約束は無期限に
スリヤ・トミー
第1話
千年前に一人の人間ではない化け物が生まれた。
その者は人間とは違い食生活は人間の血液という命の雫を糧とし山奥で暮らし村からの供物として届く人間の命の雫を摂取し生きていた。
ある時の話だ。
その日も供物として一人の若い女性が山奥に白い着物を着て立たずていた。
私はその者に近づくと一目見た女性は凛とした表情で礼をしてきた。
今までの供物として来た人間は悲鳴を上げるか逃げ腰になって泣きわめく者もいたというのに、今回の供物は怖がることのなく凛とした目で私を見据えていた。
今思えば、人間で言う一目ぼれだったかもしれない。
私は供物を持ち帰り珍しく話をしようとした。いや、したかった。
「お前は私を怖がらぬな」
「初めて見た時には驚きました。同じ人間のような容姿なのに、皆怖がる意味がわかりません」
「私を人間と同じと言うのか?」
ニヤリと笑えば人間ではありえない犬歯を見せるが、女性は驚くことなく見据えている。
「私にとって見たものが全て真実です。貴方にも心はあります」
私は初めて供物を長らえようと思えてきた。
彼女は抵抗なく私に命の雫を捧げ何年も生き永らえ、村からの供物も断り彼女と一緒に暮らしていた。
だが年月だけは恐ろしく早く感じた。
彼女は既に人間としての寿命を終えようとする時までやってきた。
彼女の手を取り私は今までの事を思い出していた。
「貴方の最後は私で良かった。これからも一思いに殺さず一人ずつからの雫で終わらせ、一人での生きていく長い時を過ごすでしょう・・・・。私を・・・生まれ変わった私を見つけてください。また一緒に暮らしましょう」
「君は不思議な女性だったよ。良いだろう。君の最後の約束は続けて行こう。君を見つけるまで生き続けよう」
「ありがとうございます。さぁ・・・最後は一思いに雫を吸いつくしてください」
そう言って彼女は首筋を見せつけ私は遠慮なく犬歯を彼女の首にたてた。
彼女は私の体を抱きしめ
「約束ですよ・・・」
そう言って彼女の息は止まった。
私は彼女を村に返し、日本を転々と回りながら人間として生活しつつ人の子の雫を一口ずつ貰いながら生活し日光にも抵抗なく当たることが出来るようになってきた。
私がした最後の約束は彼女の生まれ変わりを見つけ再び一緒に暮らす事だった。
「お客様、そろそろお時間でございます」
深夜三時のBARに私は居た。一時間のつもりが数時間経っていた。
私にとって時間など関係ないものだった。
BARを出ると消えていく明かりを見て家路へと戻ろうとすると後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。
「和田じゃないか?深夜に何してるんだ?」
「お前こそどうした?お子様は寝てる時間だろ?」
和田と呼ばれるが偽名で、私は千年以上を生きる化け物だと目の前の彼は知らない。
彼の名前は加藤武、現代における私にとっては同じ会社の同僚と言えるだろう、深夜に何してると聞かれるが彼もまた何をしていたのやらと考察していたが聞く方が早いと思った。
「加藤こそ何してるんだ?」
「いやー週末ってテンション上がるじゃん?つい飲み過ぎたわ」
会社員として週末は仕事の疲れを癒すために発散する機会だと学んでいた。
「店も閉まりかけてるじゃん?俺んちで飲みなおさねぇ?お前んちはダメなんだろ?」
その通り、彼が言うように私の家は禁止と言うよりも人が入れる場所ではないので、てきとうな理由をつけてあしらっている。
「飲みなおすって飲み過ぎたんだろ?」
「頼む!俺の悩みを聞いてくれ!!」
「悩み?」
加藤が悩み?
私が知っている加藤武という人物の中に悩みを抱えるほど神経質ではないはずだが、能天気でもないのは事実。人間観察として見ておくのも勉強の一つだ。
「悩みの内容によるがな?」
ハンと鼻で笑うと加藤は何やら言いづらそうにしている、相当な悩みだろうか?と思ったが生きてきた中で、この感じはすぐに理解した。
「恋の悩みってやつか?」
「・・・へい・・・」
「お前が?誰を?」
言っては悪いが加藤が好む女性なんて知らないし彼もまた好みの話については言わないが、私の事は聞きたがって話すたびにガッカリされる。
私の初恋とも言える相手は千年前に死んでいるのだから当然、それ以降に人を愛したことがない。
「ほら、うちの会社の受付嬢居るじゃん?あの子」
「へー、愛想悪くないか?何か機械と喋ってるかってくらいマニュアル通りの喋り方だし、目も鋭いし」
加藤は自分を抱きしめるように悶える。
「そこが良いんじゃねぇか!かー!初恋どまりでしてるやつには判らねぇよな!」
「理解が追い付かないんだよ」
加藤の家に向かって歩き出し、その道中で酒やワインを買いあさり加藤の家に来ると六畳一間の狭い空間だったが整頓はきっちりされていた。
「あいかわらず几帳面だな」
「見かけによらずってか?殴るぞ?」
「元ボクサーが一般人を殴るな」
加藤はボクサーとして活躍しかけていたが殴られた衝撃で右目を失明しボクサーへの夢を諦め親戚が経営している会社に入社したというわけだ。
そこで話しかけられたのが私と言うわけだ。
飲み始めて一時間ほど経つ頃には加藤は眠ってしまいった。私はアルコールは効かないので味だけ楽しむのだが人間にとっての量が把握は出来ない。
「加藤、俺は帰るぞ」
「ん・・・ん~?」
言葉になってないが鍵をスーツから出し勝手に鍵を閉めポストに入れ込んだ。あとで連絡しておこうと思いつつ今度こそ自分の家路に帰ろうと思いながら来た道を戻っていった。
次の日というより土曜日の昼になって加藤からの電話が掛かって来た。
『って~、すまん寝たんだな。鍵も確認した~。そうだ今日の晩にさ合コンに行かねぇか?』
「今日飲み過ぎてるやつが合コンで飲めるのか?それに受付嬢のこともあるだろうに?」
『その受付嬢も来るんだよ!頼む!人数足りなくなったんだ!』
「拒否権は?」
『えへへー』
「ないのか・・・」
特に借りなどないのだが、こういうときの加藤は厄介で会社ではムードメーカーだがからこそ、ちょっとした噂をたてればあっと言う間に広がってしまう。
小さなことだが、あの歳で童貞だの彼女一人もいなかっただのと何度か噂を広がされたのだが、しばらく経ってからすぐに終わり何故か広がった噂は消えていた。
