第33話


 ――それから少し後。

 優和はベッドの上に胡坐をかいて座っていた。その上に詩菜が足を伸ばして、優和に寄りかかりながら座っている。

 まだ目は真っ赤だが、涙は流していないし、幸せそうに笑みも浮かべていた。

「えへへ~。幸せだな~。なんかもう幸せすぎて、何だかよくわからなくなっちゃった。あー、それとね、私ね、まだ結婚出来ないよ」

「えー。結婚しようよ」

「無理だよ。だって私、まだ十五歳だもん。結婚って、十六歳から出来るんだよね?」

「え……十五歳なの?」

「うん」

「同い年くらいだと思ってた」

「そういえば優和は何歳なの?」

「十八」

「ふ~~ん。あれだね、優和は私のこと好きだなんてロリコンってやつだね」

「ぬぬ! 別にロリコンじゃないよ」

「えー、ロリコンだよ。年下が好きなのはロリコンって言うんだよ。変態なんだよ。隠しても私は知ってるんだから」

「違うって。年下が好きなんじゃなくて、俺は詩菜が好きなの。だから、もし詩菜が年上だったって好きになるよ。だから、ロリコンではありません」

「えへ~。そんな嬉しくなるようなことを言っても、私は誤魔化されないんだからね」

「じゃあ、もう何でもいいや」

「ふふふ。何で結婚したかったの?」

「うん? だって付き合って、その次は結婚だろ。俺は詩菜のこと大好きだからお嫁さんにもらいたいよ」

「私も、優和のお嫁さんになりたいなー。結婚したかったなー」

「じゃあ、十六歳になったら結婚しようよ」

「誕生日まで後、半年以上あるから、無理だよ」

「……詩菜は何の病気なの? 意外と元気そうに見えるんだけど」

「名前を言っても知らない病気だよ。だから教えてあげない」

「えー、教えてよ」

「絶対教えない。教えたら、病気のこと調べたりとかするでしょ。そういうの意味ないもん。だから教えたくない」

「わかった。じゃあもう聞かない」

「うん」

 頷きながら、詩菜は優和の上でごそごそと動き、優和と向き合えるように向きを変える。そして、優和の顔を見つめた。詩菜は優和の足の上に乗っているので、詩菜が優和を見下ろす形になる。

 そんな詩菜に優和は笑みを返した。

「えへへ~」

 詩菜も満面の笑みを浮かべて、ちょうど自分の胸の位置くらいにある、優和の顔を抱きしめる。

 幸せだった。優和と一緒にいるだけで、どんどんと幸せが溢れてくる。

 それでも詩菜はもっと幸せになりたかった。優和と一緒に幸せになりたかった。だから、結婚したかった。

 詩菜が十六歳になるには後、八ヶ月ほどかかる。でも余命は半年。

 しかし、それは不可能なことではなかった。手術を受ければいい。そうすれば、後二年くらい生きられるだろう。結婚も出来るし、もっと幸せになれる。

 でも、それを願うことは許されない。両親に迷惑をかけるし、何より優和のためにならないと、詩菜は思う。

 幸せは大きければ大きいほどに、失ったときの悲しみも大きくなる。だから、これ以上優和と幸せになってしまったら、自分が死んだときの優和の悲しみまでも大きくなってしまう。それだけは絶対に避けたかった。

「何かさ、結婚出来る方法はないのかな?」

 優和には嘘は吐きたくない――そんな考えが詩菜の頭を過ぎる。

 それこそ嘘だ――詩菜は思う。それは言い訳。本当は優和に言いたいだけ。手術すれば結婚出来ると告げて、それを賛成してほしいだけ。

「手術をね、受ければ、二年くらい生きられるかもしれないの」

 ……言ってしまった。言わずにはいられなかった。

「本当に?」

「うん。でも、両親に迷惑がかかるから手術は受けたくないんだ。お父さんもお母さんも受けてほしいって言うんだけどね」

「だったら、受けるべきだよ。だって、詩菜の両親もそれを願ってるんだから」

 優和の答えは予想通りのものだった。だってそれは、その答えが返ってくるように詩菜が誘導したのだから。

「でも、優和は本当にいいの? 結婚しても、手術を受けてもどうせ死んじゃうんだよ」

「どうせ死ぬのはみんな一緒だよ。だから、俺は少しでも詩菜と一緒にいたい。んで、結婚したい。だから、俺のためにも手術を受けてよ」

 ……優和のため。

 それが本当に優和のためになるのなら、手術を受けない理由などない。

 詩菜も優和と少しでも長く生きていたいし、結婚だってしたい。

 だから……

 優和が望んでくれて、両親も望んでくれて、自分もそれを望んでいるのだから。

「わかった。私、手術受ける」

 答えは一つしかなかった。


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