第9話

 大男の中の、一番小柄な男を見つめ、険しい顔をしていた水月の表情が、その人を見て僅かに緩んだ。

 その変化に気付きつつも、凌も吹き出しそうになるのを、こらえていた。

「さあ、目的まで、粘りなさいよっ」

 語尾に色のついたようなマークがつきそうな、可愛らしい声で煽ったその人は、その声に見合った容姿で、二人に笑いかけた。

「お兄さんたちは、私が相手するわ。よろしくねっ」

 笑わせて、その隙をつく気かと、邪推してしまう程、徹底していた。

 小柄で愛らしい娘は、古着らしい和服姿で、二人の前に立ちふさがっていた。

 大男の一人が、この世の終わりのような顔でその顔を凝視し、頭を激しく振りながらも、他の大男たちとその場を去っていく。

 我に返った水月が、その後を追おうとするが、娘は妙に手慣れた雰囲気でそれを牽制していた。

 ふざけた容姿になってはいるが、相当の手練れだ。

 その娘の正体を、水月の方は察しているようで、妙に悔しそうに睨んでいる。

 そっと、気づくように凝視してやると、少年はその凌の意図に気付いた。

 小さく頷いたのを見て取り、すぐに動く。

 軽く攻撃する凌の動きと同時に、水月も動いて踵を返す。

「あ、酷いっ。二人で相手して欲しいのにっ」

「や、止めてくれ。脱力する」

 娘の頬を膨らませての文句にも振り返らず、少年はそこを逃れたが、凌の方はもろにそのあおりを受けた。

 酒を飲んでいなくても、すぐ笑ってしまう大男は、切実な声で頼んだ。

 不服そうにしたままこちらを見る娘に、続ける。

「そんな言葉づかいで、こちらを欺かなくても、足止めする自信は、あるんだろう?」

 気を引き締めて笑う男を見、娘は微笑んだ。

 先程の、無邪気な愛らしい笑顔ではない。

「久しぶりに、同等の者二人を相手にするので、脱力させてからがいいのではと言う、もっともな意見がありましたもので。どうでしたかな? 無邪気な娘に、見えましたか?」

「……中身を知っていると、微妙、だ」

 凌が真顔で答えた。

「お前さん、カスミの幼馴染の、鬼殺しだな?」

 娘が、目を瞬いた。

「お会いしたことが、ありましたかな? 確かに、水月が義姉上の嫁入りに付いてくる前までは、カスミ殿とも親しくしておりましたが」

「迎えに行く前に、カスミの身の回りを調べた。生まれてから、我らが見つけるまで、母親ですらその存在に怯え、死を願われていたあいつが、その地の領主の何人目かの子供とは、いわば喧嘩仲間らしいと言うのは、すぐに分かった」

 考え込みながら大男の説明を聞いた娘は、苦笑しながら首を振った。

「一方的に、攻撃していただけです。あちらは、どんなに負傷しても、一瞬で元通りになっていた御仁ですから、いかに長くひき肉状態に出来るかを考えながら、日々修業をしている感覚で、攻撃しておりました。それを、幼馴染とは。今の世では、いじめと同じでありましょう」