それは加藤が冗談としての話題であって、面白半分での言葉だったので皆も分かっての事だった。
そろそろ離れないと情がわいてしまうし頃合いかと思っていたところに来たお誘いだ。最後に付き合ってやるかと土曜の晩の為に今夜も命の雫を一口貰いに出かけた。
家は山奥にあり人の眼につくことなくひっそりと暮らしていて、見つけた者は面白がってお化け屋敷とかで写真を撮るが雫をもらい写真を消去し街に返していたが、限界を感じていた。
「そろそろ潮時か・・・」
昔に建てられた屋敷だったが木造の為にあちこち雨漏りはするし歩けば底が抜けるなんてことは当たり前の屋敷風の家だ。
ラフな格好で出れば、遊び人のような風体を見せるのか、いかにもギャルと言った高校生くらいの少女が話しかけて来る。
「お兄さん、遊んでよ~?友達も一緒にさー」
獲物がやってきたので腕を掴み路地裏まで引っ張りこんだが、獲物はニヤつきながら私の胸辺りをのの字を書きながら
「なぁに~?私だけで十分だってこと?」
答える間もなく首筋に犬歯を差し込み雫をもらい、私はギャルに一言呟いた。
「何もなかった。いつも通りに金づるを見つけようとして断られた・・・」
その場を離れ屋敷に戻りひと眠りをすることにしようと山道に向かって歩いていく。
屋敷に着いたとき異変を感じた。
特に異変ではない。若者が入り込んだだけだ。
「見てみて、マジでお化け屋敷なんですけどー」
「中には入ってみようぜ!!あんがいお宝とかあるかも」
「ないない。だってここ戦後前からあるんでしょ?あっても梅干しじゃない?」
どこの時代だと思うが、住処が荒らされるのは気分の良いものではないので、少し脅かして返すことにしよう。
当然この辺には人間で言う幽霊的なものはいるので、自分の話し相手にもなってもらっていたので、数人の霊体に話しかけると死んでいるというのにテンション高めで承諾してくれて私は少しだけ力を与えると少しだけ人間にも見えるようになった。
【久々だなー!ありがとうございます!思う存分脅かしてやりますよ!】
この霊体は、この山で事故を起こし記憶がなくなってしまい、私が見つけ保護と言うか話し相手に選んだ野良ネコのようなものだ。
「いつまで成仏しないんだ?」
【まあーこの体って結構便利ですし!でもそろそろ何か思いだしても良いと思いませんかね?】
「まあ行ってきてくれ。私が顔を出すわけにはいかんのでな」
【了解】
フヨフヨと死んだときのままの状態で行く姿はパーカーにパンツ姿と今どき風の成人男性で野良犬にでも食われたのか顔がえぐれており、見た目は化け物と叫ばれても仕方ないが本人は気にしてないので、頼んだ私も気にしないようになっていた。
これが女性なら気にしていたのかもしれない。
しばらくして屋敷から悲鳴が聞こえてきた。
そしてバラバラに逃げていく男女の三人組。
言葉にならないのか見た目は発狂したような表情だった。
私は見届けてから山から下りた。
「さて、どこだったかな?」
「和田ー!!」
ゼーゼーと息を切らせた加藤が現れた。どこから走って来たのやらと思いつつ、飲み屋街に居たことに気づいた。
「通り過ぎてる。こっちだ」
「あースマン、寝ぼけてるんだ。寝てたし」
「まあ約束を守ってれたしな許す!!」
何様だと思いながら加藤の後ろをついていくと受付嬢の姿は見えないが数人の男女が待っていた。
「きゃー、良い男じゃん!加藤の友人にしては!」
「ひどくね?俺ら眼中になし?」
ヤレヤレと加藤は私に向かって力なく沈むが更に遅れてきた受付嬢の姿を見て目が輝いていた。
「遅れました。申し訳ございません」
「由利遅ーい」
「由利ちゃんていうの?可愛いね~」
堅物がお好きなのか遅れてきた彼女のご機嫌を取る2人の男を割って加藤が割り込んだ。
「店に入ろうぜ?な!!?」
何故か私に向かって声を掛けて来る加藤の勢いに負けて私は頷いてしまった。威圧感が凄いのは判ったが、そこまで必死になるかと思う反面、人間にとっては長くても百年の命だ。そりゃ必死にもなるかと納得して加藤が入った店に入った。
「八名さまご案内です」
「はーい」
居酒屋とも言える気軽な場所で、この時期は人数制限もされていた。人間で言う流行り病というものだ。
ワクチンも受けたが異常のないもので、死者が出るほどらしい。
人間はもろいのは昔からだなと思い、マスクはしたままで店に入り個室で八人の飲み会が始まった。
「うぇーい!!俺佐藤って言いまーす!一応医大で働いてまーす!!将来有望だぜ?」
「俺は大手企業の御曹司の息子やってまーす!出会いってより衝撃的なもんが無いので適当に生きてまーす!!」
「俺は・・・俺は・・・小田さんと同じ会社で勤めてます!!」
馬鹿正直に自己紹介する加藤が哀れで、私も同じように答えようとした。
「加藤と同じ会社で働いている和田です」
次は女性陣と思いきや誰一人答えることなく、トイレに行ってしまった。そこで男性陣もザワザワとしてしていた。
「お前は誰目当て?つか早すぎね?」
「ばーか、お前みたいな医大生居ないって」
「お前こそ御曹司なんて嘘丸出しじゃん」
どうやら話を盛っていたらしく正直に答えたのは私と加藤だけだった。
馬鹿らしいやりとりだが、今の時代の人間の若者と言う者だろう、おっと年寄りのような考えになってしまった。
まあ実際は千年も違うしと一人納得する。
「なあ加藤、和田さんて同僚?」
「え?そうだけど?」
「俺のガキだった時に見た気がするんだよなー。親子かな?」
「私には父はいませんよ。私が小さい頃に死んでしまって・・・。もしも生きていたら殴ってやりたいですね。母は体を壊して亡くなりましたし」
という設定にしている。
「へー、じゃぁ親父さんの死ぬ前に会ったのかな?つか暗い話させて、すまん!加藤の友達やってるから気楽なやつだと思ってた!」
「構いませんよ。たまに思いだしてストレス発散してますし」
「え?ストレス発散って女の子ひっかけあれやこれや?」
「ご想像にお任せします」
目の前に出された生ビールをグイっと飲みながら笑っていた。
そして女たちが戻ってきて、チラチラと私の方を見てきた。
「和田さんって彼女居るの?」
「ねえ先に何か飲もうよ」
「私は麦茶で」
「だーめ、すいませーん!焼酎ロックで!」
焼酎でロックと言う言葉に男性陣は騒めく。女性でロックなのは珍しいのだろうか?
