第8話

 堤恵と初めて会ったのは、市原葵だった。

 叔父の珊瑚を尋ねて迷い、諦めて家路につくための交通機関に乗る、駅に向かったもののやはり迷い、道を尋ねた少年の中に、カツアゲされている真っ最中だった恵がいたのだ。

 藁にもすがる思いで、学生らしき少年たちに声をかけたのに、一目散に逃げていかれ、呆然とした大男が手にしているメモを覗き見た恵が、恐怖で小さく悲鳴を上げた。

 全員逃げたものと思っていたのに、一人残っているのに気づき、葵が声を掛けようとした時、少年が悲鳴じみた声で答えた。

「し、知りませんっっ。さようならっっ」

 そのただならぬ様子に度肝を抜かれた大男は、脱兎のごとく走り出した少年を、ついつい追いかけてしまった。

「で、家に帰りついて、珊瑚にしがみ付く恵に追いついた」

「……」

 叔父に会いに行ったものの迷ってしまい、諦めて帰ろうとした葵は、本当に偶々、叔父と再会した。

 似たような場面に遭遇したことがある森口水月が、呆れた顔で蓮の話を聞いている。

 凌の方は慎重に、蓮の様子を見ながら話を促した。

「オレが、堤家の話を聞いたのは、その少し後です。健一を預かる事になってから、一年も経ってなかったかと」

 その葵に電話で確認している間に、二人の親世代の男に間合いに入られてしまい、蓮は自分の不安の原因を説明するべく、堤恵との初対面の時の記憶を辿っていた。

「古谷家の直が、引っ越した友人に会うために、あの近辺に行くのに、付き添ったんです」

 偶々、セイとの仕事がこの辺りで予定されており、まだ未成年だった直の保護者として、同行したのだった。

 そうしたら、同年代の少年に絡まれる、恵がいた。

 血相を変えたまま立ち尽くす少年は、悲鳴すらかみ殺しながらも焦った様子で、何とかその輪から抜けようとしていた。

 直が目を細め、無言で許可を得ようとしているのに、セイが考えている間に蓮が無言で頷いた。

「大勢で一人を、どう考えても力のない者を追い詰めるのを、黙って見ているのは性に合わないんです」

 セイに呆れた顔をされたのを思い出し、そこで若者は、言い訳を口に乗せた。

 凌が無言で頷き、水月も言う。

「見て見ぬふりをするのは、弱い人間の権利だが、オレたちにはそれは当てはまらないからな」

 直にも、当てはまらない。

 荒い声で間に入り、多少手荒に少年たちを追い払った。

 小さな声で礼を言った少年は、そのまま立ち去ろうとしたのだが、顔を上げた時に空を仰ぎ、顔を引き攣らせた。

「っ」

 引き攣った悲鳴を上げる少年の視線を追うと、その先でセイが無言で何かを攫んでいた。

「やった。また一つ、捕まえられた」

「って、若っ? それ、手づかみは駄目ですってっ。ちゃんと、菜箸使って下さいっ」

 直が斜め上の窘め方をしていたが、蓮は別な事実に唖然とした。

「蠱毒は、手で攫めるもんだったのか」

「そうなんだよ。下手に返すより、罪悪感がなくて、有難い事実だよな」

 それを聞いて笑う水月と、その事実が本当なのかと疑いの目を向ける凌に、蓮はセイが捕まえたそれの大きさを、両手を使って表した。

「生後、ひと月位の小型犬くらいの大きさの、ガマでした」

「……それは、今ある疑問に、関係ある説明か?」

 凌は兎も角、水月には大いに関係あると答えたいが、蓮は曖昧に頷いた。

「まあ、半分くらいは。……恵に向けた、悪意だったんです。家の派閥の一つからの」

 当時高校一年だった恵は、当主を傀儡にしたい派閥からは、嫌悪されていた。

 単に、当主の従兄と言うだけで、偉そうにしているのも不評を買っていたのだろう。

「実際は、幼い当主の方に、その手の悪意が行かないように、泥をかぶっていただけで、恵本人はどちらかというと気の弱い男です」

 だから、人前では術を使いたくないと怯え、術を誤って同級生に使わないようにと、口を必要以上に噤み続けていた結果、その同級生に悪絡みされてしまう事が、多々あったらしい。