 本質はいじめと言うより、退治する者とされる者の間柄だったのだがと、娘は困った顔だ。

 それを見ながら、初めはそうだったのかと納得しつつ、首を振った。

「本人がそうは思っていない。思っているのなら、そうやってお前さんの頼みなど聞かないだろう」

 聞くにしても、もう少し化ける者を選んで欲しかったが、これが狙いならば完全に成功している。

 溜息を吐く凌に、娘は不思議そうに首を傾げた。

「お相手、してはくれませんか?」

「しても構わないとは思う。だが、少し待て」

 少しだけ意識をよそに向けながら、大男は色々と確認する。

 尾行していた蓮が、水月の方を追って行ったことと、周囲に巻き込みそうな人間がいない事、建物の劣化した場所が何処かなど、簡単に気配で浚い、再び娘に意識を戻した。

「よし」

 頷いて、左手に右こぶしを合わせて自分を見やる大男を、娘は微笑んで見返した。

「この辺りは今、大型施設の建設のために、立ち退きが進められているそうです。このマンションより向こうは、人は住んでいないようです」

「元々、シャッター街と言う奴だったんだろうな。まあ、瓦礫を撤去する手間はあるが、破壊の方は引き受けるか」

 同じように、周囲の様子は伺っていたらしい娘の言に頷き、凌も笑い返した。

 紫色の瞳が、好戦的に光る。

 甥っ子の一人が、この件に何処まで関わっているのか、気にするのは後回しだ。

 水月以来の好敵手を前に、大男は久しぶりに手加減なしで、娘に飛び掛かって行った。


 地震と勘違いしそうな振動が、地面を揺るがす。

 待ち合わせ場所のワゴン車に駆け寄った三人の男は、足元が泳ぐ感覚にたじろぎ、一瞬足を止めた。

 待ち受けている方も、自動車の前で及び腰になったが、すぐに収まった揺れに安堵し、大男たちを見た。

 正確には、三人が担いでいる荷物を見上げる。

「警戒していても、やはり子供か。親しい者が接触を図ると、出て来たくなるか」

「世間知らずの子供らしい。やはり堤にはふさわしくないな」

 ふてぶてしい感想を述べた、中年の小太りの男と大太りの男の横で、そのどちらかの息子らしい小柄な若い男が首を傾げた。

「何で、他のガキまで連れて来たんだ?」

「逃げられないための、保険だそうだ。その堤のガキが、こちらの思惑に乗ってくれると、そう確信してから処分しろ、だと」

 恵よりも五つ程年かさのその若い男は、説明した時雨の言葉に鼻を鳴らしながら言う。

「簡単に言ってくれるな。人一人片付けるのにも、意外に手間がいるというのに」

「余計な人害は、北森の当主殿にも、受けは悪い。だが……」

 大太りの男が、好色の笑みを浮かべた。

「まあ、見目が良ければ、片付けも意外に儲けになる」

 目を細めただけの氷雨と違い、露骨に顔を顰めてしまった春雨は、顔を背ける事でその感情を人間たちから隠した。

 時雨だけは、無表情のまま男たちを見返し、静かに答えた。

「その辺りは、任せると恵は言っていた。あいつは、直接従弟とこの話をするには、気が弱すぎる」

「泣かれて情に訴えられて、逃がされても困るな」

 一緒に連れて来た子供たちが逃がされた後、自分達がした事を拉致などと言う犯罪として、世間に訴えでもしては、全てがお終いになる。

 連れてきてしまったからには、口封じも兼ねた処分を考える必要があった。

「どうであれ、早く連れて行け。不味いのが、追って来る前に」

 静かにせかす時雨の言葉に、小太りの男が慌てたように頷いて、自動車の後部のドアを開ける。

 その中の座席のシートに、抱えていた子供たちを四人、起こさないように座らせた。

「恵は、後で来るんだな?」

 訊きながら自動車に乗り込み、頷く大男を見る事もなく、口早に気のないねぎらいの言葉をかけると、走り去っていった。

「……」

 それを見送りながら、氷雨が気の抜けた溜息を吐いた。

 先程から、珍しく表情が豊かな弟を振り返ると、兄を見返した男は気の抜けた笑みを浮かべた。

「……本物との落差が、姿形が似ている分、衝撃なんだ」

「生きた実物は見た事がなかったが、そんなに似ていたのか」

 時雨と春雨が、あの娘と顔を合わせたのは、すでに体が冷たくなった後で、先程の牢人の姿の男が取った姿にピンと来なかったが、生きた娘を直に見て、話したことがある氷雨からすると、色々と衝撃だったらしい。