「ちょっと!」
「頼んじゃいましたー!罰ゲームしたいの?」
何やら女性陣だけで罰ゲーム的な事を決めてきたらしい、それが気になった男性陣は、もちろん問いかける。
「何々?罰ゲームって?酔いどれて誰かがお持ち帰りして良いの?」
「頭の中お花畑ですか?私は飲めないんですよ」
「またまたー由利ー?テンション上げてこうよー?」
そして地獄の始まりがゴングを鳴らした。
「もお・・・ギブで・・・」
ガコンと御曹司と名乗っていた男が飲み潰れ、加藤と私だけが残ったが加藤も顔が真っ赤になりながら目の前の小田を見ていた。
「小田さん・・・強いね・・・ゲブ・・・」
「あはは、簡単には潰れないよー?由利ってば飲めるのに隠してるし、酔っても分からないみたいだし」
小田は顔色変えずに焼酎、ラム、を交互に飲んでいた。時にはビールとチャンポンしても顔色変えずに眉間に皺を寄せていた。
「これに懲りたら合コンなんてしない事ですね。私も来ません。約束ですよ」
「もおーでも和田さんも顔色変えてないし、判んないよー?」
おっと注目されてしまったが、同じ量を飲んでいると思われてはならないと加藤を見本に酔っぱらう振りでもしようかと思ったが今更するのは遅すぎて小田の様子に気づいた。
「小田さん、お茶飲みなさい」
「どうしたの?いつも通りなんだけど?」
小田の友人が言うが小田の顔色が悪くなっている微妙な違いと血流の違いと言うのも感じ取り、ある意味としては人間のアルコール中毒になるだろう。
「あ・・・、すいません」
コップを受け取る前に小田が机に倒れこんでしまった。
見事に気を失うほどの勢いで飲んでいたのだろう、起きる気配がない。
「うっそー!由利が倒れるとこ見たの久々だー!」
「和田さんスゴすぎ!見分けつかないでしょ?普通に!」
様々に言っているが友人なら止めるべきではないだろうかと思った。そこは人間として見習いたくない。
「仕方ないなー。和田さんの勝ちってことで、由利をお持ち帰りしても良い権利をあたえまーす」
「小田さんはモノではないでしょう?気を失ってますし、アルコール中毒にでもなってたら大変ですし病院につれていかないと」
「だーいじょうぶよ。この子大学の頃に飲ませても同じようになって焦ったけど、次の日ピンピンして学校来たし、まあそれ以来、私たちと飲むことなかったのよ。だから今回は飲ませないって約束で合コン来てもらったんだけど、明らかに嘘ついてる男ばっかじゃん?由利と飲み比べさせて酔わせてから放置しようと思ってましたー」
「潔いですね。会計は男性もちなのは当然なんでしょう?この量は・・・・」
机一杯に並べられたコップやジョッキを見て唖然する私をしり目に女性陣は荷物を持って帰ろうとしたので、小田の事もあり引き留める。
「小田さんを家まで送らないんですか?」
「由利の家知らないのよー。その子昔から家に誰も入れたがらなくてさー、和田さんの家に連れて行ってあげてよー。あはは、なんなら近くのホテル街でも良いよー」
「そんな・・・」
女性陣はそれだけ言って店を出てしまった。加藤も他の二人も起きそうにないので、自分の分だけ加藤のポケットにお金を入れて私はホテル街へと向かう事にした。
もちろんやましいことなどしない、小田の家も知らないし自分の家に入れるなんてもってのほかだ。
「はあ・・・加藤に知れたら何言えば良いんだ・・・」
数十分歩くとホテル街へと入る。時間も時間なので休憩で良いだろうと思って数時間の休憩にし起きなかったら放置でもしようと思う。
家の事も気になる。
ベッドに横にし私はソファーに座る。
今、小田の命の雫をもらっても良いが、アルコールの入った雫はマズいので遠慮と言いより手を出すことはなかった。
「ん・・・」
二時間後、少し眠気が来てうたた寝をしていた。もちろんソファーでだ。
しかし腰辺りに重みを感じ目覚めると半裸になった小田の姿があった。呆然とする私に反して小田は舌をチロリと出して笑っていた。
「酔ってるんですか?」
「酔ってないわ。大丈夫よ、気持ちよくしてあげる」
「・・・サキュバスですか。私に利きませんよ」
実際に自分以外の人外を見たのは久しぶりで様々な人外が居たが興味がないという理由で無視はしていたが、まさか人間に紛れているとは思わなかった。
「あのお友達は人間なのか?」
「あの子達もお仲間よ?あの中であなたが一番美味しそうだったからトイレでじゃんけんして私がゲットしたの。だから大人しく気持ちよくなりなさい?全部してあげる」
これが小田の本性かと思うと加藤は、とんでもない女を好きになったものだと少し哀れになるが、この状態は私的にも無意味に近い。
「すまないが興味がない」
手を伸ばし小田の首を鷲掴みにすると苦しそうに悶える。すぐに手を離すと一定の距離で離れた。
「げほ・・・げほ!あんた何!!?私にも動じないし!種族まで知ってる!種族とか幻想を見る哀れな男どもだけだと思ってたけど、あんたは本当に知ってるの!!?」
教えるのがめんどくさくなってきたので、ソファーから起き上がり彼女が居ないものだと思いながら部屋の荷物を拾って部屋を出ようとしたが、盛大な空腹の音が鳴りドアノブに触れた手が止まる。
振り返ると顔を真っ赤にした小田の姿。
「普段の食事じゃ足りないのか・・・?」
「・・・五月蠅い!五月蠅い!良いからよこせ!!」
「加藤の相手でもしてろ。あいつはお前が好きらしいからな」
「加藤・・・?すぐに手を出すようなやつじゃないじゃない!私の事見てたのは知ってるし、声をかけるときだって臆病になってる!!
「小田さんの前だと照れるんだよ」
「わけわかんない!」
「夢の中と思えば加藤も大胆になるかもな。今頃は駅のベンチとかで寝てるんじゃないか?迎えに行ってお持ち帰りしてみろ」
「そ・・そうね・・・、背に腹は代えられないわ」
「はいはい良い子だねー」
「五月蠅い!」
私の正体には気に留めず上着を着て出て行ってしまった。
まあ二人がどうなるかは私には関係ない事で、この土地を一時的に離れる用意でもしようかと思っていた。
私は屋敷に帰ってくると霊体が出迎えてくれたが、どこか元気がない。
【だんなー、おかえりー!】
声では判断できないが、何か違和感がある。
「私の留守中に何かあったのか?」
心当たりがあるようで表情が曇った。
【いやーやっぱ旦那には隠し事ができないっすねー】
「お前が判りやすいだけだ。何かあったのか?」
【俺・・・、そろそろ成仏したいなーって思って】
別に成仏してもかまわないが、昨日まで便利だと言っていた彼の言う事だろうか?
