待てっ。顔を、顔を近づけるなっ! 琴美もそんなにすんなり目を閉じるな。祖父さま、鼻息が荒いぞ。お願いだから、止めて下さい。

 琴美の唇が。おおっ、柔らかくてなめらかだ。薔薇の香りが。

 深く、長いくちづけだった。

 二人はさっと躰を離し、琴美が恥じらいで顔を赤くしている。祖父さままで赤面している。でも、手をしっかりと握り合ったままだ。

(琴美ちゃん、琴美ちゃん!)

 宗次郎は叫び続けたが、琴美の反応はない。そりゃそうだろうな。突然、こんな状態に引っ張り込まれたんだから。だけど、答えてくれ。

「蔵之介さま。この屋敷と琴美が、苦境に陥っています。あなたの助けが必要です。どうか、力を貸して下さい」

「勿論だ、結希子さん。私の力の限り、貴女を守る。あの時、どれだけ後悔したことか。もっと東京で、貴女を捜すべきだった」

「東京へ? 私を捜しに?」

「戦争から戻って、暫くして貴女を尋ね、捜し歩いた。三ヶ月。もっと捜すべきだった。許してくれ」

「私は、その時、母の故郷の京都にいたのです」

「京都に?」

「私こそ、東京へいるべきでした。そうすれば、貴男とお会い出来たのに。私もどんなに苦しかったことか。北川少尉が、執拗に私を追い回していたのです。それで、身を隠す為に京都に」

「北川が! 北川義明が……」

 祖父さまの目が、凄まじい怒りの光を放っている。

 宗次郎も同時に、怒りが噴き出した。修三に乗り移ったあの男。思い出した。あの時北川は確かに、結希子と言っていた。

「そうか、判った! 相棒は、結希子さん、貴女だったんだ!」

 蔵之介が叫び、怒りから飛びきりの笑顔になった。

 蔵之介はまたしっかりと、結希子を抱き寄せた。

(祖父ちゃん、もう離れろ。祖父ちゃんの躰じゃないんだぞ!)

 宗次郎の叫びが、虚しく消えた。


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