第12話 小西夫妻の困惑は宗次郎に確信をもたらす?

小西夫妻の困惑は宗次郎に確信をもたらす?

 障子を閉めた琴美は、もう一度仏前に座って祈り、それから自分の部屋に戻って行く。宗次郎はその姿を注意深く観察した。

「やっぱり」

 心が思わず声になった。

 聞きとがめた小西老人がきいた。

「何が、やっぱりなんだい、宗ちゃん」

「あ、いえ。……そう、なんて言うか、あの写真のご婦人と顔立ちが似てるなと思ってつい」

「そりゃそうだ。奥様の孫娘だからね。似てて当たり前だ」

 小西老人は、宗次郎の誤魔化しに気づかなかった。

 台所のいつものテーブルで、宗次郎と小西老人はお茶を飲んでいる。気が抜けた顔の小西老人が、時々ため息をつき、何かを考え込む。戻って来た時子さんも、大きなため息をついた。琴美にお茶を持っていったところだった。

 時子さんは自分のお茶をひと息に飲み干し、困惑の目で夫の顔を見た。

「二人ともどうしたんですか? 何か様子が変ですよ」

 たまりかねて、宗次郎が訊いた。出来るだけ軽く、明るく訊いたつもりである。だが、二人は困惑の顔を見合わせ、ため息をつく。

 小西老人が、ううん、と唸り、意を決したように宗次郎を見た。

「宗ちゃん」

「はい」

「今から言うこと、笑っちゃいけないよ」

「はい、笑いません」

 小西老人が時子さんを見る。時子さんが、いいわよと言う風に強く頷く。

「琴美ちゃんのことだけどね……」

「はい」

 やっぱりそこか。それ以外にないものな。宗次郎は身構えた。

 小西老人が額をがしがし掻いた。

「いや、そう身構えられてもこまるんだけどね」

 やっと小西老人が笑った。

「じゃ、ゆったりと聞きましょう」

「琴美ちゃん、最後に会った時と感じが違うんだよ」

「感じが違うって言うより、その、別人みたいなのよ」

 我慢仕切れず、時子さんが口を開いた。

「別人って言うより、私達がよく知ってる方にそっくりなの。ねえ、お父さん」

「うん。さっきの琴美ちゃん、奥様を見るようだったんだ。驚いたの何の。なあ」

「ええ、そっくり。立ち姿から歩き方から、喋り方や声の調子も奥様そのもの」

「奥様が戻って来られたような錯覚におちいっちまってさ」

「待って下さい。お二人で畳みかけられると、何の話なのかこんがらがってしまいます。奥様と言うのは、琴美さんのお祖母さまのことですよね?」

「そうだよ、分かってるじゃないの、宗ちゃん。だからさ、琴美ちゃんに、奥様が乗り移ったとしか思えない程、奥様そのままだったって話をしてるんだよ」

 いつもの小西老人が戻ってきたようだ。

「それが何故なのか、不思議だ、と言う話なんですね」

「そう! 流石宗ちゃん」

「実は僕も、不思議に思ったんです」

「えっ、宗ちゃんも?」

 時子さんがまん丸の目で、宗次郎を見つめた。

「どんな風に、不思議だと思ったの?」

 小西老人も、宗次郎を睨むように見つめている。

 困った、言わない方が良かったか。宗次郎は二人の真剣な目を見て思った。あまり動揺させない方がよかったかな。不思議だと言ってしまったからには、仕様がない。

「最初に感じたのは、琴美さんが、現代にそぐわない気品を漂わせていたことに驚いたんです」

「気品ね。そう、奥様は偉そぶった所はひとつもなかったけど、気品はあったわ。凜として、誰にも屈しないような、強い気品が」

 時子さんは納得して頷く。

「他には?」

 小西老人が促す。

「僕も凜とした強さを感じましたが、もっとはっきり目に見えるのが、所作や立ち居振る舞いですね。今の若い子にはないものです。それから、話し方。十七歳の話し方じゃありませんでした」