「何かあったのか?」
【あったというか思いだしたというか・・・】
「思いだした?」
【俺・・・、子供の誕生日の日に戻るって約束したんです。死んでも帰るって】
約束と聞いて私は千年前の事を思い出す。人間であっても、こうやって死んでも帰るという約束をしている。
それを止める権利は私にはないし、私も人の事は言えない。
「良いぞ。家の場所くらいは思いだしたか?あと見えなくても大丈夫か?」
【結構、近い所でした。この街の東側の住宅街っす。見えなくても帰ったってことに満足したいっすね】
口調が違ってくる辺り本当の彼の語り方なのだと実感し、私はこの土地を離れるのも話、お互いに丁度いいと思い彼も私も納得した。
【旦那は、次はどこにいくんですか?あとここに戻ってこないんですか?】
「そうだな。今度は北の方に行こうかと思う。ここは強めの結界を張っておけば大丈夫だろう。安心して子供のところに戻ると良い」
【なーんだ、結界とか張れるんなら別に俺いらなかったすね?】
「暇つぶしにはなっただろ?」
【まぁそうっすね。それじゃぁ旦那。さよならになるんですかね?】
「お前が子供に会って成仏出来たらさよならだな。成仏できなければ戻ってくれば良い」
【あはは。それは避けたいっすね】
私の冗談に彼は答えてくれたのだが、彼の眼は本気に感じ私は何も言わなかった。
「じゃあ行くと良い。君が戻ってきても屋敷に入れるようにしているから」
【ありがとう旦那】
フヨフヨと朝日が昇る空へと彼は飛んでいき、やがて姿が見えなくなった。
「また一人になったか」
これでも一人じゃないのには慣れていたが、今まで居た者が消えるとなると寂しいものだ。
そういえば小田と加藤の方はどうなっただろうか?あれから時間も結構経っているし、小田が満足すれば加藤は解放されて夢で解決するだろう。
「昔の私を覚えていた人間がいたとはな」
合コンの時に言っていた私の父と言っていた人間は小さい頃と言っていた。もちろん私に父は居るはずはない。
数十年前に各地を回っている時に見て覚えていたのかもしれないが、私自体は印象に残っていない。
「ん?」
携帯が鳴り表示されているのは加藤だった。
「おはよう。どうした?」
何も知らぬように電話に出ると加藤は何も喋らなくて、まだ寝ぼけているのかと思っていた。
『小田さん・・・、俺の事好きなのかな?』
馬鹿な、夢で終わらせなかったのか?
「どうした急に」
『今・・・隣で裸で寝てるんだよ。満面の笑顔で』
「ほう、昨日お持ち帰りして、やることやっちゃったか?」
『確かにすっきりはしてるんだけどよ。覚えてねえんだわ。これって襲っても良いのかな?』
「やることやっちゃったと言いながら・・・、まだまだ元気だな。若さか」
『いやいや、お前も似たような年齢じゃん。何?初恋のままで止まってるやつは枯れちゃうの?』
「枯れる言うな。とりあえず起きるまで待ったらどうだ?」
『甘々な空気なら良いんだけどなあ』
惚気に聞こえてきたので無言で切ってやった。人間とは単純な部分もあって面白いが、相手が人間ではないと判った時に、どういった反応をするか分からないものだから、私も怖くて明かせない時もある。だから逃げるように各地を回っているのだから。
山の入り口で気配を感じた。
また肝試しの人間かと思ったが様子がおかしい、獣道を逃げるように走る一人の足音、それを追いかける三つの足音が聞こえた。
「様子がおかしいな。子供でも入ったか?」
様子だけでも見ておこうと木々を使って上から眺めると、手首を後ろで縛られた少女と、それを楽しそうに追いかけるオッサンの姿が目に写った。助けるべきか?とも考えたが人間に干渉するのもとも考えるが、この山でもしものことがあると山奥の屋敷まで踏み込まれるので、よろしくないと思った。
「よいしょっと」
木から下りて走ってくる少女を抱きしめると暴れまわり発狂しかかっていたので気絶してもらった。
ぐったりとしているが息はしているので問題はない。問題は走って来た三人の男の存在だ。
「なんでえ、獲物が捕まっちまったぞ?」
「こんな山奥に人がいるとは思わなかったぜ?ホームレスか?」
「兄ちゃん、その娘は俺らのもんだ。返しな」
ホームレスとは聞き捨てならないが、こんな時間に山奥に居る時点で思われても仕方ない事だ。
「明らかに犯罪臭がする現場を見たら止めるのが普通ですよね?おかえり願いますか?」
「その娘を返してくれれば兄ちゃんには何もしねえよ」
「この子は何で縛られて逃げてたんですか?」
「良いから何も聞かずによこせ。死にたくねえだろ?」
前に二人で後ろに一人いるが、後ろの一人が背中で隠しているが刃物を持っている。しかも何度か使ったことがあるのか血の匂いがする。
洗っても取れないくらいの血の匂いになっているあたり、見つかってない犯罪者と言ったところか。
「んー、この山で犯罪は起こしてほしくないんでね。縛って道路にでも捨てるか」
「は?」
「何言ってんだ?」
「昔なら殺してさらし者にしてたということだ」
森のツタが蛇の様に動き出し、素早く男三人を縛り上げ宙ぶらりんになった。
軽く絞めたのであっさりと落ちたようで気絶してしまった。話を聞こうと力を抑えたつもりだが昔の様に扱うには難しいと思ってしまう。昔の感覚を覚えているかと聞かれれば覚えてはいないと正直に思う。
娘の方は気絶させるつもりで意識を奪ったが死んではいないだろうかと不安になって振り返り確認すると、とりあえず唸っていたので生きていると安堵し放置するわけにも行かないと考え、諦めて移動するのもあるので屋敷に連れて行こうと思い抱きかかえた。もちろん後ろ手に結ばれているロープも切って。
私にとって人間のいざこざなんて関係ないが、戻らないことも考えて警察沙汰になっても良かった。古い屋敷があるだけってだけで、数十年もすれば更にぼろくなっているだろうが住処にするだけだ。もう一つ考えるとしたら屋敷に結界を張って人間に見えないようにするくらいか。
ホームレスが使っていた毛布をきちんとたたんで娘の頭の下に入れ込み起きるのを待つとして、ああホームレスと言っても殺していない。私の屋敷とは言わずに話し相手として来ていただけで、いつの間にか来なくなって死んだのかもしれないし施設とやらに入れられたのかもしれない。
「ん・・・」
そんな事を考えていると娘の眼がゆっくりと開き、私の姿を確認すると勢いよく起き上がろうとして手を穴の開いた板に挟まれてしまった。
「いたっ!!」
「慌てて逃げようとするからだ。あの男たちは居ないから安心すると良い。何故追われていたのか聞いても大丈夫か?」
「助けてくれたのですか?」
「結果的にはね。放置してても良かったんだけど目覚めが悪いだろ?」
私は冗談の様に語ったが、娘はすぐさま傷んだ縁側に正座し頭を下げてきた。
「助けていただき、まことにありがとうございます。わたくし・・・」
「待った。いきなり名乗らなくても良いじゃないか?私の事も分かっていないのに」
「いえ、わたくしの家では助けていただいた方には苗字を伝えなければならないというご先祖様からのご命令があります」
苗字を伝える?昔の人間には苗字をつけることはなかったはずだが、その頃から苗字と言うものがあるなら最近のものだろうか?
