第39話
「二人を幸せに出来たのかな?」
優和の住んでいるアパートの屋根の上、大の字になって寝転がりながら、リースが呟く。
「もちろん。だって、見たでしょう。別れ際の二人の笑顔。最高に幸せそうだった。私がね、ずっと見習いのままなのは、見返りを求めてしまうからなの。天使は人を幸せにしても見返りを求めてはならない。幸せにすることを目的にしなければならない。それが手段であってはならない。でも、私は見返りを求めてしまう。私は笑顔が見たいんだ。人間が幸せなときに浮かべる、溢れるような笑顔が大好きなの。だからそのために人を幸せにする。それで、ずっと見習いのままなのよ。そんな私が断言するわ。さっきの二人の笑顔は、今まで私が見た笑顔の中でもベストス3にノミネートされるほどの最高の笑顔だった。だから、間違いなく二人は幸せになれた」
そう言って、ルフレもまた最高の笑顔を浮かべた。
が、しかし――
「ってーー! そんなことはどうでもいいのよ! ちょーっと、あんたたちこっちに来なさい」
ルフレは急にそう言うと、フウとサンを両脇に抱えて、リースとポチから距離をとる。
「ええっ! どうでもいいの?」
小脇に抱えられたまま、サンが言った。
「そ・ん・な・こ・と・よ・り・もっ! 私はずーーっと気になってたの。何でこんなところに悪魔がいるの? どうしてあんたたちは悪魔と仲良くやってるの?」
リースとポチに聞こえないように、少しボリュームを抑えてルフレは言う。
どうやらフウとサンが悪魔のリースと仲良くしていることを怒っているらしい。
「ええっ? ていうか、今更?」
フウが言う。
フウの記憶によれば詩菜に協力していたこの十日間くらいの間、リースもずっと一緒にいたのだが、ルフレは別に気にした様子は見せていなかったはずだ。
「いや、ほらね、詩菜ちゃんがいる前じゃ、なんかこういう話題はよろしくないような気がしたから。でー、これはどういうわけなの? フウ、サン、お姉さんにわかるように話なさい」
「えと、友達だからかな?」
サンが言う。
「友達って……悪魔よ。悪魔。神の意に沿わぬもの。敵なのよ」
「悪魔でもお友達だよ」
今度はフウ。
「お友達は選びなさい!」
言いながら、ルフレはぺしっとフウの頭を叩く。
「でも、リースは……」
「でーもっじゃなーい」
ばしっと、もっと強く叩く。
「悪魔は悪い奴よ。人を不幸にするの。私の大好きな笑顔を奪うのよ」
「リースはそんなことしないよ」
「正確にはしようとしても、出来ないんだけどね……」
サンがルフレには聞こえないくらいの小さな声で、フウの言葉を補足する。
「え、しないの?」
「うん」
フウが頷く。
「不幸にしないの? 悪魔なのに?」
「うん」
サンも頷いた。
「そう言われてみれば、詩菜ちゃんを幸せにするためにいっぱい手伝ってくれていたわね」
なにやら、難しい表情を浮かべてルフレは考えている。
「でしょう」
サンは笑顔で言った。
「そうね……ならいっか。詩菜ちゃんたちの笑顔を見て嬉しそうにしてたし、リースはいい悪魔なのね?」
「そう。そう。いい悪魔なんだよ」
フウも笑顔で何度も頷く。
「なーんだ。そうか。そうか。そういうことは早く言いなさいよ」
そう言って、ルフレは笑顔を浮かべると、リースのほうに視線を移す。
リースは胡坐をかいて座りながらぎゅっとポチを抱きしめていた。
「ハッピーエンドだってのはわかってるんだけどな……」
そう呟きながら、夜空を見上げるその瞳は涙に濡れて輝いている。
そんなリースにルフレは笑顔で駆け寄った。
その優しい笑顔は、つい先ほどまで、悪魔云々と騒いでいた者の物とは思えない。
「メソメソしないの。大丈夫。きっと詩菜は生まれ変わって戻ってくるわよ。だから生まれ変わってきた詩菜を私たちが探し出して、優和に引き合わせてあげましょう!」
「それはいい考えですにゃ」
リースの腕の中で嬉しそうにポチは声を上げた。
「よし、じゃあ明日からは、仕事の合間にでも詩菜の生まれ変わりを探すのよ」
右の拳を握り締めて、力強くルフレは言う。
「うん」
「はいですにゃ」
「はーい」
「私も頑張る」
リースとポチだけでなく、フウとサンも元気良く返事を返す。
そして三人の天使と一人の悪魔に一匹の使い魔は固い決意のこもった表情で空を仰いだ。
夜空に浮かぶ半分に欠けた月。
その月を見つめながら思う……
今は半分に欠けてしまった月もいつかは残りの半身を得て円を描くように、優和と詩菜もまたいつか再び出会でえる日が訪れるであろうと……
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