「一体、何のつもりで、あんな格好になったんだ?」

 意表を突くつもりならば、何も自分たちの知る娘に化ける事もないだろうに。

 お蔭で、動揺しているのは氷雨だけで、追手の方は噴き出しそうな顔をしただけだった。

「笑わせて、殺意を削ぐつもりだったのなら、成功……」

 真剣に意図を考えて、答えを出した時雨だったが、すぐに取り消した。

 弟たちを振り返る目に、緊張が宿る。

「逆効果、だったのか?」

 顔を強張らせてこちらを振り返る大男三人に、少年はゆっくりと近づきながら、その疑問に答えてくれた。

「逆効果とは言わんが、成功とは、言い難いな」

 そうして、ガタイの差をものともせず、やんわりと微笑んで見せた。

「首尾よく、人間に子供たちを引き渡したようだな」

「……自動車相手では、流石に追いつけまい?」

 時雨も笑い返しつつ答えたが、その顔は引き攣っている。

 たった一人の、小柄と言ってもいい位の小さな美少年に、何故か委縮していた。

 昨日の、あの金髪の若者とは違う種類の、畏怖だ。

 大男の負け惜しみの言葉に、少年は小さく声を立てて笑った。

「追いつく手立ては、いくらでも考えられる。一応、追っている者もいるから、実際は逃げきれていない」

「なっ」

 はっとした三人が、自動車が走り去った方向を振り返って踵を返すが、優しい声がその後の動きを止めた。

「逆効果と言うより、立場が逆転した、と言う方が正しいな」

 首だけ振り返る時雨に、森口水月ははっきりと言い切る。

「奴らが向かう場所に、何があるのかは知らんが、その暴露を防ぎたければ、まずはオレを倒してから、だな」

 襲う立場から、立ち塞がる立場に逆転した少年は、それを暴れる名義体分とする気満々だ。

 好戦的な笑みになったその綺麗な顔を見据え、大男の中で比較的小柄な氷雨が、兄弟たちに呼び掛ける。

「……ここは、任せろ。まだ、あの方々を、犯罪者にするわけには、いかない」

 決死の申し出だったが、それを聞いた少年は呆れたように笑った。

「すでに、これ以上ないほどの犯罪者だろうが。意志のない状態での、連れ去りだ。人間たちの方の手慣れ感が寧ろ、初犯ではないと疑わせてるんだが」

「黙れっ」

 三人が同時に動いた。

 水月に飛び掛かった氷雨と、全く別方向に駆けだした兄弟が、何かに足をすくわれて派手に転んだ。

 ぎょっとして振り返った氷雨も、あり得ない強さの打撃で、近くの建物の壁に体を打ち付けられる。

「多人数を相手取る時の利点は、手加減を間違えても、言い訳出来る事だ」

 大男たちを見下ろす少年は、先程と同じ場所に立ち尽くしていた。

 優しい笑顔を浮かべ、やんわりと言う。

「喧嘩仲間の旦那や、得体のしれない力の持ち主とは違い、一番気兼ねがいらない」

 そんな理由で、昔から凌と二人で追っている時に、敵が二手に分かれた場合、水月が多人数を追うと、暗黙の了解で決まっていた。

 手ごたえがありそうな敵を相手取る凌が追い付くまでに、水月が追い詰めた多人数の敵を滅する。

「三人程度では、そう時間はかからないな」

 嘘だと笑い飛ばしたいが、小柄な少年のどこから湧き出ているのか分からない、言いようのない威圧が、三人の大男を固まらせていた。

 捨て駒、その言葉をようやく自覚した。

 これは確かに、生き残れない。

 三人が、心の中で完全に覚悟を決めた時、水月が音もなく近づいた。

 時雨と春雨が身をよじるが、いつの間にか絡まった細い糸が、体中を拘束していた。

「……っ」