「いつごろの命令なの?律儀に守る必要ないと思うよ?さっきみたいに私が危険な男ならどうするんだ?」
「約千年前からと聞かされております。なんでも山の神に贄として運ばれた娘の弟に与えられた苗字で、神は贄の娘を気に入り、その娘以降、贄を運ばなくてよいと良って贄に選ばれることがなくなった村人たちは喜びましたが。最後の贄として選ばれてしまった娘の弟、わたくしのご先祖様は姉が生きていると言って山の神へと物申しに行って、帰ってきたころにはフラフラになっており、ブツブツと我が家の苗字となるものを呟き、助けていただいた人々に苗字を伝え富を分け与えられるようにと」
「待った!!!」
「はい?いかがなさいました?」
私は思いだした。確かに娘を気に入って以降に贄を欲しがらずに娘と過ごしていたが、青年がやってきて娘が泣いて殺さないでと言った。そして私は青年の血を吸い暗示をかけ力の一部として富と名声を与え、助けてもらった人間に名を告げると、力が少しだけ動き助けた人間にも少しだけ富と名声が動き、その人間の家系は同じように富と名声を受ける加護を伝えたことがある。
しかしこれには欠点がある。
私自体に告げることで力は消え、もしかしたらだが、目の前の娘の家は潰れる。
「ご先祖様の話は分かったけど、その山の神って贄をどうしてた?」
誤解のないように聞くしかない。昔の私がしたことだが、他の贄を欲していた人外も居るだろう。だが今回は確実に私だと判ってても聞きたい。
「命の雫と言う名の血液です。まるで吸血鬼のようだと思いますが存在していたか今では確認もとれません」
「そうか・・・」
確実に私だ。ということは名前を聞いてはいけない。
「すまないが私は富と名誉はいらないから教えなくていい」
「え?でもここの屋敷は貴方のでは?」
「引っ越す予定だからね。君を家まで届けてあげたいけど、急いでるんだ」
「それは失礼いたしました。それでは失礼いたします」
危ない所だった。あの娘の子孫にあたる人間の家を潰すところだった。
私は見えないように彼女が歩いていくのを追いかけていた。しかし森の奥へと進んでいる。下に下れば車道にでるというのに不思議な事をすると思い様子を見ていた。
そして私は焦りだした。
この山頂には誰も立ち入ってほしくない場所があることに気づいた。
急いで地面に下りて娘の腕を掴んだ。
「この上に行くんじゃない」
「急いでるのではないんですか?わたくしは山頂に用事があるのです」
「何人たりとも近寄らせない」
ギリっと腕を握りしめると、娘の顔は苦痛に歪むが目に力を感じ手の力をぬいて娘の腕を離した。
「とりあえず話を聞こう。君は山頂に何があるか知っているのか?」
「・・・・・」
今度はだんまりのようだ。
私が行かせたくない理由は、この山の山頂に私の最後の贄となった者の墓地があるからだ。
私が作ったわけではなく、村の住人が精いっぱいのお礼として立派な墓をと命じられて作られた墓地で、その時には立派と言われていた作りにはなっているが、今で言うなら小山くらいの石造りの墓になっている。
「私の大事な人が眠っている。易々と行ってほしくないんだ。私の理由はこれだ」
「・・・・わたくしの理由も言えという事ですね?」
「そう思ってもらって構わない」
「さきほどの男性たちは、わたくしに伝わる言い伝えを聞き、わたくしを攫って身代金を要求することから墓地の方に興味を持ち案内しろと言われました。しかしわたくしは言わずに黙ってましたが、どこからの情報か判りませんが、この山の事を知って、わたくしに案内をさせようと思ったらしく追われていたわけです」
「行けばご利益でもあるとでも?」
「判りません。わたくしは困ったときは墓地に行きなさいと言われただけで、この山に来てから初めての場所なのに道が判るのです」
「誰も立ち入っていない山だが?」
「たとえば、あちらの方の住宅街のところにお寺があって、夕刻になると鐘が鳴り。西の方では高台があり狩りなどで使われていました。時には戦いをしていたでしょう」
東の方では確かに寺があった。西の方には高台はあった。危険を知らせる甲高い鐘が聞こえてきたこともあった。
私は目の前の娘が、昔の娘の生まれ変わりなのではないかと思い始め、娘の手を取った。今度は優しくエスコートをするように山道を歩き始めた。
「君になら見せても良いかもしれない」
「え?」
私は答えずに山道を歩き、しばらくして山頂が見えてきた。数十年、百年くらい来てなかったが、不思議と汚れておらず人間の手で汚された形跡もない。
「ここが・・・・綺麗・・・」
墓の前に座り祈りを捧げるように手を合わせる娘の後ろ姿は、千年前の娘の姿と重なって影の様に見えた。
生まれ変わりでも覚えていることがあっても、本人が思いだすことはない。約束はしたが人間に私の正体を教えたところで逃げられるだけではないかと約束を忘れてしまおうかと思っていた。
「・・・・、月来様・・・?」
「・・え?」
こちらを見ることはなく娘が呟いた名前に反応してしまった。私が千年前に名乗っていた名前だった。
「・・・・なんの名前だ?」
「判りません。ただ月をバックに逆光で姿は見えませんでしたが、手を差し伸べている男性の姿が見えて聞こえてきたのが月来様という名前でした」
ゴクリと唾液を飲み込んだ。
この娘は・・・、本当に彼女の生まれ変わりなのかもしれない。
正体を明かしても逃げずに話を聞いてくれて傍に居てくれるかもしれない。またあの日々が戻ってくるかもしれない。
「娘・・・・、名前は?下の名前はなんという」
「わたくしの名前は、雪です」
驚いた。彼女と同じ名前だった。動いてないはずの胸が高鳴った。
「月来は私の名前だ」
「え・・・・?」
「私は千年を生きる化け物だ。お前の偶然なのか判らないが、先祖の姉もユキという名前だった」
「えっと・・・。確かにご先祖様の姉君様の名前はユキです。女児が生まれるたびに、雪と言う名前は付けられますが、私が生まれ変わりとは判りませんし、貴方が千年を生きる化け物とも思えません」
私の心は高鳴ったままだった。なぜなら目の前の雪は困った顔はしていたが軽蔑するような目で見るわけではなく、真実を知りたいと言った真剣な眼差しだったのだから、私の約束が果たせると一歩、また一歩と自然と足が進んでしまう。
「月来様・・・?」
「ああ・・・、ようやく会えた・・・」
小さな肩を抱きしめ、首に歯を立てようとして止めた。
「帰りなさい。私はここを離れる。二度とこないようにしなさい」
「月来様は何を思って、この土地に戻ってくるのですか?」
