第37話
「嫌だ。さようならは言わない。俺は詩菜のいない世界で幸せになる。でも、さようならは言わない。だって、幽霊とかがいるなら生まれ変わりとかもあるはずだろ? 生まれ変わってこいよ。また出会おう。また、恋をしよう。だからさようならなんかじゃなくて、再開の約束をしよう」
優和のその申し出は嬉しかった。
詩菜にとって心躍るような提案だった。
詩菜もそのことを考えなかったわけではない。でもそれは叶わない望み。詩菜はそれを知っていた。
だからそれを望むことは許されない。
詩菜は思い出す。それは、優和に自分のことを気付いてもらうためにルフレたちといろいろやっていたときのことだった。
詩菜はある疑問をルフレに尋ねた。
「私は、成仏したらどうなるんですか? 生まれ変わったりするんですか?」
「ううんん」
詩菜の疑問にルフレは首を振った。
「基本的にはあなたがあなたのまま生まれ変わることは出来ない。命あるものが死ぬと、その魂と呼ばれるエネルギー、エーテルって言うんだけど、それは一度、星に帰るの。星に帰って他のエーテルと交じり合う。その時点であなたはあなたでなくなってしまう。そしてその後、その交じり合ったエーテルから少しのエーテルが切り離されて、新しい命に生まれ変わるの。それは人間に限られたことじゃなくて、木や虫、火や電気、私たち天使も一緒。だから、あなたはあなたではなくなってしまう。その代わりにあなたは全てであると同時に、全てになることが出来るの」
それが答えだった。少し悲しかった。
もし生まれ変わることが出来るのならまた、優和と会える可能性があった。恋人になるのは無理でも、優和の子供にならなれるかもしれない。来世で出会い、また恋をするのも悪くない。そんなことを考えていたが、それは無理だった。
しかしルフレの話によると絶対に無理というわけもないらしい。
強い想いがあれば稀にだが星に帰ることなく生まれ変わることもあると言っていた。でも、それは強い想い以上に運に左右され、ほとんど実例はないらしかった。
後、天使や悪魔に除霊されると、強制的にエーテルが分解され、星に帰されるため確実に生まれ変わることは出来ないらしい。
だから……
無理だった。
そんなわずかな可能性で優和を縛ることは出来ない。約束を交わすことは出来ない。
「それは無理なんだ。漫画みたいな魂の生まれ変わりは出来ないみたい」
「絶対に?」
「えと……絶対ってわけじゃないみたいだけど」
「だったら、少しでも可能性があるなら賭けてみよう。俺はずっと待ってるから」
「そんなの駄目! 絶対に駄目だよ。優和は幸せになって、きっと私じゃなくてもいい人は見つかるよ」
「詩菜はそれで本当にいいの? 俺が詩菜じゃない女と恋人になって、イチャイチャしたりするんだぞ」
「……いいよ。それが優和の幸せのためだもん」
「きっと、その女は俺に聞くんだ。前の彼女と私、どっちが好き? って。そして、俺は言う。そんなの、お前に決まってるだろ……って、いいのか?」
詩菜は優和の言葉通りの状況を頭の中で想像してみた。
誰か、自分でない女性と愛を語る優和の姿。
胸に刺すような痛みを感じた。
「う……嫌、だ」
言葉が漏れてしまった。
嫌だった……そんなの嫌に決まっていた。本当だったら優和が他の女に笑顔を向けているだけでも嫌なくらいだ。
しかし、詩菜は死んでいる。だから優和を縛るわけにはいかない。
どれだけ嫌だと思っても、それを口にするわけにはいかなかった。
それなのに、その言葉は心から溢れ、口からこぼれてしまった。
でも、優和はその言葉を聞いて、嬉しそうに笑ってくれた。
「だろ~。俺が詩菜の立場でも絶対に嫌だもん。だから俺、待ってるよ。少しでも可能性があるんだろ? なくたって、俺は詩菜以外を好きになったりは出来ないよ」
「でも……」
「それよりさ、そんなところで浮いてないで、こっちに来て」
詩菜の言葉を遮って、優和は自分の足の上を叩きながら言う。
「でも……私、すり抜けちゃうよ」
「いいから。早く」
「…………」
返事もせず、詩菜は床に胡坐をかいて座っている、優和の上に座った。