 目を剝く氷雨の前に、少年が仁王立ちする。

「その前に、お前に尋ねたいことができた。答え次第では、兄弟たちは苦しませずに、瞬殺してやる」

「……」

 拒否権がない。

 優しい笑顔が間近に迫る。

 綺麗なのに、見惚れる余裕がない。

 引き攣った顔の兄弟を、兄と弟は成す術もなく見守っている。

「お前、白変種はくへんしゅの獣だな?」

 息を呑んだのは、少年の背後の兄弟たちだった。

 氷雨の方は、剥いた目が更に丸くなっただけで、すぐに頷く。

「それが、どうした?」

「いや、白変種がここまで成長しているのは珍しいものでな。人間に化けられる程、妖化しているのに力がない状態では、特に」

 群れで生活する者や、成長するまで家族に守られながら生きる獣は保護色として、群れや家族に似た色合いで生まれる事の方が多い。

 白変種と、現在では言われている白い獣は、瞳の色まで完全に抜けてしまっているアルビノ種ほどではないが、今でも生存率が低い。

 大昔、律が幼い時分、良く寝込んでいたのは、毛色が白かったため親から放置されていた挙句、捨てられたせいだ。

 他の群れでも、本能で白い個体を見捨てる獣が多い中、人形を取れるほどに成長した妖は、珍しい。

 そう説明されて顔を顰めた大男を見つめながら、水月は拳をその胸に押し当てた。

「……この呪いをかけた奴は、何処だ?」

「……何?」

 何の事かと怪訝な顔をする氷雨に、少年は眉を寄せた。

「気づいていなかったのか? まさか、単に、人間の術師に負けたために、力を失ったとでも、思っていたのか?」

 人間の術師と、獣の妖は相性が悪い。

 そんな両者の諍いの先での敗北は、力を完全に消失した上での、死だ。

 実際、氷雨も生死の境をさ迷った後、再び人の姿を取れるようになるまで、年月がかかった。

「辛うじてでも生きていたのは、力を抑え込まれただけだったからだ」

 抑え込まれても、本来の力が僅かに滲み、それが命を繋いだ。

「まあ、人間が、そんな荒行を仕掛けられる程度には、お前さんも油断していたんだろうが」

 当時の記憶を掘り返して思い当たり、呆然と見上げた大男が確認の言葉を投げる前に、指摘した少年は首を振った。

「まあ、それはどうでもいい。それ以上は、お前さん達が考える事はない。ただ、答えるだけでいい」

 やんわりと、気楽な声音が舌を凍らせた。

 有無を言わせない空気が、三人の大男を縛りつけていた。

「お前をそこまで落とした術師は、何処にいる? 答えないならば、お前の兄弟を、楽に死なせてはやらない。まあ、死は免れないのだから、口を噤んでも構わないぞ」

 既に、何も知らないと踏んだ少年は、投げ槍に笑って見せる。

 図星の兄弟たちは、完全に死を覚悟していた。


 永く生きていると、手ごたえがある相手が、惜しい存在となる。

 それは、凌の相手をしてくれる娘の方も、同じなようだ。

 嬉々として飛び掛かる娘が手にしているのは、何処で手に入れたのか、片手で握り締められる程の細さの、一メートルほどの塩ビパイプだった。

 耳の横で風を切るそれを見止め、ついつい尋ねる。

「カスミが、ホームセンターで買い物とは、時代は流れるものだなっ」

「全くですなっ。警棒でも売っていればと、向かったようですが、なかったようですっ」

「そうかっ、それは仕方がないっ。ただでさえ、プロ以外が買い求める物が、そろっていて大丈夫なのかと、そう思っている位だっ。警棒だのスタンガンだの、一つ間違えば自衛じゃなく、犯罪に使われそうだっ」