「・・・・忘れたくない日々を思うからこそだ。彼女の言葉、仕草が今でも思いだせるように、私は何年経とうとも戻ってくる」
「では、わたくしが生まれ変わりだと感じれば貴方は、どうしますか?」
「・・・・言わなければダメか?他愛もない約束だ。君の人生を奪うかもしれない、昔の君の先祖の姉の様に」
私は怖がらないことを良い事に、思っていることを懺悔の様に吐き出す。さっきまで忘れてしまおうと思っていたなんて思えないくらい目の前の雪が生まれ変わりであってほしいと願っていた。
「贄として、ですか?」
「一生の事だ。たまたま先祖の家系で生まれ変わりがあるなんて考えたことがないが、君と彼女は違う」
「よくわかりませんが、わたくしは見たものを信じます。貴方が何者であれ、ご先祖様の富と名声を与えた神様だとして、目の前に居る以上わたくしは信じます」
「・・・嬉しい事を言ってくれるね。私だけには苗字を言ってはいけない。消えてしまう。君の先祖には悪い事をしたから・・・。私なりの懺悔だよ」
「この名前の意味は知ってます。富が続くようにと・・・」
「そうだよ。私に出来るのは、そこまでだからね。さあ帰りなさい。今度は送っていくから」
「月来様は今度は何年後に帰ってくるのですか?」
「さあ判らないよ」
行きと同じように雪の手を取り、エスコートして安全な山道を選びながら歩いていくと車が何台も山のふもとに集まっていた。
「君のお迎えじゃないか?」
「GPSがついてますから」
「とても頑丈な人間がいるね。私が居たことは内緒だよ?ここには君一人だけなら来てかまわないからね」
私は、いつの間にか口調が変わって、やわらかく無意識に笑っていた。すぐに気づいたが変えるつもりはなかった。雪に対して、そのままで居ようと思う。
「ありがとうございました。月来様」
私に対し深々と頭を下げる雪は本当にユキと同じで礼儀正しく凛とした眼差しが特徴的だった。
山を下り切ると車の中から男が出てきた。
「お兄様」
「雪!!心配させるな」
私と雪をつなぐ手を引き離し抱きしめる兄と呼ばれた男は、私を見るなりゴミを見るような目で見下しているのが判った。
「この男は?」
「わたくしを助けてくださった月来様です。お兄様ったら、心配性ですわね。少し手を触れていただけですのに」
「月来だと・・・?」
名を呼ばれてさらに気づいた。この目は先祖に当たる弟の憎しみの眼だ。
「昔の名前だが、君は覚えているようだね」
「知らん。帰るぞ雪」
無理矢理に雪を引っ張って車に入れる兄の眼は憎しみのままだったが、雪を見る目は心配する兄の眼だと感じた。もしかしたら二度と会えないかもしれないが、これで良かったと思っている。
男が記憶が残っていても、雪は私と居るよりも人間としてあたたかな家庭を築き一生を暮らしていく。それで良いと・・・。
「月来様。数年後わたくしはお待ちしております。戻ってきてからも、お話を聞かせてくださいね」
「雪!!その男とは喋ることは許さない!!」
「もおお兄様ってば、助けていただいたのに失礼ですわ」
「良いんだ!車を出せ」
「はい」
やはり覚えているらしい。もしかしたら男として生まれた者は記憶を引き継いでいるのかもしれないな。なんて笑ってしまうほどに。
私は屋敷に戻り結界を張った。
数年は戻らないと思って。
今まで使っていた携帯や会社に行くためのスーツなどを処分していると最後まで残していた携帯が鳴った。
ディスプレイには加藤と表示されており、一日でいろんなことがありすぎて忘れていたがサキュバスである小田と一緒に居るのを私は忘れていた。
「はい」
『和田さんと言うべきか迷うけど、私この人間と付き合うわ』
私はキョトンとしてしまった。加藤の電話で小田が電話してきた辺り上手くいったのだろうとは思ったが、話の内容にも驚いた。
「相性が良かったのか?」
『まあ、そんなところね。あんたは?』
この質問には、どんな意図があるのだろうかと思案するが、お互いに人間ではないという認識で話を進めようと思う。
「そうだな。私はしばらく土地を離れる。すまないが加藤には内緒でな。人間と付き合うと辛いかもしれないが、最後まで加藤を支えてくれ」
『ふん、言われなくても分かってるわ。私は正体を明かしたけど、こいつ何て言ったと思う?「道理で魅力的なわけだ」ですって。人間は判らないわ』
私は片づけをしながら笑ってしまう。
「加藤らしい答えだ。しかし私の正体は明かせないな」
『別に言わなくても良いんじゃないの?どこそこ行くのめんどくさくない?』
「合コンの時に見つかって覚えられていたら困るんでな。私なりの遠慮と言うやつだ」
私の脳裏に雪の笑顔が過ったが、同時に兄のほうの憎しみの顔も過った。
「この携帯も処分するから、また加藤が生きている内か死んだ頃に戻るかもしれないが君たちの子供くらい見に来るかもね」
『あっそ、じゃあね』
「報告ありがとう」
『べ・・別に礼を言わる筋合いはないわ』
そして電話を切った。
私の頭の中にはユキとの記憶が蘇えっていた。彼女は最後まで私のことを恐れず笑顔で居た。
だが、今回は違う。
時代も違う。
人が一人居なくなれば捜索されてしまうのが当然の世の中だ。
一緒に居ることは叶わない。
また山に入って来た人間を感じた。
「またか。もお携帯は壊して結界を張って行くとするか」
携帯をバキッと押せば粉々になり破片が床に落ち、外に出て十二分に結界を張ると屋敷は人間の眼には見えないようになった。
その場から離れると姿を見せたのは雪の兄だった。その姿はスーツではなくシャツにジーパンと楽な服装だったが、意味が判らない。
「居るんだろう化け物!!」
やはり記憶が残っているのかと思ったが、ふいに匂いを感じた。一度嗅いだことのある匂いだ。これは・・・。
「人狼?」
「そこか!!」
人間とは思えない体のバネで私の乗っている木に問いかかってきて、姿が変わった鋭い爪を向けてきた。
不意の出来事で避けることが出来ずに伸びた爪に右目が深々とえぐられた。
その勢いで私は木から落ちて体制を立て直し兄の方に向き直ると、先ほどの姿ではなく体は毛深くなり、筋力も上がり鋭い爪や犬歯が出来上がっていた。
「あはは、人間が人狼になるなんて初めて知ったよ。一体どういう事だ?」
「この力は俺が貴様を殺すだけの為にお前と同じような力を持つ化け物を無理矢理に妊娠させて産ませた子供の末裔だ。俺の時代で貴様に会えたことを歓喜している。この手で殺せるんだからな」
「雪も・・・か?」
