第29話


 ――翌日。

 時刻はまだ午後三時前。いつもだったら、まだ詩菜の病室にいる時間。

 今日はすでに自宅に帰ってきていた。

 優和はベッドに横になって考える。

 楽しかった。

 詩菜と共に過ごす時間は本当に楽しかった。

 家ではもちろん、詩菜と別れて家に帰る途中の電車の中でさえ、考えるのは詩菜と明日何を話そうか、明日詩菜に何を持っていってあげたら喜ぶだろうか、そんなことばかり。

 それなのに………

 それなのに今日、もう会いに来るなと言われた。

 いつものような冗談や強がりとは違う心からの言葉だった。

 いや、むしろそれは懇願だった。

 目を真っ赤に腫らして、ぼたぼたと涙を溢しながら詩菜は言った。

 自分はもうすぐ死ぬ。それなのに好きになってしまった。幸せになってしまった。だから余計に不幸になった。だから……もう会いに来ないで。彼女はそう言った。

 どうすればいい……優和は考える。

 幸せにしてあげたかっただけなのに。

 しかし、彼女は泣いていた。

 以前よりずっと不幸になったと言っていた。

 ……どうすればいい。

 わからなかった。答えが見つからない。

 それでも、優和は決めた。

 思い出されるのは詩菜の笑顔。

 自分に向けて微笑んでくれた彼女の笑顔。楽しそうで、嬉しそうで、そしてもしかすると幸せそうで……

 その笑顔は優和にまで幸せをもたらしてくれた。

 そして……

 その笑顔を見ていると自然と胸が高鳴った。

 だから……今優和に導き出せる答えは一つしかない。

 それが正解である確証はない。でも、それしか思いつかなかった。

 とりあえず、自分の正直な想いを詩菜に伝えよう。

 彼女はもう長くは生きられない……そんなこと、今は関係ない。

 今大切なのは詩菜の想いと、自分の想い。

 だから……自分も詩菜のことが好きだと伝えよう。

 その先にどんな未来が待っているかはわからない。

 それでも、きっと大丈夫だと優和は思う。

 互いに愛し合っているのなら、きっとこの物語はハッピーエンドに向かって進んでいるはずだから。


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