「詩菜……」
優和が後ろから包み込むように抱きしめてくれた。すり抜けないように力を加減して、優しく抱きしめてくれた。
しかし何の感触も詩菜には伝わってこない。それでも心は温かかった。まるで心そのものが抱きしめられているような感じがした。
「詩菜はどうしたい? 俺のことは抜きにして、本当の気持ちを教えてほしい」
「生まれ変われるなら生まれ変わりたいよ。もう一度、優和に会いたい」
心を抱きしめられて、もう詩菜は自分を偽ることは出来なかった。だから心のままに想いを紡ぐ。
「だったら、そうしよう。二人とも同じことを願ってるんだから」
「でも、無理なんだもん」
「やれるだけやってみればいいさ」
「でも生まれ変わっても、男の子かもしれないし、人間じゃないかもしれない」
「まぁー、そうなったら、そうなったで、そんとき考えよう」
「それに、もし女の子に生まれ変わっても、赤ちゃんだよ。私が結婚できる十六歳になるころには優和は……三十六歳だよ」
「……法律的には問題ない。詩菜はおじさんになった俺は嫌?」
「そんなことない!」
「じゃあ、問題ないじゃん」
「……そっか、優和、ロリコンだもんね。願ったり叶ったりだ」
「ぅ……もう、どうでもいいや。それで納得してくれるなら、そういうことにしておこう」
「でも、本当にそれでいいの? 私、期待しちゃうよ。他の人を好きになったりしたら怒っちゃうよ」
「大丈夫。俺は詩菜一筋だから。この二年間、見てたんだろ。気付かなかった?」
「でも……それで優和は本当に幸せになれるの?」
「もちろん。そうじゃなきゃ幸せになれないんだ」
「……わかった。じゃあ、私、頑張ってみるよ。どう頑張ったらいいのかはよくわからないけど、でも、やってみる。生まれ変われるように頑張る」
「うん。頑張って。もし、生まれ変われなくても、俺はずっと詩菜を待ってる。待っていられるなら、それだけで俺は幸せでいられるから」
「うん。ありがとう。またね。私は頑張って生まれ変わるから、きっと私を見つけてね。そして、そのときは今度こそ私をお嫁さんにしてください」
「ああ。まかせとけ。絶対に見つけてやるから、安心して生まれ変わって来い。それで、結婚しよう」
嬉しくて、嬉しくて、心の底から幸せで……未練なんてなくなってしまったせいか、詩菜は自分がこの世界にとどまれなくなっていることを感じていた。
だから……
「うん! じゃあね。ばいばい」
笑顔で別れの言葉を口にする。本当はこのまま時が止まってくれたらいいと思う。幽霊のままでも優和の隣にいられたらそれでいいとも思う。
でも、それ以上に生まれ変わりたいとも思う。優和と結婚したいとも思う。
「おう。またな。二年間も一緒にいてくれてありがとう」
優和が笑顔で送り出してくれる。
だから……
「うん。ありがとう。私もこの二年間だって、ずっと幸せだったよ。優和と一緒にいられたんだから。絶対にまた……会いに来るからね。浮気しないでよ。大好きだから。またね……」
別れと、再開の約束の言葉。
優和に向かって笑顔でその言葉を口にしたとき、詩菜は自分が消えていくのがわかった。
想いが満たされ、願いが昇華し、心が解き放たれるような感覚。幽霊になってからも感じていた重力から開放されて、心が分散していくような不思議な感覚。
――これが成仏するということなのだろう。詩菜はそんなことをのんびりと考えていた。
「もっと自分を意識して。自分を強く持ちなさい」
消えていく意識の中、どこからか声が聞こえた。
「自分のままで生まれ変わるんだろ」
「優和も待ってるんだよ」
「頑張って」
「頑張るですニャー」
それは天使と悪魔の声。詩菜を優和と再開させてくれたルフレ達の声。
……ありがとう。
詩菜は心の中で思う。もう声も出せないから、強く思う。
そして、さらに強く……
優和にまた会いたい。
その想いで心の全てを満たし、世界までも満たしてしまうくらいに強く強く想った。
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