第19話 作戦会議には美味い昼飯が欠かせない

作戦会議には美味い昼飯が欠かせない

 時子さんが、琴美を促して立ち上がった。

「そろそろお昼ですから、軽く何か作りますね」

 時子さんと琴美が席を外した。

「これは、ひょっとすると、重治さんより、奥さんの真砂子さんの差し金かも知れないな」

 高山が、しきりに眉の間を、指でこする。

「それは、どう言うことだい、高山さん」

 小西老人が躰を乗り出す。

「重治さんは、専務の頃からそれ程有能な人じゃなかった。優柔不断でね。真砂子さんの尻に敷かれてた感じでね。実家の発言力も大きかったし。うん。これは、本当に松島産業は危ないな」

「だからさ、危ないって何が?」

「松島産業を、取り込もうって腹じゃないのかな」

 高山が、物騒なことを言った。

 おそらく、弁護士の直感がそう言わせたのだろうと、宗次郎は高山が言った危険性を、あり得ると思った。。

「現社長の重治さんは、奥さんの真砂子さんの言いなりってことですか」

 宗次郎に高山が頷く。

「じゃ、何かい。石田コーポレーションが、松島産業を乗っ取るってことか」

「そうなりますね。重治さんが社長でいる限り、松島産業は生き残れないでしょう。でも、この話は、琴美さんにはしないで下さい。もう少し調べてみないと、まだそうと決まった訳じゃありませんから」

「冗談じゃないよ。先々代社長が立ち上げて、先代社長が大きくした松島産業を、そう簡単に潰されて堪りますかってんだ。高山さん、俺に出来ることなら何でもするよ。言ってくれ」

 小西老人が意気込んで言った。

「高山さん、力を貸して頂けますか。僕らは全くの門外漢ですから、どう対処していいのか、さっぱり分かりません」

 宗次郎が頭を下げた。

「ええ、勿論です。このままにはして置けません」

 高山が力強く請け合った。

 昼食は、宗次郎が田舎から持って来た、高菜漬と唐辛子で和風のペペロン風と、鯖の水煮缶とトマトの時子さんオリジナルパスタだった。コンソメにカリカリのベーコンの細切りと、大葉を刻んだ冷製スープもついている。大皿に山盛りだったパスタは、あっと言う間になくなった。パスタの後は、珈琲だ。

 高山の携帯が鳴った。

「はい。……へえ、そんな頃なんだ。……うん、うん。……ありがとう」

 短いやり取りだったが、その間、高山は宗次郎と小西老人に何度か頷いてみせた。

「分かりましたよ、このお屋敷の登記変更が」

 電話を切ると、高山が興奮した声で言った。

「八年前のことです。分かりますか、この意味が」

 見開いた目が異常な光を湛えている。

「あ、お祖母さまが亡くなった時!」

 琴美が叫ぶように言った。

「その通り」

 高山は右手の人差し指を立て、軽く振った。

「奥様が亡くなられた時。同時に、重治が社長に就任した。おそらく、社長交替の時に、登記変更が行われています。私が顧問弁護士を解雇されたのは、重治社長就任の直前でした。その後顧問に入ったのが、大野弁護士事務所です。読めてきましたね」

 高山は唇を噛み、何度も頭をなでつけた。いつの間にか、重治と呼び捨てになっている。

「重治さんは、真砂子に操られているってことなの?」

 時子さんが高山を見る。

「そうです。奥様が亡くなられた時は、会社も混乱していましたからね。大野が上手く立ち回ったのでしょう」

「じゃあ、リストラも、唯のリストラじゃなかったんだ」

 と、小西老人。

「すぐに利益を生まない部門を切り捨て、奥様派の社員も解雇したんでしょう。間違いなく、裏で真砂子の実家の石田が動いていますね」

「今になって、この土地や屋敷を取り上げようとするのも、松島産業を吸収する為の前工作と言うことですね。松島家の財産も根こそぎむしり取るつもりだ。ひょっとすると、琴美さんに残された財産も……」

 宗次郎は、琴美を見た。流石に琴美の顔が青くなっている。

「叔父さんは、最初から私を騙してたの?」

 声が怒りで震えている。涙がこぼれ落ちそうだ。

「大丈夫よ。私達がいるからね」

 時子さんが琴美を抱きしめた。男達は声もない。

 こんな成り行きになるとは、宗次郎は全く予想していなかった。それでなくても、琴美の祖母の事もある。

 まさか、これは全部繋がっているんじゃないだろうな。もしそうなら、ややこしい話が、さらにややこしくなる。宗次郎はテーブルに両肘を付き、頭を抱え込んだ。

「会社関係とこのお屋敷の問題は、私が何とか考えましょう。この書類は、私がお預かりして置きます」

 高山は書類を鞄にしまった。

「さて、少し打ち合わせをして置きましょう」

 五人は、これからの事を相談し始めた。

 琴美は殆ど喋らなかったが、打ち合わせは夕方まで続いた。

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