第5話

 二日目は、昼の食事休憩を含み、数時間の自由行動がある。

「今日の京都での三時間と、明日の奈良の三時間ね。この間に、子供たちはお土産を買ったり、周辺の観光名所に行ったり……自由に楽しむんですって」

 ただし、班行動が原則だ。

「学校の教育の主な目的は、集団行動だからな。うちの息子も、不可解な顔をしながら、それでも楽しんで来たらしい」

 森口律が、寿の短い説明に頷いた。

 中学生時代と高校生時代の修学旅行を、養子縁組した水月はそれぞれ楽しんで帰って来た。

 人好きで世話好きではあるが、一人でも生きて行けるような水月が、学校生活に馴染んだのが、律にはとても意外だ。

「今の所、その藤田家の娘さんも、篠原家の息子さんも、変わった様子はないんだな?」

 自分が紹介し取った宿に、知り合いを迎えに来たのは二日目の朝だった。

 元々は、気になる案件を調べてから落ち合う予定だったのが、少し早まったのだが、宿を出る三人とばったりと会えたのだ。

 自分の代わりに、今回いけなくなった幼馴染が調べているはずの案件は、この女三人にも、ここに集結している学生たちにも関わりがない筈だが、どう巻き込まれるか分からない。

 そう思っての、念のための確認だったが、寿は難しい顔で答えた。

「それが、昨日……」

 女三人は、それとなく観光客に紛れ、ある現場を目撃してしまった。

「和泉君が、侍姿の男にナンパされてたの」

「……」

 思わず、沈黙してしまってから、溜息交じりに呟く。

「一日目で?」

「ええ」

「侍姿って、完全に怪しいじゃないか」

 寿は何度も頷きながら、同調する。

「そうなのよ。でも、すごく自然に話しかけられて、すごく自然に答えちゃったみたいね。でも、すぐに志門君が引き離してくれたの」

「その、侍は? 取り憑いたのか?」

「怖いこと言わないで。すぐに消えたわ。憑くつもりは、なかったみたい」

 安堵できる話だが、不思議な話だ。

「自然に答えたという事は、ごく自然な質問だったという事だな? ただの浮遊霊や地縛霊と呼ばれるものが、そんな流暢に話しかけるというのも、おかしな話だな」

「ええ。それは、とても気になったわ」

 宿に近い場所の茶屋に入り、一服しながら寿の話を聞いていた律は、妙に静かな他の女たちを見た。

 自分が部屋に招き入れられてからずっと、二人とも目を見開いて自分を見ている。

「……」

 それにまた溜息を吐き、呟いた。

「やはり少し、気を抜き過ぎたか?」

 寿も、本来の姿に近い姿で来ると、そう言う事だったから、自分もそうしてしまった。

 連れ合いの前でしか、最近では見せていない、白髪と水色の瞳の姿で。

 少々白すぎる肌も、隠さずに気楽に来てしまった。

 だが、いくら髪色が目立たないようになった時代でも、限度があったかと白狐は後悔した。

「髪色だけでも、いつもの色に戻して……」

「えっ、何でっ?」

 突然、我に返ったシュウレイが律を遮った。

「すごく綺麗なのに、勿体ないよっ」

「そうそう」

 遮っただけでなく、にじり寄る小柄な女に、寿が静かに同意する。

「男を寄せ付けないようになんて、訳の分からない理由でああいう姿を取るんだもの。昔から、勿体ないと言ってたでしょ?」

「寄せ付けたくなかったのは、私の意志でもある。強くなるためにも、女の色は必要ないだろう」

「そんな事、ないよう」

 実際、全く容姿を隠さずに強くなったシュウレイは、律の固い言い分に真っ先に首を振った。

「女も武器にして、強くならないとっ」

「生憎と、それでは上を狙えなかったんだ」

 律が水月に師事したのは、力の強さだけを狙う為ではなかった。

 庇護されている間に、徳も積んで狐としての力も、強大にしたかった。

「……でないと、守りたい人を守れない」

 ぽろりと口にした律に、溜息が返した。

 黙ったまま自分を凝視していた、雅だ。