「特にあの頃は、外に出ると蠱毒や式神を仕掛けられるようにもなっていて、返すたびに弱い神経を削られていたようです」

 式神や蠱毒を術師に返す行為は、送った術師を害するという事で、間接的に人を害している事になる。

 最悪、手にかけているかもしれない。

 そちらの方が怖く、精神を削っている理由だったが、ついつい条件反射で、襲うものはことごとく返してしまうのだと、その後何とか落ち着いてくれた恵は、掠れた声で話した。

 それに同情したのは、直だ。

 手際よく手提げ袋から麻袋を取り出し、セイの捕まえた蠱毒をその中に入れて貰い、しっかりと口を閉じて若者に手渡しながらも、はっきりとした口調で伺いを立てた。

「若、こいつを家まで送ってもいいですか?」

「……いいけど、こんな現実味がない話を、信じるのか?」

 余りに険しい生活を暴露した少年の言葉を、知らず聞き出した潤滑油のはずのセイが、疑っていた。

 確かにたった今助けてくれただけの、初対面の三人に、道端で話す悩みではないが、この現象はセイと一緒の時は珍しくない。

「被害妄想でも、そうでなくても、この子が切羽詰まっているのは、お前も分かるだろ?」

 何で、首尾よく蠱毒を入れる袋を持ってるのか、そして何でそれをお持ち帰りする気満々なんだと、当時その辺りの事情を知らなかった蓮は内心思いながらも、直に同意した。

 恵の方も、礼をしたいと頷き、当時父親と住んでいた住居に案内された。

 そこでようやく、堤家の分家であることを知る。

「堤家の当主は既に代替わりし、幼い少女の後見人として、叔父である恵の父親がいた。どこから洩れたのか、その頃には、幼い当主の弟の存在が、派閥内にも知れ始めていて、それで争いが起き始めていました」

 本当ならば、その弟も正式にお披露目し、当主の補佐として育てたかったのだが、出来なかった。

 必死で隠し、外で遊ばせることも出来なかった理由があった。

「……名前が、分からなかったんです」

 老獪な大人である二人が、眉を寄せた。

 珍しく頭の上に、疑問符が浮かんでいるように見える。

 まあ、そうだよなと、蓮も頷く。

 こんな話、通常はあり得ない。

 親が名を付けなかったのなら、育てるものがつけて呼べばいいだけだ。

 だが、堤家は、そう出来なかったのだ。

「……堤の直系は、名前自体に守護の呪いをかけ、その身を守っているそうです」

 直系から遥かに離れてしまった分家には、その呪いのかけ方は伝わらないが、斬当主の弟だった恵の父親は知っており、自分の一人息子にもそれをかけた。

 名前を名乗り、呼ばれる事でより強固になる、守護の呪いだ。

「それをかけるタイミングは、出産して顔合わせした時で、前当主は娘の名もすぐに名付けた。子供の父親である石川一樹が、前もって名前を考えていたんでしょう」

 長男で次子の男の子も、顔合わせした時に名付けたようだった。

 そして、石川家にその子の母子手帳を送る手はずを整え、周囲にその名を伝える前に、体調が急変した。

「そのまま意識が戻らず、帰らぬ人となった。子供に名付けた時に、自分の死期を察していたんでしょう。ただ、予想よりも早かったために、家の者にその名を告げることができなかった」

