第34話



 それから五日後。

 詩菜は窓の外を見下ろしていた。視線の先にあるのは家に帰る優和の後姿。

 明日、詩菜は手術を受けることになっていた。

 体調が万全のうちに、少しでも早く手術をしておいたほうが成功率は上がるらしい。そのため、手術を希望した日から六日目の明日、早くも手術は行われることになった。

 手術の成功率はかなり高く、ほぼ失敗することないと聞いている。

 それでも、それは絶対ではなかった。

 手術を担当する医者がミスするかもしれないし、看護婦が薬品を間違えることだってあるかもしれない。

 仮に手術が成功しても、感染症や拒否反応、体力がもたないなどと死を向かえる可能性は確実にはらんでいる。

 だから詩菜は今日、念のため優和にお別れの言葉を伝えるつもりでいた。

 たくさんの感謝の言葉を、この溢れる愛の想いを伝えて、今日の優和とのお別れの挨拶は「ありがとう。さようなら」そう伝えるはずだった。

 でも出来なかった。

 ありがとうは何度も伝えた。それでもさようならは言えなかった。

 例え念のためでも、冗談でもそんな言葉を口にすることは出来なかった。

 結局今日の別れの挨拶も、いつものように「またね」と言ってしまった。

 だから……死ねない。絶対に死ぬわけにはいかなかった。

 死ぬのが怖いわけでも、悲しいわけでもない。

 ただ……優和には悲しんでほしくなかった。傷ついてほしくなかった。

 そのためにも別れのときは笑顔でさようならを告げなければいけない。

 それが今日出来なかった。

 だから……絶対に今死ぬわけにはいかなくなった。

 病院から去っていく、優和の後姿を見下ろしながら、詩菜はそんなことを考えていた。


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