「俺もだ。ほんとにあれは、奥様の話し方そのものだったもの。あの声の調子で、昔に戻ったような、変な気分になったんだ」

 小西老人も納得顔である。

「でも、こんな不思議なことってあるかしら。科学じゃ説明できないことでしょ。こう言うことって」

 時子さん、また不安な顔になっている。

「科学の究極はオカルトである。世界的に著名な科学者も、そう言ってるくらいですから」

「オカルトって、あれかい。悪魔が取り憑いたり、死人が生き返って人を食うゾンビとかだろ」

「やめてよお父さん。奥様が琴美ちゃんに取り憑いたって言うの?冗談じゃないわよ」

 時子さん、怒った。

「悪魔憑きやゾンビとは違う話です。例えば、人間の脳の中や躰のあちこちで電気信号が生まれ、色んな情報や指示を出したりしています。それが、ウイルスと闘ったり、余計なものや危険なものを体外に排出しようと働く訳です」

「へええ、人間の躰の中に、電気があるんだ。発電は何処でやってるんだ。やっぱり脳みその中に発電所があるのかい?」

「いつ、何処で、どんな風に電気信号が生まれるのか、まだ正確には分かっていないんです。細胞の全てに遺伝子が組み込まれていたり、脳から信号が行く前に、心臓や膵臓が独自に信号を出して、互いの働きをカバーしたり。脳に関する研究は、まだ始まったばかりだと言えます」

「そうか。人間の電気と琴美ちゃんのあれは、関係ないようだな」

「そうですね。脳や細胞や、人間の研究でさえまだ謎だらけなんです。これが、心や精神、魂と言われる分野になると、もっと時間がかかるでしょうね」

「そうだよな。心の問題だよな」

 小西老人、諦め顔である。

「でも、昔からそう言う話ってあるでしょ。狐憑きで、ぴょんぴょん飛び上がったり、耳の中で誰かがずっと囁いたり、死んだ人の霊より、生きてる人の生き霊の方が恐いとか」

「何だよ、お前だってろくなもん出てこねえじゃないか」

「だって」

「まあ、狐憑きとかとも違うものでしょうし、憑依でもないでしょう。そんな悍(おぞ)ましいものじゃありませんよ」

 答えながら、宗次郎は祖父さまが宗次郎に入った時の感覚を思い出している。恐怖や悍ましさはなかったし、自分の中に蔵之介が同居して、生きていると言った感覚だった。今改めて思えば、懐かしく、温かいものだった。

「例えば、琴美さんの事を心配して、お祖母さんが励ましたり心を落ち着かせる為に、琴美さんの中に宿ったと考える方が、良いんじゃないでしょうか」

 うん、我ながら良い返答だぞ。宗次郎は思った。ひょっとするとこれは、祖父さまとの経験があるから言えることか? 待て、祖父さまが俺を心配してるとは思えない。今度聞いてみよう。

「きっとそうよ、お父さん。奥様だったらきっとそうなさるわよ。今度、琴美ちゃんが帰って来たのも、ただ帰って来ただけじゃないんだから。奥様はこのお屋敷がなくなるの、喜ばれる筈ないじゃない」

「そうだな。いっそ琴美ちゃんに乗り移って、あの社長の野郎、ぎゃふんと言わせてやりゃあいいんだ」

 小西老人は元気を取り戻し、威勢までよくなった。

「でも宗ちゃん、私達どんな風に、琴美ちゃんに接すればいいの?」

 時子さん、まだ不安そうな顔である。

 宗次郎も考え込んだ。

「そうですね。……今は、出来るだけそっとしておくのがいいんじゃないでしょうか。奥様のように思えたら、そのように接して、いままでと同じ琴美さんのようだったら、そんな風に対応する」

「なるほどねえ。そうするしかねえよなあ」

「でも、うまく出来るかしら」

「色々と考えすぎかも知れませんよ。二度と今日のようなことは、起こらないかも知れませんしね」

 俺には、何度も起きた。もう少し様子を見て、琴美に同じような現象が起きたら、一度俺の体験を話し、本当はどうなのか聞いてみるのもひとつの方法だろう。二度と起きなければ、小西夫妻も琴美も、何事もなく生きていくことになる。

 待てよ、まさか俺が、この変な現象を引き起こしているんじゃないだろうな。とんでもない発想が宗次郎を捉えた。今まで思いもしなかった事である。いやいやいや、早とちりするな。まだ、何もはっきりしたことは、ひとつもないんだからな。

 でも、あまりにも符合が合いすぎる。

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