「……」

「当時、石川一樹は家を出ていて、連絡先を知るのは堤家当主のみだったため、母子手帳に書かれているだろう子供の名も、見ることができなかったそうです」

 だからこそ、家の奥に隠して育て、出来る限りの教養は与えたようだったが、そろそろ隠し切れなくなっていた。

 その話を、急遽呼ばれた珊瑚から聞いた後、正式な頼みごとを受けた。

「石川一樹の行方を、オレが正式な依頼を受けて、探し出しました」

 ただ、見つけた後の接触は、意外に難しかった。

 武家から術師に転身した石川家は、武術にも長けているが、呪術にもたけているため、術関係に弱い蓮が、下手に近づけなかったのだ。

「それでも、何とか隅々まで情報を集めてから、後はセイの方に任せようと盥を回した時に、例の襲撃があったんです」

 林家からの、堤家当主を狙う襲撃。

 何とか、命は助かったものの、暫くは予断を許さない状態になった中学二年の少女に、恵とその父親は付ききりで看病に回っていた。

 その間、当主の弟の面倒を見る者が、いなくなった。

 略奪を考える親族には、格好の機会だった。

 珊瑚と十二歳のその少年は、面識がない。

 誰を付けても不安がらせてしまうならばと、恵は一計を案じたのだ。

「その時には、石川一樹の居場所が割れ、取りあえず古谷家当主とセイが、会ってみようという段になっていたので、日時を確認して、少年を父親の元に送り出した」

 石川一樹が待っている土地の駅までの乗車券と共に、もしものための全国共通の回数カードも持たせ、恵は少年を家から出した。

 こっそりと送り出したつもりでも、やはり子供がやる事だ、すぐにばれてしまい、少年は結局、父親のいる土地に降り立てなかった。

 代わりに、強力な護衛に守られながら、折り返して来たのだった。

「古谷志門は、その経緯を知っていて、恵を慕っている。兄弟子の直の信頼も得ているあの従兄が、従弟をダシに、何かをやらかすとは、考え難いんですが……」

 そこまで説明した蓮が、初めて口ごもった。

「先程、葵にも確認して、恵との合流は周知されているのも、分かりました」

「何が、お前さんを、そこまで不審がらせているんだ?」

 凌が、静かに問いかけた。

 付き合いはまだ短いが、若者の父親から聞いている。

 蓮の勘は、その弟のコウヒのそれよりも、侮れないと。

「……手伝ってもらっていた人が、戻ってこない」

 そんな些細な事が、蓮を不安にさせていた。

「その人は、余程勘が良くなければ、視えない類の人ですが、視えてしまえば、格好の獲物になる可能性もある、複雑な状態にある人です。もしかしたら、質の悪い術師に見つかってしまって、悪用される事態になっているかもしれません」

 そうなっては、余程の使い手でなければ、手に余る悪霊になってしまうだろうと、苦い顔で言われ、二人の大人は大きく唸った。

「……つまり、お前さんは、高校生たちの無事は、確信してるのか?」

「ええ。古谷家を含む、地元の連中が承知している合流なら、間違いなくその上にも報告は届いています。恵が悪巧みしていても、その段階で明らかになっていて、注意を促すくらいはしているでしょう」