「ふん、話す必要はないが冥土の土産に教えてやろう。我が家は分家と本家に分けた。犬神を宿す本家と貴様が名付けた分家。分家には、ほとんど女児しか生まれなかったからこそ、姉のユキが再び生まれると思っていた。この時代に姉は記憶を蘇らせようとしている。貴様の出る幕はない」
「本家と分家で分けて・・・、ああ良かった。名字だけは分家である雪の方なのか」
「貴様が雪の名前を語るな」
再び跳躍し飛び掛かって来たが、ヒラリ避けると簡単には倒れてくれず軌道を修正し噛みつきに来た。
私は木の上に飛び上がり、右目の再生が遅い事に気づく。
「気づいたか。人狼と吸血鬼は水と油、混ざってはいけない者同士。傷を受けるたびに貴様の力を奪っていく」
「よくそこまで調べたな。褒めてやる。だがな?」
私はストンと木から下りて突風の様に男の横を走り抜ける時に太ももを傷つけた。
もちろん私も自在に爪や牙を変えることは簡単で人間社会に溶け込むためとも言える。
太ももから流血した男は、その場に膝を落とし立ち上がろうと踏ん張るが、傷が深いのかなかなか立ち上がれないし、本人も説明した通り私と男の相性は悪い。お互いを傷つければ再生しにくいのだ。そして私と男の経験の差もあり、私にとって男とのじゃれあいにもならないくらい動きが遅いと感じる。
「甘すぎる。お前の攻撃が私の再生能力を奪ったとして逆もあるとは考えなかったのか?それに経験値の差もある。私にとって赤子のようなものだよ」
「五月蠅い!この時代で雪は渡さん。貴様は俺が殺す」
「知ってるか?私たちの血は混ざりあうと毒になり、どちらかが体内に取り込むと地獄のような苦しみを味わいながら死ぬんだよ」
指を齧ると私の周りに影が五つほど出来上がり、ザワザワと動いている。これは私の分身のようなもので血液からの物体とも言える。
「お前が雪を守るのは勝手だが、私は攫う気はない。雪との約束は一緒に暮らすという約束だったが時代が許してくれない。未来は判らないからな。だから姿を見ただけで私は満足している。それでも許さないというなら私はお前を殺さなければならない」
「っ・・・」
にじり寄る私に男は後退していく。それでも憎しみの眼差しは消えずにいる。これが人間の力。思想なのだと理解する。
「それに私は、しばらく土地を離れる。ここにはユキの墓石もある。知っているだろう?お前たち人間に命じた最後のお願いだった」
「俺は、その時には死んでいた・・・。人狼の子を育て終わり分家として巫女と呼ばれた人間と婚礼を上げ、子供を産ませ分家と本家に分けて」
「素晴らしい行動力だ。だが君は間違いを起こした」
私は軽く拍手をしながら絶望を告げた。
「この山の下に雪が来てしまっている。君の姿を見たら彼女は、どうするかな?」
「っ!!?」
流石に見られたくなかったのか、森の中に姿を隠しひょっこりと顔を出した雪が私の顔を見て笑顔を見せた。
子供のように走ってくる雪は私の右目の負傷を見て驚いた。
「まあ大変!治療をしなければなりません。下に車を待たせております。病院へ行きましょう」
「君は優しいね。すぐに再生するから大丈夫だ」
グチュグチュと練りこむような音を鳴らしながら目は再生し残っていた血液をふき取ると雪は安心したように笑顔を見せてくれた。
本来なら逃げる場面のはずだが目の前に居る雪は当たり前だと言わんばかりに笑顔を浮かべて安心している。
「怖くないのかい?」
「何を怖がるんですか?貴方の治った姿を見て不安になる方なんでいるんですか?わたくしは治った姿を見てあんしんしましたわ。・・・ところで・・・、兄が来てませんか?」
私の前でキョロキョロと辺りを見渡す雪の肌から血液の違和感を感じ、抱きしめてみた。より近く匂いを嗅いでみたかったのもあったが雪は突き放すことなく私の背中に手を回してくれた。
「どうしたんですか?兄に何かされましたか?」
私に問いかけて来る雪だったが、肌からにじみ出る匂いの正体が分かった。
「君・・・病気だろ?しかも出歩いて良いはずのない・・・」
「あら、その為に抱き着いたんですか?愛の告白と思って嬉しかってのですが」
「はぐらかすんじゃない。病院に戻りなさい」
「私の病気は治ることはありませんわ。子を成すことも出来ずに死んでしまいます。わたくしは受け入れています。兄は必死に医者を探してくれますが、わたくしの病気は簡単には治りません」
「・・・・先祖の事は知ってるね?」
「何をですか?」
「知らないんだね。好都合だ」
素早く手刀で彼女の首に当て男を呼ぶ前に男は下りてきた。
「何をする。雪を離せ」
「提案がある」
「・・・言ってみろ」
「私に雪の血を吸わせろ。そして私が死ぬ」
「信じられるか!!姉を殺したお前の言葉なんて!!」
私の腕から雪を奪い取り、男は牙をむき出しにして後退していったが、私は初めて人間に土下座をした。その姿に男も驚いたが、頭を踏みつけられても私は彼女を助けたい一心で何もしない。
「・・・」
何もしてこない私の言葉が本当なのかと思った男は足をどけて雪を抱き上げ、私の話を聞く体制に入った。
「どうすれば治る?」
「ありがとう。私が雪の病魔の血を全て吸い付くつくす。もちろん輸血しながらだ。そのお前の血は人狼の血だろう?」
「・・・人狼の血を吸えばお前は死ぬ。雪は健康体になるのか?未だに信用にかける」
「なんなら先に人狼の血を飲んでも構わない。君の血でも良い。私はね・・・、千年もの間ユキを探していた。色んな土地に行き人間を見てきた。汚い人間や優しすぎる人間を見てきたが、この雪は純粋できれいだ。ユキの生まれ変わりだと思う。この子の為なら死ねる」
「千年の想いを捨てる覚悟か」
「捨てやしないさ。私も輪廻を回って再び雪と再会したいと思う。こうやってユキは私に会ってくれたように、巡り合うのが運命だ」
「・・・・俺の監視下なら許そう、その代わり貴様が死ね。雪まで巻き添えで殺すな」
「判っている。君からユキを奪った罰だと思っているくらいだ」
「ついてこい」
雪を連れてきたらしき車が残されており、運転席から出てきた黒スーツのSPは驚いていた。スーツ以外の服をきたことがない男だったが楽な姿を見たのは初めてなのかもしれない。そして抱きかかえられている雪を見て慌てて後部座席を開けて、ゆっくりと寝かせた。もちろん助手席には男が座る。
「貴様なら車なんて乗らなくても追い付くだろう」
「ひどいな、人間に見つかりたくないんだとよ?どこに行けばいい?」
「この街のマンションの上層だが、病院も整備されている。そこで実行するぞ」
「オッケー。私も雪の為に死ぬなら最後に山頂の墓地に手を合わせて来るよ。そこから行く」
「ふん。勝手にしろ」