「それで、並び立てなくなって焦ってるんですね? オキが」

「……身長は、オキの方が大きい筈だが」

 そうじゃないと苦笑しながら、改めて白狐の姿を見つめた。

 自分達とは血の繋がりがないのか、母親の姉弟たちとも、雅や姉妹たちとも似ていない。

 武芸をしているせいか、武骨な体つきだが、女の柔らかさは服の外からでも見て取れ、顔立ちにもそれは現れている。

 狐と言われて納得できるのに、狐特有のものが全く感じられないのが、不思議だった。

「……私とは違う意味で、色気が薄いんですね」

「まあ、この子は、人を死なせないのを、ずっと心掛けているから」

 違う意味で同類だと、そう感じた娘に、寿は信じられない事を言った。

「え?」

 耳を疑った雅は、つい律を凝視した。

 居心地悪そうに首を竦めながら、白狐の女は言い訳がましく言う。

「死なせないだけで、その後の処理は手伝ってただろう?」

「誤って死なせたことすらないんだもの。徹底し過ぎでしょ」

 あの荒くれ者が多かった、しかも初期の群れでそれを維持するのは、相当難しかったはずだ。

 何せ、雅の時ですら、そうせざるを得なくなったことがあったのだ。

「いや、だから、阻止してくれていた人がいなくなってすぐ、私は群れから離れただろう?」

 すごいと目を輝かせた女を一瞥し、律は困ったように返した。

「お前さんの父君が、私が虫の息寸前にした者を、完全に仕留めてくれてたんだ」

 だから、すごくもなんともないと力説されたが、その力加減も絶妙のはずなのだから、すごいのは変わりない。

「だって、そこまで極めていない時は、力の加減だって難しいでしょう?」

「だから、その加減を見て、うちの師匠は止めてくれたんだ」

 大体、極めていない時は、力もそこまで強くなかった。

 言い切られても、謙遜としか思えず、雅は小さく唸った。

 剣を扱う場合も、体力がいる。

 しかも、手の握力と腕力が強くても、刀を通じてその力を示すのは、難しい。

 故に、一人で強くなろうと足掻いた数年で、剣の道は諦めたのだ。

 あの時、父親が存命ならば、教えを受けられたのだろうかと、少しだけ考えたが、それはないなと打ち消した。

 当時は、多少誤解は解けたものの、まだ父親に対して抵抗感があった。

 それに、今の師匠だって、悪い男ではない。

 だから、何も蟠る必要はない。

「……納得した?」

 自分に言い聞かせている心の機微を察したのか、寿がそっと呼びかけた。

 我に返って母を見ると、呆れた顔がある。

 居心地悪くなって首を竦めた雅に、父親の弟子は静かに微笑んでいた。

「そう言う軽い嫉妬なら、謝るには及ばない。寧ろ、その位はしてやってくれ」

 子供以上に気に掛けられていた存在を前に、何も感じない娘と言うのは、あの男の子らしいとは思うが、全く何も感じないと言われると、寂しい。

 まだ、居心地悪そうにしている女に笑いかけ、話を変えた。

「で、何処で解散して、何処に集合するんだ?」

「集合場所も解散場所も、一緒よ。駅の正面位置口前」

「もし、お前の娘さんの班と篠原家の子の班が、別行動だったらどうするんだ? こちらも、二手に分かれるか?」

 隠れて護衛と言うならと、当然の質問だったが、寿はきっぱりと言った。

「和泉君は、塚本に任せるわ」

「……そうか」

 何処で聞き耳を立てられているか分からないから、余計な警告は出来ない。

 だが、ついつい、天井を仰いでしまった。

 つまり、花の女子高生を、女集団だけではなく、むさ苦しい男集団もつけ回すという事か。

 幸いなのは、当の女子高生が、それに気づく可能性がない事だった。


 市原葵は、過保護ではないが子煩悩の父親だ。

 どう違うと言われても、違いを説明することは出来ないが、適度の放任ができる男だ。

 父親を早くに亡くし、母親にも若いうちに先立たれた為、親の気持ちには疎いが子供の気持ちは充分に分かる、そう感じているせいかもしれない。