 そう言う事態ならば、葵があんなに呑気に答える筈がない。

 電話越しの大男の刑事の声で、蓮はそう判断していた。

 だから、自分の仕事を手伝ってくれている人の、安否だけが心配だった。

「合流場所と時間は、学生たちと同じ駅前でした。何か変わった動きがあれば、経緯の良しあし問わず報告に戻ってくれるはずです。それがないので、気になっているんです」

 話したって仕方がないと思いつつ、つい話してしまった蓮は、苦い顔のままだ。

 何で、少しも不安が浮かばなかったのか。

 常にない、自分の失敗が、信じられない。

 別な何かの干渉で、調子が崩れている、そんな気持ち悪い思いが、より不安を募らせていた。

 持ち前の精神でその不安を振り払いながら、蓮は不敵に笑いを浮かべた。

「そういう訳なので、子供たちは明日には戻ります」

 自分を見つめる二人に、更に情報を伝えた。

「恵は今、大阪の南部の都市で、一人暮らししています。時々、父親が泊まりに来るので、2DKの部屋の貸しマンションです。号室は……」

「そうか、助かった。一応、子供たちがいるかも確認してこよう」

 頷いた水月は、そのまま一礼した蓮が立ち去るのを見送り、後ろに立ち尽くしていた凌に声をかけた。

「……どう思う?」

「術師は、詐欺師紛いの手が、うまいからな」

 話術や手管で人を騙すのではなく、只すれ違っただけで、その術中にはめることができる者すら、存在するぐらいに厄介だ。

気長に馴染んで裏切る術もあり、それは一般の生活でもやろうと思えばできるものだ。

「確認だけして、済めばいいんだが」

 余りに呆気ない解決が、面白くないと思っているからか、凌がそんな事を言う。

「そういう、期待しているかのような物言いは、止めておいた方がいいが、蓮と言う子の今の様子を見ると、少々引っかかるな」

「ああ」

 付き合いが浅いから、あの若者の事は分からない。

 だが、長年の経験が、蓮の様子を見て引っ掛かっていた。

「仕事の連れ合いを探しに行くと、そう言っていたが、何処にいるのかの心当たりは、あるようだったな」

 ただそれが、学生たちの安否を、覆す事態になる話に繋がるとも、思えない。

「……まあ、本当に無事なのか、確認しよう。引っ掛かりの追及は、それからでも遅くはなさそうだ」

 喧嘩仲間で、昔から角を突き合わせていたが、意外にこういう時の意見は合う二人は、頷き合って動き出した。


 いや、交通機関、使ってくれよ。

 蓮はそう思いながらも、同じように己の足で二人を追い始めた。

 まずは、葵から聞いた堤恵の所在地に向かう予定だったから、好きで追いかけているわけではないが、とんでもない場面に行き会いそうだ。

 二人に気付かれにくい距離を空けて走りながら、セイと連絡を取る。

「……葵に聞いた」

 その一言だけで、相手の若者は察する。

 溜息を吐くことなく、返事が返った。

「そうなのか」

「お前、オレも謀る気だったな?」

 籠った声にも、セイは無感情に答えた。

「ああ。分からないなら、その方が簡単だなって」

 その位の仕掛けはしていたと言われ、やっぱりと小さく呻いた。

「何か、持たせてるのか?」

「小遣いだけだよ。志門には、根付け紐を付けた、折り鶴も渡したけど」

「根付け紐?」

 蓮は、折り鶴よりも、そちらに食いついた。

「まさか、その紐は……」

「恵に渡っているのは、報告してもらってる」

 その会話だけで、話が見えた。

「……相手は? 恵が、危険な目に合う事は、ねえのか?」

「それなんだけど、誰が動いた?」

 無感情ながら、探りの問いかけだ。

 蓮も探りを入れながら、ゆっくりと答えた。

「お前の親父と、ミヤの親父が、ダブルで動いちまった」

「……そうか。二択になったな。瞬殺されるか、暫く生かされるか」

「瞬殺の、一択に見えるんだが?」

 どちらにしても、命の危険は変わりないが、まだ一時期生かされている方が、助ける余地はある。

 だが、あの二人が相手では、後者の望みはない。

「……あんたの、元主さん。恵に接触してきた」

「……何だって?」

 抑えていた声が、少しだけ跳ね上がってしまった。

 混乱する若者に、セイは無感情に説明する。

「協力者たちと、段取りしている最中に、気楽に話しかけられたらしくて、恵も誤魔化せなかったって」

「あの人はっ。人が心配しているのに、何を遊んでいるんだっ?」

「どうやら、命がけの茶番をするって気づかれたみたいで、時間稼ぎを買って出てくれたんだ」