出される車を見送り私は上半身を脱ぎ捨て背中から翼を出し、一気に山頂まで上がりユキの墓地の前に座り込んだ。
「この土地は君の弟に預けるよ。君の生まれ変わりかもしれないけど、違ったら君はここに居たままかもしれなけれど私は今度の彼女を救うために死ぬ。今までありがとう。心の支えになってくれたね」
言われた通りの場所に来ると既に血液の点滴をされた雪が手術用の服に着替えており近くに兄の男の姿もあった。
「先に血液を飲ませておくか?」
「・・・お前にも献血しておけば確実だろう」
「なるほど、確実に仕留めるためか。判った」
カラカラと血液が入った点滴を刺され徐々に体を汚染されている感覚を感じながら私は目の前の雪の首筋に牙をたてた。
血液は病魔によって侵されており、昔の様に美味とは感じなかったが、彼女を救うために彼女の血を吸い続ける。
中には麻酔も入っているらしく、意識が遠のき掛けたが血液を全部取る勢いで私は雪の血を吸い続けた。
機械音で心臓の音や脈が定期的に聞こえる。
雪は生きて男性と付き合い家族となって子を成すことが幸せに違いない。私の存在も忘れてくれればいい。
「おい、まだか」
血を吸い始めて一時間が経過しており、じれったくなったのか男が苛立ちを感じていた。
口を離すわけにも行かず、私は手で制する。
そして体内で人狼の血が私の意識や力を持って行こうと暴れているのが判った。これ以上吸うと死ぬぞと言っているように。だが私は止めない。
「・・・・」
男は何も言わないが私の指先が塵になっているのを見つけたのだろう、それを見てきっと安心するだろう。本当に消えてなくなるのだと。
私の意識も消えかかった時、雪に変化があった。
不安定だった心音や脈拍が安定して聞こえてきたので、私は口を離し、その場に座り込んだ。
「雪!」
私を蹴り飛ばすように横を通り、雪に駆け寄る男は本当に雪を大事にしている。そう感じる。
私の役目も終わった。
「月・・ら・・い・・さま・・・」
意識が戻ったらしい。最後の別れとしては寂しいが雪が動くことは難しい。私は返答せず指先から塵になって行くのを見ていた。
「雪!!動くんじゃない」
雪は起き上がりベッドから落下した。私の目の前で涙を流していた。
私は消えかけた指先で雪の頬の涙を拭った。
「今度は君が約束を果たす番だよ・・・ユキ」
「月来様・・・、嫌です!わたくしも一緒に!!」
「何を言っているんだ雪!!そんな化け物と死ぬなんて言うんじゃない!!」
「おだまりなさい!!一郎!!」
「っ!!?」
血液を大量に入れ替えたばかりだというのに雪は立ち上がり、男を一郎と呼んだ。千年前の弟の名前だった。
「・・・ゆ・・き・・・記憶が・・・」
「姉さんなのか?完璧に記憶が・・・」
ガクンと一郎が膝をついて悔しそうに床を叩いた。
「月来様・・・、私もご一緒に・・・、そして今度こそ同じように・・・」
「優しいね・・・、でもダメだ・・・・さよならだよ」
手首まで塵になった手首で彼女の頭に触れると雪は倒れこんだ。悔しさで床に膝をついていた一郎が慌てて倒れた雪を抱き上げ私を睨みつけた。最後まで信用がないのだと実感したが、それくらい当然だろうとも思う。
「心配するな。記憶を消したんだ・・・。私の記憶だけを」
「記憶操作が出来るなら、何故最初からしない!!姉さんを苦しめるだけと分かっていながら!!」
「怒鳴られると思ってた・・・。けれど私も約束を守りたかった。千年前のユキが死んでから一度でも良いから会いたいと願っていた。叶ったのだから彼女の幸せを願う。人間でも同じじゃないか?愛した女の幸せを願うのは」
「・・・・貴様・・・」
ついには足元まで崩れてきた。もお身動きも出来ない。本当ならユキの墓石まで行きたかった。そこで風に乗り今まで行ってきた場所に自分の塵として散らばりたかった。
「ダメだと言われるのを覚悟して言うけど、私の塵を山の山頂に散らせてくれないか?あそこで永遠に眠りたい・・・」
男の顔が般若の様に怒りに満ちた後、すっと無表情になって雪を抱き上げベッドに寝かせると後ろ姿のまま答えてくれた。
「最後の願いくらい聞いてやる。だからさっさと消えろ」
不器用ながらも答えてくれる辺り今生の雪を大事にしているようで私は嬉しかった。彼も何度も記憶を繰り返し見ているだろう。そしてこれからも続いて輪廻を回って記憶を取り戻すのかもしれない。
その度に私を思い出して不安になって雪を守っていくだろう。
「もお二度と会わないから大丈夫だ。私は塵になれば次は無いから・・・・」
「当然だ。二度と出て来るな」
私の体がバタンと倒れ体が崩れ始めていた。ああもおこれで終わりだ。気が遠くなってきた。
「雪の記憶を消せてよかった。また君は回って生まれるんだろう?君の記憶も消してほしかったかな?」
なんて私はクスクス笑ってしまう。私を憎し無心を残しつつ生きていくなんてしたら人生台無しだろう。
「ついでに消せ」
予想だにしなかった答えに残っている腕の先を振り向いた彼に当てる。
「塵だけお願いするよ?今一部だけ瓶に詰めてくれ」
「判った」
用意されたのは小さな小瓶。そこに崩れている部分の塵をパラパラと入れられる。見ていておかしな気分だが確実に連れて行ってもらうには仕方ない事だ。
「じゃあ消すよ。力を抜いて」
「さっさとしろ」
「憎たらしいね。次は、そんなに力まない人生を送れるよ」
ドスッと彼が倒れ私の体の上に倒れこみ一気に私の体が崩れた。胸の部分だけが残り意識も遠くなっている。
「ようやく約束を守った・・・・。満足だ」
そう、千年と言う長い約束を果たし、私は世界から消える。
今まで出会った人間たちにも感謝したいが、何よりも人外と一緒になったケースがある加藤の事も気がかりだ。こうやって人間と人外の別れがいずれかは来る。
小田は人間ではない。
もしかしたら加藤を残し小田は、どこかに去ってしまうだろうが人間との違いというのを知らない小田は若いのかもしれない。
ズズっと体が崩れ頭も崩れ始めた。
眠っている雪が見えない。どうか私を忘れていてくれ。
目を閉じ私は永遠を終えた。
暗闇の中、私は横になっており起き上がると今までの記憶が流れていく。
色々あった。
最後の願いも叶って私は満足だった。
中途半端な約束もあったかもしれない。暇つぶし程度にした約束なんてものもあっただろうか・・・。
散らばっていく記憶のかけらを眺めながら今度こそ私の意識は消えていく。
約束を守れて本当に良かった。
約束は無期限に スリヤ・トミー @3715
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