第15話 宗次郎琴美の秘密を知る

宗次郎琴美の秘密を知る

「宗ちゃん、来たよ、遂に来やがった」

 帰るなり、小西老人が囁いた。興奮している。

「どうしました。何が来たんです?」

「まだ来てないけどね、明後日来るって」

 時子さんも囁く。こちらも興奮気味だ。

「明後日?」

「松島だよ。今の社長夫婦と、弁護士ってのが来るんだ」

「ああ、そう言うことですか」

 宗次郎、段々、小西老人との問答に慣れてきた。忍耐とたゆまぬ質問が扉を開いてくれる。

「向こうの用件は、やはりこの屋敷の向後についてなんですか」

「それしかねえだろうよ。宗ちゃん、愈々、関ヶ原だよ」

 小西老人、鼻息が荒い。

「琴美さんは、何て言っているんですか」

「まずは話を聞いて、それから対処しますってさ。そう言うところは、どうも世間知らずだよな」

 小西老人、憮然とした顔になる。自分が感じている危機感を、琴美に共有して欲しかったのかも知れない。その気持ちは、宗次郎にもよく分かる。宗次郎にとっても、この問題は他人事では済まされないのだ。

「僕から、琴美さんに話してみましょう」

「そうしてくれるかい。頼むよ、宗ちゃん」

「じゃあ、早いほうがいいですね。今から話してみましょう。琴美さんは、部屋ですか?」

「仏間にいる筈よ」

 時子さんが言った。

「分かりました」

 宗次郎は立ち上がった。

「宗ちゃん」

 時子さんが宗次郎を呼び止めた。

「仏間にいる琴美ちゃん……あの、あれなのよ、奥様が……」

 時子さんは両手を顔の前で、意味なくひょねひょねと動かした。

「ああ、いつもの琴美さんじゃないってことですね」

「そうなの」

「大丈夫です」

 経験者ですから。とは言えないが、時子さんの言いたいことはよく分かる。いずれ、俺の事も話さなきゃな。それも、出来るだけ早目に。

 仏間の前まで来て、宗次郎は足を止めた。

 中から琴美の声が聞こえたからだ。

「お祖(ば)母(あ)さま、どうしてこんな事が起こったの? ヤバくない?」

「そんな言葉を使うのはお止めなさい」

「私がどんな喋り方したって、お祖母さまには関係ないでしょ」

「私にも、これがどう言うことか、見当もつかないのです。琴美に説明したくても、出来ないのです」

「いきなり、あたしの中に入ってきて、頭の中をかき回して、私変になりそう。これで三回目よ」

「私は、琴美を苦しめようとしているのではありませんよ。あなたとこの家を守りたいだけなのです」

「分かってるけど。自分が消えちゃいそうで恐いの」

「そんなことないわ。こうやって、二人で話してるでしょ」

 何処かで聞いた台詞が並んでいる。宗次郎は苦笑いした。

 そうか、琴美の中に入ったのは、やっぱり琴美の祖母なのか。俺の中に祖(ば)母(あ)さまが乗り移ったら、やりづらいだろうな。まあ、それは良い。これで琴美も俺と同じ状況だと分かった。

 さて、問題はこれからだ。俺も同じ仲間だと琴美に伝えるには、どう切り出せばいいのだろう。

「私と一緒に、鍵を探して頂戴」

「何の鍵なの?」

「倉があるでしょ。倉の中には仕掛けがあって、地下蔵があります。地下蔵へ入る為の鍵よ」

 祖母の声が、少し弾んでいる。

 琴美の祖母は何と言う名前だったっけな。宗次郎は思い出せない。

「鍵がある場所を教えて、お祖母さま。私が探しとくから。それを渡せばいいんでしょ」

 いや、そうはいかない。ちゃんとお祖母さまを君の中に受け入れるんだ。でないと、君のお祖母さまは、永久に消滅してしまうぞ。心の中で言いながら、俺も祖父さまをそろそろ全面的に受け入れなきゃな。宗次郎はそんな、寛大な自分を感じてちょっと嬉しくなった。

「鍵の場所が分からないのです。だから、思い当たる場所を探すしか方法はないの」

「じゃあ、分かったら教えて」

 まだ琴美は、祖母が自分の中にいることが、不自然で不安に感じているようだな。では、俺がちゃんと説明して、納得させて、琴美と祖母が和合出来るようにしてやろう。

「琴美さん、話があるんだ。いいかな?」

 宗次郎が声をかけた瞬間、

「ああっ」

 琴美の掠れた声が、か細く聞こえ、どさりと音がした。

 襖を開くと、畳の上に倒れた琴美が見えた。

 宗次郎は一瞬、琴美の扱いに躊躇した。相手が若い女性だと言う意識がそうさせたのだろう。だが、すぐに宗次郎は思い直し、倒れた琴美を仰向けに寝かせ、座布団をふたつに折り、琴美の頭を乗せた。急いで台所に戻り、時子さんを呼ぶ。

「どうしたんですか、藪坂先生」

 今日は藪坂先生に戻っている。

「仏間で琴美さんが倒れてます。ちょっと様子を看てください」

「琴美ちゃんが、倒れてる?」

「気を失ったようです」

「宗ちゃん、一緒に来て」

 時子さんが廊下へ飛び出し駆けていく。

 宗次郎と小西老人もその後を追った。

 仏間に飛び込んだ時子さんが、琴美の側にぺたりと座り、

「琴美ちゃん、琴美ちゃん」

 呼びかけている。

「どうしよう、宗ちゃん。何があったの」

「この様子だと、気を失っただけのようですから、大丈夫だと思いますよ」

「そんないい加減なことで良いの? 病気だったらどうしよう。そうだ、救急車呼ばなきゃ」

 幽かに琴美が呻き、うっすらと目を開いた。

「琴美ちゃん、大丈夫? しっかりして、琴美ちゃん」

 時子さんが、琴美の頬を軽く叩いた。

「あ、おば様」

 琴美は意識が戻ったらしく、時子さんを呼び、起き上がった。だが、肩が震えている。

「お祖母さまが……」

 力尽きたように、琴美は目を閉じた。

「琴美ちゃん!」

 時子さんが叫んだ。

「とにかく、部屋で寝かせましょう」

 宗次郎は、腫れ物を扱うように、そおっと琴美を抱え上げた。

「宗ちゃん、飲もう。飲んで落ち着こう」

 琴美を、部屋のベッドに寝かせ戻って来ると、小西老人がグラスとボトルを用意して待っていた。今日は珍しく、シングルモルトスコッチだ。時子さんは、琴美の側についている。一度意識が戻ったが、琴美はまた意識がなくなった。今は眠っている。

 確かさっき、祖母が入ってきたのは、三回目だと琴美が言ってたな。おそらく疲れ果ててしまったのだろうが、俺は三回目には結構慣れて、疲れとかは感じなかったな。あの様子では、ひょっとすると、祖母が入ることを琴美は強く拒否しているのかも知れない。

「宗ちゃん、ロックでいいかい?」

「ええ、ロックでお願いします」

 上の空で答えながら、いつ、どのタイミングで琴美に話すべきか宗次郎は考えている。

「美味い」

 ひと口含んだスコッチは美味かった。

 待てよ、琴美に話す前に、話すべき人がいるじゃないか。宗次郎は気づいた。小西老人と時子さんである。小西夫妻と宗次郎は、ある意味今やチームだと言えないこともない。小西夫妻だけは、今、動いている事の事情を、しっかりと把握し理解した上で、琴美の事にも対処して貰わねば、柔軟な判断が出来なくなる。


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