 れんに控えめな頼みをして来たのは、先週の半ばだ。

「もう少し早く、お前を押さえておければよかったんだが、瑪瑙が去年も行くと言ってくれたんで、ついついそっちに期待しちまって……」

 その言い回しで、何となく察した。

「ああ、もしかして、来週から凪が行く、旅行の護衛か?」

「知ってんのか?」

「ああ。健一の奴が、春に行っただろ? その時に、高等部は秋に行くと言ってたからな」

 凪と同年齢には、知り合いが多々いる。

 特に幼馴染の二人は、行かないという選択はしないだろう。

「古谷の志門も、行くと決めたらしい」

「へえ」

 それは、大掛かりな護衛がつくなと笑う蓮に、葵は眉を寄せて首を振った。

「それがな、古谷氏に釘を刺されたらしい。子供に経験させるのも、大人の務めだってな」

 何より、修学のための旅行なのだから、がちがちにガードするのは良くないと言われ、全員が折れたらしい。

「だから、瑪瑙もついて行けない」

 だが、焦燥するほどではないにしろ、心配しているのが葵だった。

 普通に旅行を楽しむのは、勿論いい事だとは思うが、万が一、と考えてしまうのだ。

「里沙の時よりは、心配してねえんだ」

 里沙は、外見内面共に、女子だ。

 その上、葵の父親からの遺伝が、綺麗に伝わってしまったため、恐ろしいほどに方向感覚が鈍い。

 だからこそ毎回、旅行の数か月前から、瑪瑙の予定を押さえて貰っていたのだ。

 凪は次子ではあるが、一応男子であるし、幼馴染の方に強力なガードがつくはずと気楽に構えていたら、こういう事態になってしまったのだった。

「どうも、塚本氏も、その意見に賛同したらしくてな、殆ど野放しらしい」

 そう聞いて慌てた葵は、ダメもとで蓮に連絡を取ったのだった。

「いくらなんでも、野放しは不味いだろ? 里沙ほどではないにしても、どういう事に巻き込まれて、やり過ぎちまうか、分かったもんじゃねえ」

「……だな」

 市原家の子供たちは、外見は愛らしいから、それだけで人目につく。

 母親に似た容姿は、小柄な上に大人しく見えるのだ。

 その為、多少邪見に扱っても、しつこく食い下がる連中がいる。

 その、しつこく食い下がる連中を、我慢できずに振り払ってしまう事を、葵は心配していた。

「……振り払った場所次第では、首も吹っ飛んしまうかもしれないな」

「そこまで、力の加減ができねえとは、思いたくねえけど。里沙の奴が、去年、危なかったらしいんだ」

 迷った里沙に声をかけた大男を、当時高校二年だった里沙は、吹っ飛ばして逃げた。

「幸い相手は、石川家の人だったらしくて、無事だったが。下手したら殺人犯だ」

 いや、石川家の当主だったら危なかったが、あの家についている妖しの類だった為に、事なきを得たらしい。

 誰と言われなくても、蓮も何となく予想できる人材だ。

「つまり、去年は、瑪瑙とその誉って人が、石川家と市原家の娘を、入れ代わって守ってたんだな?」

「その方が、娘たちに気付かれにくいだろうと、考えたらしい」

 そう言うやり方も、ありだろうと蓮も頷き、葵を見返した。

「じゃあ、その礼と謝罪も兼ねて、古谷家の跡取りも見てやればいいか?」

「おう、そうしてやってくれ。どれくらいでやってくれる?」

 いつものように雇う感覚の葵に、若者は軽く笑って首を振った。

「今回は、安くていいぞ。ついでのついでだ」

 珍しい答えに、大男が目を丸くするのに、蓮はあっさりとばらした。

「うちの親父から、その分高く雇ってもらってんだ」

「へ? 何か、別な仕事も、ついでにやるってのか?」

「ついではついでだが、違う仕事内容じゃねえんだ。だから、一緒にできる。丁度いい、一人の護衛だけで、あんなに貰っちまって、気が引けてたんだ」

 軽く言い切った若者に、葵は難しい顔になった。

「おい、まさか、シュウレイさんの護衛、か?」

