第14話

 旅行から戻ってすぐの週末、カ姉弟が本当に、山のセイの住みかにやって来た。

「……」

 目を丸くする男女ともう一人、薄い色の髪の男が、客を迎え入れた。

 セイの薄色の金髪より赤みの帯びた、薄い橙色と言った色合いの、見慣れぬ男だ。

「いらっしゃい。久し振りと言う程の、ご無沙汰じゃない気がするんですけど」

 雅が笑いを滲ませながらシュウレイに言うと、エンの腹違いの姉はその女を凝視して、溜息を吐いた。

「……本当だ。うり二つ」

「え?」

「いや、突然済まない。近くまで来たものだから、寄って見た。元気そうで何よりだ。それに、先日の旅行では、姉が世話になった」

 きょとんとする雅に、セキレイが口早に挨拶する。

 そして、別な意味で驚いているエンに、切り出した。

「お前に、一つ訊きたいことがあるんだ」

「何でしょう?」

 改まった言葉に首を傾げた弟に、セキレイは言いにくそうに尋ねた。

「……親父が、何処にいるのか知らないか?」

「さあ」

 穏やかにきっぱりと答えるエンを睨むと、弟は苦笑して首を振った。

「何処にいるのかは、知りませんよ。この何十年かは、日本をうろついているのは、知っていますが」

「……そうか」

 溜息を吐く兄を不思議そうに見、エンが尋ねた。

「ようやく、殺害を実行する覚悟が、出来た訳ではないようですね」

「そんな覚悟、する予定もないがっ?」

「え? そうだとばかり思って、期待していたのに」

 心底、不思議そうに首を傾げられ、セイレイは言葉を詰まらせる。

 それを見て接客側の男女が、顔を僅かに引き攣らせたが、シュウレイが目を細めて見ているのを見つけ、それぞれ誤魔化すように笑う。

「揶揄って楽しいのは分かるけど、今はそんな場合じゃないの」

「すみません。ですが、本当に、知らないんです」

 軽く謝り真面目に答えたエンは、そのまま問いかけた。

「親父さんと、接触したいんですか? 今迄、避け続けていたのに?」

 何故、と言下に言われ、セキレイは大きく唸った。

 どう説明するか迷ったためであって、説明を躊躇ったためではない。

 証拠に、考えながら答えた。

「実は、情報が欲しい奴がいるんだ。どうやら、あのくそ親父を直撃して聞き出した方が、手っ取り早そうなんだ」

「それは、一番難しいと思いますが」

 真顔な言い分に、弟も真顔で返した。

「あの人は、確かに気になる者の情報位、いくらでも持っているでしょうが、それを吐かせるのは、並大抵の苦労じゃ効かないです」

 その位ならば、自分で地道に情報収集した方が、早いと言い切るエンに、兄は更に大きく唸る。

「その地道な情報収集で、間に合わないかも知れないから、頭を下げる覚悟をしたんだが」

 苦し気な弟の言い分に、シュウレイが思わず反論する前に、エンがきっぱりと言った。

「駄目ですよ」

「しかし……」

「あの人に弱みを見せたら、逆効果です。つまらない子供だと嘆かれて、全く違う情報を与えるのが、関の山です」

 酷い。

 黙ったままの接客側の男が、口を手で抑えて噴き出そうになる息を抑えた。

 そんな男を横目に、雅も目を見張ってエンを見上げる。

「そこまでする人なのか? あの人は?」

「そうなんです。しかも、そんなつまらなくなったのは、自分が保護できなかったせいだからと、今後やたらちょっかいをかけるようになるかもしれません。だから、頭を下げるのも、土下座するのも、腹を切るのも厳禁です」

