11 頭
「なんでいない……?」
部屋中どこを探しても、やはり春野の姿はなかった。
彼女がどこへ行ったのか——その答えは、玄関にあった。
茶色の革靴は消え、空いていた玄関の鍵。
(こんな時間に外出だと?)
不思議に思ったが、すぐに納得する。
外に出たくなったのなら、昼よりも夜の方が断然いい。
オレだって散歩に行きたくなったのだし、春野もそうなのだろう。
ところが——その予想は、外れた。
「なんだ、これ」
ゴミ箱に目が行った。
捨てられていたのは、新聞だった。
しかし異様だったのは、新聞がビリビリに破られていたことだ。
もちろんオレはやっていない。
当然、春野がやったことになる。
「おいおい。資源を大切にするんじゃなかったのかよ」
つくづく、わけのわからない女子高生だ。
そう思いながらも、妙な違和感が浮かんだ。
「……なんであいつ、新聞なんか破った?」
こんな無意味な捨て方を、春野がするはずがない。
破られた新聞。
夜中の外出。
一見して関係のないふたつが、春野の不在に結びつくのではないか。
「新聞の内容……か?」
働いた直感のままに、ゴミ箱を手にとった。
逆さまにすると、くす玉のように中身が散らばった。
それらを、文字や見出しを手がかりに、ジグソーパズルのように組み上げていく。
新聞は少しずつ、一枚の紙へ戻っていく。
胸騒ぎも、強くなっていく。
春野がいなくなった理由がここにある——オレの予感は、確信に変わった。
「……そういうことか」
修復された新聞の記事、そこには。
【女子高生 殺人を犯し いまだ逃走中】
なるほど、つまり。
春野はこの記事を読み、新聞を破いて、ここから出て行ったのだ。
「いや、どういうことだよ?」
意図はわかった。
しかし、納得ができない。
この記事を読んでおきながら、外に出るという行為に。
「ここにいればいいだろ?」
この家の方が安全に決まっている。
どうしてわざわざ、危険な場所へ行く?
捕まる可能性が格段に上がった今、なぜ。
「意味わかんねぇけど……まぁ」
考えの読めない春野の、意味不明な行動。
しかしもう、それを理解する必要はない。
「いなくなったなら、それでいい」
新聞をゴミ箱に捨てる。
「なんだよ、こんなにあっさり終わるのかよ」
ようやくオレは、人殺しから解放されたわけだ。
包丁で脅されることもないし、何か買わされることもないし、気を遣う必要もない。
ようやく手に入った、完璧な自由だ。
「これでいいんだ。あいつは自分でここから出て行った」
春野がいなくなった部屋は、人がひとりいなくなっただけなのに、広く見える。
時計は午前2時を示している。
その光景が、デジャヴを起こした。
「そういや、ちょうど1週間前にあいつに脅されたんだったな」
酔っててあまり覚えてないが、その時の春野の姿は、はっきりと思い出せる。
『とめないと、やります』
行き場のない、人殺しの女子高生。
投げやりな、どうしようもない、疲れ切った様子で。
安心なんてできない、と気を張っていた。
「だからやめろって」
なぜ、春野を家に入れたのだろう。
脅されようが、殺されようが、抵抗すればよかったのに。
もしかしたら、その時すでに、オレは春野に同情してしまっていたのか——。
「クソッ!」
勝手に巡る思考に、顔を叩く。
なにを考えてやがる。
同情だろうがなんだろうが、こんなこと、誰にだってわかるだろ。
「オレは人殺しをかくまっていたんだぞ!」
そう言葉にしても、思考は止まらない。
自分に抗うように、自分に言い聞かせるように、オレは叫んだ。
「人殺しなら裁かれるべきだろ。罰を受けるべきだろ!」
言葉とは裏腹に、頭の中には春野の姿がくっきりと浮かんでいる。
悲しい目をした、春野。
笑った目をした、春野。
投げやりな目をした、春野。
「いなくなった奴のことなんか、考えても意味ねぇだろ!!」
出会った時の、彼女の言葉。
それが何度も、頭の中でずっと、響いている。
『わたしを、とめてください』
オレは春野を——止めるべきなのか?
「クソ……なんなんだよ」
春野がいなくなった今。
オレは、どうすればいい?
このままもやもやとしたまま、今後を過ごしていくのか?
あのときの女子高生は元気してるのか、と思い出しながら?
「これじゃあまるで……オレが悪いみてぇだろッ!!」
罪悪感という感情は、オレを簡単に動かした。
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