「ん? 知ってんのか? あの人が単身で、こっちに旅行に来るって?」

「ああ、まあな。前に来た時、姐御たちと意気投合したらしくて、女子会も兼ねた旅行を予定しているってのは、高野から聞いてたんだ」

 意外に早く、予定が空いたらしい。

「へえ。ま、オレはつかず離れずで、守るだけだ。ついでに、凪たちも見れる旅行先だから、心配すんな」

 葵にはそう言って笑ったのだが、蓮は別な予感があった。

 仕事に関する勘は、外れていい事はないが、これは外れてないからと喜べない。

 雅がシュウレイの旅の道連れと知った時に、高校生たちの旅行先と日時がともにぴったり合った事の理由は分かった。

 恐らくは、雅の母親も同行しているなと踏んでいたのだが、その通りだった。

 雅の母は今、篠原家の執事の妻に落ち着いている。

 その娘を心配しての、この旅行だろう。

 それに付き合わされる雅もご苦労さんだなと、ここまでは外れなかった予感に苦々しくなりながらも、気楽に思ったものだったが、事態はもっとおかしな方向になっていた。

 二組の旅行者たちを、それとなく見ていた蓮はそれに気づいた時、一瞬思考が止まった。

 観光名所の一つの寺で、見知った男を見止めてしまったのだ。

 瞬きをする間に姿を消したが、蓮にはそれが誰で、他に同行者がいるという事も、気づいてしまった。

「……」

 向こうも自分の事に気づいているのか、未だ分からない状態でこちらが接触するのもなんだと、そのままにしようと判断した時、更に目を疑うものに気付いた。

 高校生の群れの中から、少しだけ離れて歩いていた眼鏡の少年が、一人の男に話しかけられていた。

 時代とかけ離れた、戦国時代の着物と袴姿の、中肉中背の年齢不詳の男だ。

「……」

 慌てた知り合いの少年が、眼鏡の少年を強引に引きはがし、袴姿の男が何かを察して姿を消すところまで見てから、蓮はげっそりと溜息を吐いた。

「……何で、こっちに戻って来てんだ、あの人?」

 海外を、気楽に転々としていたはずの男だ。

 嘆きながらも、若者は持ち前の勘の良さで、消えた男の出現先を正確に察し、そこで待ち伏せした。

 寺の裏側に姿を現した袴の男は、己の行動を反省しながら溜息を吐き、林の中に歩き出そうとして若者に立ちふさがれた。

 ぎょっとして男は身構えたが、若者は呆れ顔だ。

「……?」

「……あんた、この国に帰ってたんですか? いつから?」

 見知らぬ者を見る目の男に、蓮は気楽に話しかけた。

 その物言いで、誰か気づいたらしい。

 男の目が輝いた。

「お、お前、蓮か? 随分と、色男になったものだな」

 自分と同じくらいに成長した若者は、顔立ちも大人になっていた。

 手離しに褒める知己に、居心地悪い思いをしながらも、蓮は苦い顔だ。

「あんた、自分が今、どう言う状況なのか分かってて、子供に話しかけたんですよね、勿論?」

 棘のある言い分に、男は困ったように空を仰いだ。

「あの瞬間、忘れていた。だから、申し訳なくて逃げた」

 忘れる程、とんでもないものを見つけてしまったと、男は言った。

 ああ、と思い当たった蓮は短く頷く。

 この男は、戦国時代の武将の一人で、名はかさねと言う。

 本名、と言うよりも呼び名だが、武将としての仰々しい名より、本名よりも呼びやすく呼ばれやすい名だ。

 その重にも、一応家臣がいた。

 蓮もその一人で、重の初めの主君に命じられて仕えるようになって以降、出家して往生するまで傍にいたのだが、もう一人、幼い頃より重に仕えていたが、姿を消した家臣がいた。

 重よりも年若かったある武将も、同じくらいの時期に鬼籍に入った。

 主よりも、その武将に親しみを持っていたその家臣は、その死を受け入れる心が、まだ出来上がっていなかったのだろうと、蓮はそれとなく行方を探ってはいたが、深く探る事はなかったのだが、とある時、妙な事態になっている事に気付いた。

