第38話
「…………」
優和は無言で自分の腕の中を見つめていた。
詩菜が腕の中から消えてしまった。淡い光の粒子になって、空に上っていった。
優和はゆっくりと立ち上がって、ベランダに出る。
雨はもう降っていなかった。
詩菜の消えていった空を見上げる。
滲んだ視界の中、淡く輝く半分に欠けた月。空を埋め尽くす色とりどりの星。
空は美しかった。また、そう感じることが出来た。
そんな空を見上げたまま、優和は思う。
詩菜との物語は終わった。その物語は間違いなくハッピーエンドだったと思う。
そしてきっとこれから物語の第二幕も始まるはずだ。
それがいつかはわからない。もしかしたらもう始まっているのかもしれない。
だから――とりあえず今は幸せになろうと思う。
頑張って、幸せになろう。そう決意して、空を見上げたまま、瞼を閉じた。
瞼に押し出されるようにして、少しだけ涙が溢れる。
目を瞑ると、瞼の奥の真っ暗なスクリーンの中で詩菜が笑っていた。
そう……瞼を閉じるだけで詩菜には会える。詩菜の幸せそうな笑顔を見ることが出来る。
だから頑張れるはずだ。幸せにだってなれるはずだ。
確かに詩菜を失った。
でも彼女の微笑を失ったわけじゃない。彼女の愛を失ったわけじゃない。
だって、彼女は別れのそのときも幸せそうに笑っていた。愛してくれていた。
そう、二人の関係は何も変わっていない。二人は愛し合ったまま、詩菜が遠くに行ってしまっただけ。それは遠距離恋愛となんら変わらないはずだ。
だから……優和は思う。
幸せになる必要すらないのかもしれない。幸せなままだったんだ。
ただ、詩菜を失って自分は不幸だと決め付けていただけ。
頑張ろう……そう、心の中で強く思う。
挫けそうになったら瞼を閉じるだけでいい。
そこは詩菜の笑顔と思い出で溢れている。
幸せになりたかったら、少し辺りを見回してみればいい。
美しい空。心地よい温かな風。花のにおい。楽しい友達。優しい家族。
今も世界は幸せに満ち溢れている。
それなのに、溢れる涙だけは止まらなかった。
ハッピーエンドに涙は似合わない。だから、優和は涙を拭う。
「幸せになろう……」
想いを言葉にして紡ぎ、詩菜の消えていった美しい夜空に誓いを立てる。
笑顔で再び詩菜と出会うために……
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