「そこまで、卑屈になる気は……」

 勢いを削がれたセキレイは、力なく首を振りながら、途方に暮れている。

「だが、姉上の仇を、別な奴に取られたくない。最恐な協力者が現れたんだから、この機に一気に片を付ける方向に行きたい」

「セキレイ……」

 困ったように名を呼ぶ姉と、しょぼくれた兄を見つめ、エンは溜息を吐いた。

「事情を、お話し願えませんか? 全く話が見えなくて、こちらとしては、どう追い返すか判断不能なんです」

「いや、追い返す気かっ?」

「話は見えませんが、厄介ごとなのは分かりますから」

 穏やかに返した弟を、急に元気になったセキレイは、弾けるように睨む。

「お前な、少しは兄を労わる気持ちを、持ってはどうだっ?」

「そんなもの持って、何か利がありますか?」

 このままでは、話を暴露するだけさせて、世間話を聞いた風で追い返されるのがオチだと察し、セキレイは悔しそうに唇をかむ。

「いや、別に話したくないのならばどうぞ、お帰りは、あちらです」

 穏やかに笑いながら、玄関の方を指さす弟が、昔と変わらず酷い。

「……お前、親父とは違う鬼畜振りに、拍車がかかってないかっ?」

「違ってて幸いです。似ていると言われたら、立ち直れませんから」

 どんな憎まれ口も、どこ吹く風で返す弟に、セキレイは敵わないと知りつつ身を乗り出そうとしたが、それより先に隣の姉が声を発した。

「カエン?」

「はい」

 その空気が固くなるのに構わず、エンは本名を呼んだ姉に返す。

「事情を話してもいいけど、お前も一枚噛んで欲しいな」

「いえ、無理に話して下さらなくて、結構です。ですから、一枚も噛む気はありません」

「……こういう時位、お姉さんたちを助けてよ?」

 小柄な愛らしい女が、可愛らしく首を傾げるのに、優しい顔立ちの男も穏やかに笑って首を傾げた。

「こういう時だけ、姉貴面する人を? 何の利点もないのに、何故?」

 間延びする笑い声を立て、シュウレイは首を振った。

「聞き分けない弟だなあ。ちょっと、お仕置きしちゃおっか?」

「あ、姉上?」

「お仕置き、ですか?」

 穏やかに笑った弟も、首を振った。

「先に、それこそ土下座でもして、頼んではどうですか? 事情を話すから、手を貸せと」

 いつの間にか徐々に、空気が引き締まり始め、今では凍り付いていた。

 セキレイが気づいた時には、止める事が出来ない程に、部屋の空気は張り詰め、逃げる事すらできなくなっていた。

 助けを求めて他の男女を見るが、長身の男女は呑気に茶を啜り、何やら爪楊枝で突いて口にしている。

 目線に気付いた雅が、黒い輪切りにした食べ物を持った皿を、セキレイに差し出して来た。

「お一つ、どうですか?」

「な、何だ、それは?」

「エンが作った、つくだ煮です。おすそ分けしようと思っていた所に、丁度あなた方がいらしたんですよ。すごい偶然ですよね」

 優しい笑顔の女の横で、それを勧めるかと男の方は苦笑いだ。

「味見していきませんか? 今日お渡しする手土産の一つが、これなんですよ」

「あ、ああ」

 空気に構わないその勧めに、セキレイは戸惑いながらも乗り、爪楊枝をつまむ。

 佃煮と言うより、黒い沢庵の見た目のそれを、興味津々の男女の前で口にした。

 そんな外野に構わず、義姉弟が激突する寸前、邪魔が入った。

 隣の部屋から、大きな騒音と共に、振動が家中揺るがしたのだ。

「っ、な、何っ?」

「じ、地震かっ? 火山の噴火かっ?」

 我に返ったシュウレイと、慌てふためくセキレイの前で、我に返ったエンが隣の部屋のある方に目を向ける。

 そして、天井を仰ぐもう一人の男を、軽く睨んだ。

「客が来たから、静かに遊べと伝えてくれたんだよな?」

「済まない。多分、遊んでいる内に、スイッチが入ったんだ」

「ったく、掃除がまた、大変そうだな」

 溜息を吐く弟に目線で問うと、エンは笑顔で言った。

「近所の子供たちと、猫が蛇で遊んでいるんです」

「は? 蛇?」

「毒蛇じゃないよね?」