 無感情な説明に、蓮は呆れた。

「いや、無理だろう。あの二人に視えはするだろうが、触れねえんだぞ。それともお前、こっちに来てんのか?」

「……」

 セイが、少しだけ沈黙した。

 それで、こちらが含んだ疑いに気付いたことが、容易に分かる。

「……その話は、また今度、詳しく訊きに来る。今は、それどころじゃねえ」

「……関西より北の方にいるから、私はあの人に細工は出来ない。恵にその人の加勢を容認しただけだ。あんたは知らなかったのか? カスミが、そこに在住しているのを?」

 初耳だ。

 驚くとともに、嫌な予感が駆け巡った。

 大男と少年の組み合わせの二人が、恵の住むマンションの下で、大男が三人、何かを運んでいるのを見つけ、駆けだすのを目で追う。

 軽々と、何かの包みを抱えていた大男の一人が、それに気づいて悲鳴を上げた。

 切羽詰まった声を上げ、一目散に逃げ始めた三人にすぐ追いついた二人は、両脇を固めて立った。

 どちらも武器を持っていないが、全く安心できない。

 水月はどうか分からないが、凌は無手の技を教えていた経緯もあるのだ。

 それに、全く心もとない様子がない水月も、武器なしで対応可能だと、察せられた。

 大荷物を持ったまま唇をかんだ大男の一人が、覚悟を決めたように少年の方を見据えた時、その少年が何故か飛びのいた。

 水月を飛びのかせたそれは、凌の方にも何やら攻撃を加え、その隙をついて大男たちは囲いを脱出した。

 振り返らない大男たちに、それが楽しそうに煽った。

「さあ、目的地まで、粘りなさいよっ」

 その邪魔が誰かを察した蓮は、危うく電話を取り落としそうになる程、唖然とした。


「? 蓮? もしもし?」

 突如黙り込んだ相手に、セイは呼びかけたが、すぐに乱暴に通信が遮断され、眉を寄せた。

「切れた。どうしたんだろう?」

 独り言を拾ったのは、傍に立つ男だった。

「大方、予想外の変化だったから、驚いたんだろう」

「? 可愛らしい女性とか、無垢な少年とかなら、予想範囲内だろう?」

 少し前に、実際にそんな容姿で、仕事の現場に現れたのを知るセイは、不思議そうに首を傾げる。

 黒づくめの男は、緑色の瞳を落とし、若者と目線を合わせた。

「その主の中身を知っていれば、見たくない変化だろうな」

「成程」

 セイはあまり面識がなく、カスミに人に触れるようにしてもらうと言ったあの人の申し出に、好都合と思っただけだったが、蓮の方はそうはいかなかったという事か。

 小さく頷いてから、目の前にそびえる山を見上げた。

「……幾重もの壁が、重なっているな」

 黒髪の男が、金髪の若者に静かに声をかける。

「そうすることで、憎悪にまみれた者を、例え強い妖しの類でも、弾ける物にしている。一枚一枚では極弱い壁だ」

「幾重にも重なっているからこそ、その一枚一枚を剥がしていけば、何とでもなりそうだな」

 この事実に、気付けばの話だが。

 気づいた二人は、今の所、どうこうする気はない。

「それは、敵対する術師にやらせた方が、角が立たないだろう」

「いや。立ちまくるだろう。下手すると、術師の争いが表面化してしまう。だが……」

 反論した男は、少し考えて唸った。

「まあ、お前が表面化するよりは、ましか」

 そう言う事だと頷いてから、セイは少しだけ考える。

 エンや雅が動かなかった事で、実はあの三人の大男の生存率が、少しだけ上がった。

 足止めに回ってくれた人が、どちらを足止めるかで、更に上がる。

 それを踏まえて、セイは敢て、大男の一人の遺恨の元を、そのままにしておいたのだ。

 その細工に気付いた人が、多少は慈悲を向けてくれれば、あの三人は拷問の後に解放されるだろう。

「……拷問は、必至か?」

「あの人の、心境次第だろうな」

 セイの考えを聞き、男は考え込んでしまった。

「オレとしては、膿の方まで引っ張って行ってくれればいいと思うが。まあ、運次第か」

 膿の方まで大男たちが辿り着けば、その膿もただでは済まない。

 追いつくはずのあの二人も許さないだろうが、もう一人、そこに向かっているはずだからだ。

 その鉢合わせの結果、あの二人の怒りがこちらに向く事態は、とても恐ろしいのだが、それよりも自分の外身になった女の、秘かな願いをかなえる方が大事なようだと、男はそれなりの覚悟をしてここにいた。


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