「……あの、学生を引率していた先生とやらは、クロとは別人か?」

「別人です。内外共に」

 即答され、眉を寄せる男に、蓮は続けた。

「ただ、クロも混じっていると、その手の話に詳しい奴が言ってました」

「混じっている?」

「どうやら、色々と、複雑な事になっちまってるようで、オレからは詳しく言えません」

「そうか」

 憂いを浮かべて、また空を仰ぐ元主を見据え、若者は気になった事を尋ねた。

「……いつから、この国に戻ってるんですか?」

「ん?」

 蓮と重が再会したのは数年前で、この国でではなかった。

 その後は、一度も国外に出ていない若者は、海外を主に徘徊しているこの男と、顔を合わせる事は殆どないだろうと思っていたのだ。

 気まぐれでも戻ったのならば、顔ぐらいは見せて欲しかったと思ったのだが、何やら雰囲気がおかしい気がしたのだ。

 前に会った時も落ち着き過ぎていて、見た者全員がその姿を見止められるのだと、錯覚しそうな程の存在感だったから、一瞬、ふらりと立ち寄ったこの寺でも、馴染んでいるのだと思いかけたのだが、この辺りでそれは、少々不自然だった。

 都会の方と古い寺が集まる場所は、人も魅入られやすいが、別な物も人に魅入られやすい。

 蓮もそれを承知していて、警戒を怠らないのだが、重は落ち着いている。

 警戒していないのではなく、警戒しなければならない所をすでに把握していて、ここは警戒を緩めてもいいと、そう知っている感覚があった。

 昔とは違うはずの土地に、馴染んでいるようだ。

 適応力があるから、短い間で把握したとも考えられるが、別な記憶が、そう考える事を否定していた。

 あの異国での仕事の後の、自分の一族の者の殲滅の場に転がっていた、親族たちの亡骸。

 しっかりと確認した訳ではないが、あの場にいた者たちが手にかけたにしては、綺麗な切り口の遺体が数体あった。

 幼い少年の切り口にしては力強く、大柄な男の手にしては丁寧な、刃物の切り口だ。

 一瞥程の観察だったが、しこりのように気になってはいた。

 あの場にいた少年と大男二人、そして金髪の若者以外に、誰かいたのではないかと。

 誰かいたはずなのに、勘が鋭い者と匂いの効く者に、その存在を知られていない上に、あの場にもとどまっていなかったのは、どうしてなのかと。

 無言になった蓮に、重は深く溜息を吐いて見せた。

「お前は、本当に察しが良すぎて、困ったものだの」

「……」

「あの後、お前の好いた女の事が気になっての。この国に戻って、あの地をさ迷っていた」

 あの辺りに、鬼の一族が住み着いているのは、昔からだった。

 それを知っていた重は、手掛かりを求めてあの地に行ったのだ。

「そこで、あの子と再会したのだ」

「……」

 一瞬、その好いた女に会ったと言われたかと、内心焦ったが、そんな筈はないと気を取り直す。

 その様子を真顔で見つめた重は、それを追求せずに続けた。

「あの場に呼べる者は、限られていたようでな、頭数に入れて貰った。あれが終わった後、日本国全土を周りながら、見物しているのだ」

 日本国全土も年々日々様子が違い、新しい発見も多いから、男はそれなりに楽しんでいるのだと、気楽に説明した。

「時々、ああいう若い制服姿の少年少女が、集団で動いているが、何かの催しなのか? 先程の子は、修学旅行だと言っていたが」

 文字を当てて、学習の一環だとは察したが、随分大人数で、困惑している。

「今、あんたと話してた子の学校は、マンモス校なんですよ。一学年の生徒が、日本全国から集まっていると言われている程です。春と秋は、小中高の修学旅行が固まってます」

「ほう」

 蓮の簡単な説明に頷いてから、今度は重が気になっていたことを尋ねる。

「お前は、何故その修学旅行の集団を、見張っておったのだ?」

「今回の仕事が、それだからです」

 簡単に答えられ、男は首を傾げた。

「お前一人で、あの集団を守っておるのか?」

「まさか」

 異国での護衛も、数が多いと思ったが、これは多すぎだと思っての問いだったが、蓮は笑って否定した。

「あの中の数人、ですよ。内一人は身内なもんで、仕事と私情が混じってますけど」

 ますます首を傾げた。

