12 顔

「はァ……はァっ……!」


 外は土砂降りだった。

 無職には関係ないと思っていたが、大アリだ。

 オレは水たまりを蹴飛ばしながら走っていた。


 春野が行きそうな場所など、わかるわけがない。

 そもそもこんな時間に出ていったのだから、誰にも見つかりたくないだろう。

 オレが追いかけてくることも想定し、ふたりで行ったことのない場所に行くはずだ。


「本当にっ、なにしてんだっ、オレは!」


 脅されていた奴が、脅した奴を追いかけている。

 こんなバカげたことがあるか?

 殺人鬼と居続けたせいで、オレもおかしくなってしまったのだろう。


 だが、頭がそう理解していながらも。

 オレの身体は、必死で春野を探している。


「クソッ!」


 自宅近辺から駅までを探し回ってみたが、見つからない。

 物陰までくまなく探したが、見つからない。


 春野はもう、この街にいないかもしれない。


「もう会えないに決まってんだろッ!」


 当たり前すぎる言葉が漏れる。


 それでも、オレの身体は諦めていない。

 勝手に春野を探している。


「春野! どこだ!?」


 気付けば叫んでいた。

 すれ違ったカップルの顔が引きつっていた。

 サラリーマンの男性がオレを睨んでいた。


 すべて、どうでもいい。

 誰にどう思われようが、関係ない。


 オレはもう一度だけ、あいつに会いたいんだ。


「どこだよ、おいッ……」


 家を出てから1時間が経っていた。

 春野はどこにもいなかった。


 足が石のように重い。

 雨水を吸った服が身体にまとわりついている。


「クソッ……」


 まだ探していない、最後の場所についた。

 そこは、春野と出会った公園だった。

 街頭のほのかな明かりが、暗い夜を照らしている。


 春野の姿は、やはりない。


「はぁーッ……はぁー……」


 ベンチにぐったりと倒れ込む。

 全身で息をしながら、オレは空を見上げた。

 曇天の夜空。止む気配もない雨が、顔に弾けていく。


「体力も落ちてやがる……いろんなものをなくしてんな、オレ……」


 心臓が暴れている。

 熱くなった身体を、雨が冷ます。

 生ぬるい夏の空気に、オレは絶望する。


「春野……もう遅ぇか……」


 諦めという言葉が思い浮かぶ。

 できるなら、このもやもやとした感情を消してしまいたい。

 それができるなら、悔いなくひとりで今後を生きていける。

 それができないから、諦められない。


「勝手に巻き込んどいて……勝手に降りやがって!」


 あの人殺しの女子高生に会いたい。

 あの生意気な女子高生に会いたい。

 あの疲れ切った女子高生に会いたい。


『あの、すいません』 


 春野に、会いたい。


「あぁ……わりぃけど、他を当たってくれ……」

「え?」

「オレは今、それどころじゃない……」


 かけられた声にも、身体は動かない。

 それほどオレは絶望していたし、疲れ切っていた。

 

 どうせ、もう春野には会えないんだ。

 どうしようもないのなら、どうだっていいだろう?


「あ?」


 今の女の声。

 どこか聞き覚えのある声だ。

 うっとうしくて、人をからかってくる、あの憎たらしい声。


「んだよ……どういうことだよ」


 身体が自然と起きる。

 土砂降りの中、オレの目の前には女子高生が立っていた。

 赤いシャツに紺色のスカート、青いネクタイと——夏用のセーラー服。

 初めて彼女と出会った時と同じ、制服。


「なんで、まだここにいるんだよ」


 ただ、今ならわかる。

 この赤いシャツは、血まみれだってことに。

 こいつは、人を殺した女子高生だってことに。


「しかもこんな雨の時に、そんな格好で——」


 オレは急に言葉を失った。

 目に入ってきた『それ』が信じられなかったからだ。


「おい……嘘だろ?」


 真っ先に思ったのは、「意味がわからない」。

 次に思い浮かんだ言葉は「理解ができない」。


 今までこの女子高生と過ごしたからこそわかる、異常だった。


「お前……春野、なのか?」


 その女子高生は。

 白いマスクを外した、素顔だった。

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