 思わず立ち上がったシュウレイは、エンが止める間もなく隣に続く襖を開けた。

 途端に、黒い塊が部屋に飛び込んで来た。

 それに続いて、二つの塊も飛び込んで来る。

 逃げる黒い鱗の蛇を、二匹の猫が追いかけて突きまわしていた。

 頭と長いしっぽだけに柄がある、丸みを帯びた三毛猫と、長いしっぽの先が丸く曲がった、全身黒い細身の猫だ。

 興に乗った二匹は、他の客など構わずに、部屋の中を駆けまわっている。

 振動がすごいのは、その大きさのせいだった。

「……西洋の猫の血でも、入ってるのか?」

 自分の腕程の太さの手先の爪に、危うく引っ掻かれそうになりながら、腰の引けたセキレイがその大きさに目を剝いている。

 大型のネコ科かと思えるほどの大きさだったが、柄が愛らしすぎる。

「西洋の子たちだけど、種類が大きいって訳じゃない」

 静かな女の声が、答えた。

 振り返って隣の部屋を見ると、一抱えの壺を抱えて正座する少女と、その隣に座ったまま目を丸くしている少年少女、そして二人の女がいた。

「余りに永く、主を持たない状態で長生きしてしまったせいで、人形の兄弟と同じくらいに成長しちゃったんだ」

「早く猫としての生活をするか、主を見つけろと言っていたんだけど。人見知りだからね、その子たち」

 小柄な茶色の髪の、色白の女が苦笑しながら、長身の色白の明るい赤毛の女の呆れた言い分に返す。

 どちらも、身震いするほどの美女だ。

 だが、客の二人はその異様な空気に気付いていた。

 小柄な方は、こちらの部屋にいる男と同類で、恐らくはこの猫たちもそうだ。

 だが、赤毛の女の方は……。

 何かを言いかけるセキレイを笑顔で制し、女は別な方に笑いかけた。

「ああ、捕まえたね。持っておいで」

 見ると、黒い方の猫が蛇を咥えている。

 よく見ると、蛇も大概に大きい。

「少し弱らせる心算で遊ばせてたんだけど、ちょっとスイッチが入ったみたいだ」

 うねる蛇の尾に、名残惜しそうに三毛猫の方がじゃれるのに構わず、黒猫は女の方に寄っていく。

「先に、これを何とかしてあげようね」

「その前に、鱗は下さい」

 小柄な女に頷き、唐突にその作業は始まった。

「パフォーマンスにするなら、このくらい派手がいい」

 黒猫から受け取りざまに、頭を攫んだ長身の女は、そのままうねる胴体を真っすぐに引き伸ばした。

 頭を下にして掲げても、その胴体は真っすぐに直立している。

 目を見張る面々の前で再び胴体に手を添え、一気に刀を抜くように鱗を引き抜いてしまう。

 そのまま小柄な女に鱗を手渡し、そのまま粘土をこねるように形を整え、それを再び掲げ持ってどや顔して見せた。

 客二人が唖然として見守る中、雅とエンが仲良く拍手した。

 その横で、薄い橙色の髪の男が首を振る。

「師匠、流石にサービスが過ぎます」

「いいじゃないか。セイ坊やお前の、知り合いたちなんだろ? 勝手に遊びに出て、力のある術師を呪おうとするような性悪な蛇は、動けなくすることがまずは大事。じゃないと、返された術が、封印していた家系に返るから」

「そうそう」

 小柄な女は頷きながら、鱗を弄んでいる。

 器用に手を動かしながら、何やら作り上げている。

「はい、これ、セイ坊にプレゼント。これなら、何匹蠱毒を入れても、破れないから、お得です」

「そう一度に何匹も捕まえられては、食べる方も大変です。でも、助かります。有難うございます」

 差し出された透明な巾着袋を受け取りながら、雅が苦笑した。

 師匠と呼ばれた女は、壺を抱えている少女に、出来上がった刀の抜き身を差し出した。

「一応、刃は殺傷力つけてないから。模擬刀という事にして、誤魔化せるはず」

「助かります」

 受け取ったのは、石川志桜里だった。

「堤の家の者として、他の家の方におすがりしている状態は、心苦しかったんです。かと言って、志門や恵兄さまと一緒だったからこそ、術を返せていたのに、今度また逃げ出した蛇が、強力な術師を襲ってその呪いを返されてしまったら、浄化するしかなくなるところでした」