 蓮の身内なら、重にならば分かりそうなものだが、あの学生集団の中では見つけられなかった。

 実は、あの場の観光人の中に、蓮の伯母が混じっていたのでそう言ったのが、若者は別な人間の事を、その身内として口にした。

「葵の奴、少し前に身を固めたんですよ。その息子が、今年あの中にいます」

「……そうか、もうそんなに大きくなっていたか」

 顔を綻ばせて頷き、呆れた表情を作った男が、蓮を見る。

「身内と思っておるのなら、報酬など期待するな」

「してませんよ。一人が身内だって、そう言ったでしょう」

 仕事の話を気楽にしているのは、今の重が、人間とは言い難いからだが、これ以上は流石に言えないと笑う蓮に、男は呆れたままだ。

「ここまででも充分、言ってはならん範囲だと思うが」

「あんたが、誰かに話す心配を、オレはするべきですか?」

 もし、その心配をしなければならないのなら、別なやり方もあると若者は笑い、男はつい苦笑した。

「……まあ、どうせ暇だからな、その別なやり方に、乗じても構わんぞ」

 そう言うと思っていた蓮は、当然のごとく切り出した。

「主な対象者は三人です。内、一人は女子でその娘を含む班。もう二人は男子で、その二人を含む班。明日は自由行動もあるんですが、この二班をまとめて見守ってりゃあ、どうにでもなる話です」

「その二班は、一緒に行動する可能性があるほど、親しいか?」

「まあ、五分ですね。ただ、性別ごとに行きたい場所も、違いますから」

 色よい場所には行かないだろうが、そこに誘い込もうとする輩を警戒するのも、仕事の内だ。

 相槌を打った男と共に、蓮は集団行動を見守り、旅館にはいる所まで見てから、その日の活動を終えた。

 翌日の自由行動で、男子側の班に重を付けたのは、いくら気づかれないようにするとは言え、見知らぬ女子を助けるのは、困難だと感じた為だ。

 姿が見えるからと言って、触れることは出来ないから、本当に不味い時は蓮に知らせるという事にして、蓮は重を送り出した。

 そして、自分は女子……と言うにはとうが立った、伯母たちの班を追い始めた。

 そうしながら、伯母たちの様子を伺う男たちも、観察する。

 昨日は二人だった。

 隠形に慣れていない銀髪の大男と、優しい顔立ちの長身の男。

 だが、今日は朝から、もう一人一緒だった。

「……」

 伯母たちが見ている、女子高生たちと同年のはずの、小柄な美少年だ。

 蓮と同じくらいの背丈に成長したその少年は、楽し気に大男に話しかけながらも、目は油断なく光っている。

 その目が、それとなく身を隠している蓮を、確かに見た。

 気づかれた。

 目が合った少年は、少しだけ目を見開いたが、微笑んだだけで視線を逸らした。

 だが、その後銀髪の大男がこちらを見た所を見ると、何らかの合図を送って、自分の存在を知らせたらしい。

 小さく頷いた大男は、何事もなかったかのように行動を再開したが、若者は身が凍る思いだった。

 昨日見つけた時、一緒に居る優男エンの、妙に緊張している様子が、傍目でも分かった。

 笑顔で感情を隠しきる男のその様子は珍しいが、同行者が同行者だから、当然かと内心同情していたのだが、セイの父親が一緒だという事よりも、寧ろ今日から落ち合うこの少年の方が、エンにとっては緊張の対象だったのだろう。

 昨日の軽い同情が、今は深い同情に変わっていた。

「ま、頑張れ」

 短く呟いたが、勿論それはエンには聞こえない。

 まだ若いとはいえ、分別のある高校生たちは、班ごとの自由行動でも、羽目を外し過ぎる事はないだろう。

 余程、とんでもないことが起きない限りは、男たちが大きく動くこともあるまい。

 蓮はそう判断し、自分の仕事の方に集中した。

 ここで何故、そう楽観的になったのか。

 それを自身で不審に思うのは夕方で、この時は全く気にすることなく、蓮はその日一日をやり過ごした。

 集合時間になって、奈良に奈良に向かうための集合場所で、時間が過ぎても集まらない生徒たちがいた。

 優秀な二人を含む、男子生徒の班の四人が、戻ってこなかった。


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