「成程っ。その辺りは、許可制なのですねっ」

 周囲の建物を破壊しながら、激しい乱闘を繰り広げる二人は、合間に呑気な会話を交わしていた。

 殆ど加減なく、拳を繰り出す大男に、こちらも手加減なく塩ビパイプを武器に応戦する娘。

 誰も止める者がいないその競り合いは、住民がいない元繁華街を破壊しつくして、収まった。

「ああ、すっきりした。意外に、鬱憤が溜まっていたようだ。礼を言う」

 息も乱していない凌が、すっきりとした顔で言うと、小柄な娘は楽しそうに笑って首を振った。

「お役に立てなのなら、良かった。ミヅキと、合流しますか?」

「ああ。もしかしたら、片づけが必要な事態かも知れないから、先に見積もりをしよう」

 何の見積もりか、言わなくても察した娘は、困ったように笑いながらも頷き、大男の後に続く。

 暫く走った先の交差点の歩道で、水月は立ち尽くしていた。

 近づくと、ゆっくりと振り返る。

「? 水月?」

「……子供たちは、堤の分家が連れ去った。場所は……」

 淡々と、珍しく表情を出さずに、少年は場所を告げる。

「先に、行ってくれ。最悪な事態になる前に」

「お前は? その草食の獣たちは、どうするんだ?」

 凌が目を向けた水月の足元には、三人の大男が跪いてうなだれている。

 未だ、形が残っているのが意外で、目を丸くした銀髪の大男に、少年は優しく笑って見せた。

「これから、片付ける。あんたが子供たちを助けて戻る頃には、後片付けも終わらせておく」

「言っておくが、人形を取れる獣は、獣として調理できない事もあるぞ」

「知ってる。勿体ないが、しっかりと土に返せるよう、考える」

 それならばいいと頷き、凌は告げられた場所に駆けだした。

 しばし考えてから、娘の方もその後を追って行く。

 その後姿を、無言で見送る視線を背に感じながら、凌は眉を寄せていた。

「……」

 どちらかと言うと軽い男の水月が、重い空気を纏っているのを感じ、一瞬身構えてしまった。

 同じことが、昔もあった。

 何を隠そう、何処からか呪いを持って帰った時の、水月と同じ感覚だった。

 だから、近くに座り込んでいた大男の誰かが、その手の呪いをかけたのかと、警戒してしまって、慎重に呼んだのだが杞憂だったようだ。

 安堵しながら歩きつつも、別な疑問が浮かぶ。

「……あの三人では、あなたやミヅキには太刀打ちできません」

 並んで走る娘が、静かに言った。

「この国に昔から生息している、草食動物の妖のようです。体は大きく力が強いゆえに、術よりも力技を得手としている者たちですが、あなた方では、通用しないでしょう」

「お前さんにも、通用しそうにないな」

 前を向いたまま足を進め、凌は頷いた。

「珍しいな。あの光景は」

「そうですか。あなたが言うのならば、あの子は大人になっても、そうだったのですね。敵とみなしたものは、子供以外、全て瞬殺すべし。ミヅキが敬愛する、お師匠の教えです」

 楽し気に頷いて返した娘の言葉に、思わず夜空を仰いだ。

「……やはり、一度くらい手合わせたかったな。ハヅキ殿に競り合いを申し出るたびに、嘘泣きされた挙句嫌がられたんで、結局できなかったんだよな」

「それは、残念ですな。恐ろしく、手ごたえのある方でしたよ」

 二人して遠い昔の方に思いが飛びそうになり、すぐに話を戻す。

「正気の水月が、敵とみなしたあいつらを、未だ生かしていた上に、子供たちが連れ去られた場所も、吐かせていた。どう言う風の吹き回しだ?」

「……吐かせた割に、真実を半分ほどしか語らせることができなかったのも、半端な気がしますな」

 頷く娘の言葉に引っかかり、横に並ぶその顔を見直すと、やんわりと笑われた。

「……カスミは、どう言う筋書きを用意しているんだ?」

「あの人の画策が、筋を通しているはずがないでしょう。最も、私も、筋書きを書いている者の意図を、うまく計れてはおりませんが、カスミ殿の意図ではないのは、はっきりとしております」

 何故なら、カスミもこの先の話が見えた時、多少驚いたようだったのだ。

「勿論、すぐに、それはいいと喜んでおられましたが」

「……喜んだ? カスミが?」

 よく分からないが、最悪な筋書きではないようだ。

 凌は娘との会話でそう察し、目的の場所へと急いだ。

 倒産した小さな工場の建物についた銀髪の大男は、この時すっかり忘れていた。

 旅行に出て来た、本当の目的が何だったのか。

 それを思い出すのは、数分後だった。


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