 当代の堤当主が幼いからという理由で、浄化する法は使わず、返された術を分けて返す法を考え出したが、それでも相手によっては害になっていた。

 浄化していた先代までの当主たちが、軒並み短命だった理由も、その呪いの強力さゆえだろう。

「セイ坊が毒気を殆ど抜いてくれてるから、持っていてももう大丈夫。私が死ぬ迄、形は消えないから、壺代わりにもなるだろ」

「はい、有難うございました」

 隣に座る少年、古谷志門と共に、志桜里は丁寧に頭を下げた。

 それを微笑んで見つめる岩切静は、膝の上で紙袋を握りしめている。

 老年夫婦のような二人の隣で、それを見止めた男が微笑ましく思っていると、前に座る客の内、セキレイが低い声を出す。

「……あんた、一体何者だ?」

 師匠と呼ばれた女への問いに、当の女は目を丸くして首を傾げた。

「ん? 私? あれ? 君は、カスミ坊の息子だろう? 知らないのか?」

「……へ?」

「ええー。まだ顔合わせしてないだけで、存在位は教えられてるとばかり……酷いな、カスミ坊」

 嘆く女に狼狽えたのは、弟子である男だけだ。

 それがポーズと知っていても、弟子という立場から心配するのは仕方ないが、大変だなとエンは思う。

 別な意味で無反応だったのは、客の二人だ。

 静かに、シュウレイが声を出す。

「へえ、親父様は、あなたの知り合い? あいつと同じ技を使うあなたと?」

「ん? あいつ?」

「とぼけんじゃないよ。あんた、あいつの、師匠かっ?」

 急に小柄な女に詰め寄られ、きょとんとしたままの女に、小柄な方が声をかけた。

「もしや、あいつとは、あいつのことでは?」

「あー、そうなのかな? だったら、違うと言った方がいいね」

「嘘だっ」

 顔を歪めたシュウレイに、女はきっぱりと首を振る。

「本当だよ。師匠じゃない」

 そうして、全く違う爆弾を投げた。

「私は、そいつの作り主の、姑だ」

「……は?」

 ぽかんとしたシュウレイに、もう一人の女が頷いて続けた。

「そう、私の主の、お母様。正しく言うと、あなたのいうあいつは、主だった人の、元婚約者が作った紛い物」

「よって、あいつとは関係ないと、言いたいんだけどね。妙に迷惑な所業をしてるから、重い腰を上げる事にしたんだよ。ようやく、追い詰めることができそうになった、今の機会を利用して」

 姉と同じようにぽかんとしたセキレイと、作り出された透明の巾着袋を広げて、感慨深げに声を上げる男女を見比べ、女たちは顔を見合わせて笑い合った。

「話せば長いのですが、聞きますか?」

「聞くも涙、語るも涙の、長い話になる」

「最も、笑い過ぎて、ですけどね」

 息の合った二人の提案に、姉弟は即座に頷いていた。


 再び襖を閉めて、客がいる部屋と隔たれた部屋で、畳の上で寝そべる大猫二匹を見ながら、志桜里はもう一度礼を言った。

「まさか、こんなに早く手元に戻せるとは、思っていませんでした。有難うございます」

「そう何度も礼を言わなくていい。こちらとしては、昔から楽しませてもらっているから、その借りを返した程度にしか思っていないから」

「でもそれは、若に、でしょう?」

 師匠たちと入れ違いに部屋に入ったキィが、志桜里の言葉に首を振った。

「セイ坊には、まとめて返す部類の借りしかない」

 言って、隣に座っている静の頭を、乱暴に撫でた。

 師匠が何故か、堤家の御神体のことを知って、どう言う状態か見てから、何とかしてやろうと言ったのは、高校生たちを集合場所に送って行った、翌日の事だ。

 こちらの用事を大体済ませた後、一旦師匠に顔見せに行った所を捕まったキィは、ばたばたと支度を済ませ、堤家の当主だった娘の叔父を介して、志桜里と連絡を取って今日、こうして顔を合わせた。

 志門とは既に親しくなったが、その姉とは初対面だ。

 ここに来るまでの道行で、堤家の事情を知った過程を聞き出し、更に不思議だったのだが、知り合い二人と連れ立ってやって来た石川志桜里と対面した後すぐ、別な客が来たことで何となく察した。

 カスミの住処で世話になっていた師匠の元に、足止めで協力してくれた幽霊と連れ立って、一人の若者がやって来たのだそうだ。

 カスミの孫だというその若者は、こちらの事情を一通り聞いた後は、深く関る気はないように見えたが、それとなく自分が巻き込まれた事の事情を、当たり障りのない程度に話して行った。

 その、当たり障りがない程度、というのが曲者で、師匠はすっかり興味を持ってしまったのだ。

 人間の術師の寿命を削る、奇妙な壺の話に。

 セイや他の知人に聞いて、蓮という若者の事は聞いていた。

 今ではそれほどではないが、昔はその容姿に騙されて、痛い目を見た者も少なくないとも。

 だが、師匠ともあろう人が、あっさりと泳がされた挙句、若者の思惑に踊らされてしまった。

 そう恐らくは、セキレイと言う名の父親とその姉を、師匠と会わせるのがあの若者の目的だったのだ。

 エンがあの姉弟を、早く追い返したかったのは、師匠とその娘の姿を貰った女を、会わせたくなかったからだが、会わせない方が良かったのは確かだ。

「……」

 カ姉弟は、師匠の紛い物を知っている。

 しかも、あの食いつき方を見るに、とんでもない遺恨がありそうだ。

 雅の父親とは違う種類の、複雑な感情も入り混じった遺恨が。

 蓮の画策で、目的は牽制だというのは分かるが、こちらの画策に影響があるか、微妙な所だ。

 妙な顔で黙り込み、静の頭を乱暴に掻きまわすキィを見上げ、少女が不思議そうにしているのに気づき、男は笑いかけて近況を尋ねた。

 人づてに、仲のいい友人も出来、意外にも学校生活に馴染んだとは聞いているが、本人に聞くのが一番正確だろう。

 頭を解放された静は、明るい声で話し出した。

 無理しているように見えず、体を動かす仕草にも、怪我を思わせる躊躇いはない。

 話を聞きながら観察して内心安堵し、一通り聞いた話に納得して頷くと、ようやく本題に入った。

「で、それは、何で袋に入れたままなんだ?」

 キィが指さした先には、静の膝の上で両の手で握り締められたままの紙袋がある。

 指摘された静は、途端に言い淀んだ。

「こ、これは……」

 横に座る志門は困ったように眉を下げ、志桜里はにんまりと二人を見比べる。

「そ、外に出すのが、勿体なくて。傷ついたら、嫌だし」

「紙の繊維で、余計に傷つくかもしれないぞ」

 揶揄いのつもりでそう言うと、静は真顔で言い切った。

「大丈夫です、プラ袋に入ったままですから」

「……キーホルダーなんですから、家鍵に、つけてください」

 萎んだ声の少年に同情してしまうが、これは性格だった。

 昔から、厳しく躾けられた静は、褒美をもらう機会が少なかった。

 だから、貰う物全てが宝物となり、それを外に晒すのが、惜しいと考える子供になってしまった。

 奪われるような土地柄で育ったせいもあるが、傷をつけるのにすら恐れ、大事に仕舞いこんでしまう。

 罪人として捕まった時、捨てられてしまった宝物たちが、色々な経緯で戻って来た時、生き別れた兄弟と再会したかのような喜びを涙と共に表し、流石にキィも若干引いてしまったものだった。

「……無難に、お菓子にしておけばよかった」

 力なく呟く志門に、苦笑するしかない。

 もう少し、合流が早かったら、その相談も乗れたのだろうが、これは仕方ない。

「なあ、静」

 ふんわりと笑いながら、男は友人の娘の顔を覗きこんだ。

「お前、キーホルダーごときで、身につけられないと言っているが、大丈夫なのか?」

「大丈夫、とは?」

 紙袋を握りしめたまま、きょとんとする少女に、キィは首を傾げて見せた。

「これから先、誰かからかプロポーズをされて、婚約して結婚するかもしれない。そうすると、どうしても、指に貰い物を付ける事態になるぞ」

「っ」

 弾けるように志門を振り返る静に、そっと耳打ちする。

「今のままだと、求婚の贈り物も、食べ物にするしかなくなるぞ。そう言う所は、お互いに、融通できるように、努力した方がいい」

 究極の選択をしているかのような形相の静が、紙袋の中身を取り出そうとするさまを只見守る志門を、姉の志桜里は微笑ましく見守っている。

 幼い少女と高校生の少年の仲は、この後進展しているかに見えるが、本人たちがそう自覚するのは、何年も先となる。

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私情まみれのお仕事 外伝4 修学のための旅行編 赤川ココ @akagawakoko

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