第3話

 今、関東より北の地域は、激戦区となっている。

「その中で、四、五個の家が、上にのし上がり始めているそうなのだけど、律ちゃんは知ってる?」

「正確には、六家だ。その内の二つの家が特に強力で、少し前に堤家を取り込んだ、北森きたもり家と、世代ごとの儀式で強力な力を得ていると言われている、はやし家だ」

 ともに侮れないが、二つの家が繋がる気配はない。

 森口律がそう言うと、御蔵優みくらゆうも頷いた。

「住まいが、日本海側と太平洋側に別れているから、遠すぎるというのもあったけど、現在はもっぱら、不仲ってだけみたいね。勢力争いするだけ、向上心も高い」

 残りの四家は、まだそこまで強くはないが、二つの家に反発している家柄だ。

 六家全てが財産も所有し、表社会にも影響ある場に身を置いている為、他の力のない家はどこかの家にすり寄り、そのおこぼれを預かっている。

「そうなる事で、派閥が出来てしまい、水面下で小競り合いが後を絶たない。可視化した争いではないから、犯罪としても立件されないが、戦国時代のような様相だ」

「一般の人が、巻き込まれていないのが幸いだと思って、傍観してたんだけど……」

 その戦に巻き込まれたくないのが理由で、東北の方から、こちらの地に移動した御蔵家は、どう世情が変わるか分からないと、情報網は広げていたのだが、今年になって、冷戦状態が少し動いた。

「林家の当主が、代替わりするらしいの」

「早いな」

 優の報告に、律は目を見開いた。

 林家の当主は確か、四十路を越えたばかりだったはずだ。

「後継ぎも、まだ若い筈。それなのに、代替わりの儀式をするのか?」

「その準備を、始めた気配があるのよ」

 その気配は、犯罪行為としても見えて来るが、足を攫ませないのが、毎回不可思議だった。

「最近では特に、気を付けているのだが。どこから集めているんだ? 例の娘たちは?」

 林家の代替わりの話が聞こえるたびに、律は周囲の施設も気を配り、害がないように計らっているのだが、林家は全く、その気配も見せずに、儀式に必要なものをかき集めている。

 出所が分からないと困惑する律に、優はゆっくりと首を振った。

「見つける訳じゃないわ。元々、いるのよ」

「?」

「後継ぎが生まれてから、生まれたばかりの女の子を集め始めて、養っているみたい」

 養う、と言えば聞こえがいいが、どうも飼育のようだと、自分より小柄な女に言われ、律はつい舌打ちした。

「生んだ母親から、お金を払って買って、という事か?」

「そうみたいね。ほら、未だに、欲を抑えきれずに動いてしまう妖怪も、いるでしょ? そう言う奴らの、手慰みになった女性が生むしかなかった子が、主に集められてるみたいね」

 苦い顔のままの律は、手元の林家の調査報告を見下ろした。

 次代当主は、去年高校を卒業し、会社員になっている。

 これは、最近の術師の隠れ蓑としては、鉄板だ。

 裏での仕事として呪い師をしていることが、多い。

 本業が主な収入源で、術師業は手慰みの、御蔵や塚本とは相いれない家柄だ。

 まだ高卒の新入社員の、隠れ蓑の基盤すらできていない時期に、代替わりが行われようとしているのは、理由があった。

「……当主の病、回復が難しいのか」

「ええ。どうやら、数年前のあれが、祟ってるらしいわ」

 数年前、林家はまだ若い堤の当主に、式神を送った。

 一度、倍の強さになって帰ってきたそれを、再び送り直すという荒業をやってのけた現在当主だったが、その数時間おいて戻って来た式神に、完全に飲み込まれた。

「まだ中学生だった女の子に、あれだけひどいモノを仕掛けたんですもの、その程度で済んでよかったと、思って欲しかったんだけど、どうやら、報復目的で、代替わりの儀式をするみたい」

 いつ、行われるのかは分からないが、何をするのかは分かっていた。

 珍しいものが、当主になる者に下りて来る。

 いや、落とされると言った方が正しい。

 そして、その落とされるモノがモノだけに、術師の間でも、いつかは分からなくても、日々の天候に注意していれば、警戒できる。

「何代か前に、鏡兄さまと誉とで、その儀式を見物しに行った事、あったわね」

「ああ。酷い光景だった」

 見た事があるからこそ、何故、現代は当主が降ろすと、いい伝わっているのか、律は不思議だった。

 あれは、生身の人間に、下ろせる代物ではない。

 どこかの山頂で、雷雨が激しい中で、白装束の男が呪文を唱えながら、一振りの刀を天に突き立てるように構え、雷を受ける。

 そう、落雷を自ら呼ぶのだ。

 刀には、柄も鞘もない、裸の刀身であるため、そのまま受けた人間は落雷を受けてしまい、当然命はない。

 昔、龍を下ろすという名目で、林家はその儀式を始めた。

「雷針となった刀が目的で、当主は別物と、そう思ったんだが……」

 林家の長男は、落雷の被害者となるべく育てられ、儀式の時にはその周りに娘を数名侍らせる。

 無事に龍を下ろし、命を捧げた長男の冥婚相手として、娘たちはすぐに斬り捨てられた。

 そんな、何処から由来したか分からない儀式だから、当主が多少弱っても、後継ぎが育つまでは、代替わりはないと思っていた。

 嫌な思い出がよみがえってしまい、苦い顔になったままの律は、それでも、冷静に疑問を持っていた。

 優も頷きながら、答える。

「代々やっている内に、落雷に耐えられる子が、生まれるようになったのかも、と言う話は、出ているけど」

「まさか」

「妖しの血が混じったら、あり得る話よ」

「ああいう、死なせるだけに集めた娘の一人と、契ったと?」

 低くなった声に、優は溜息を吐く。

「ええ」

「……」

 話すべきじゃなかったかと、黙り込んだ律を見つめて優は後悔したが、これを話さない事には、これからの危惧を伝えられない。

 だから、少し酷な慰め方をする。

「あの時の娘さんたちは、あなたや鏡兄さまじゃなくても、助けられなかったわ。結界が、幾重にも張られていたんだから」

「……」

「それに、今集まっている娘さんにしても、今迄私たちが見ない間に、死んでいった娘さんたちも、私たちではどうにもならない。それこそ、内側に入り込まないと」

 これから使われる娘たちも、助けることは出来ない。

 きっぱりと言い切った女の目を、律は静かに見上げた。

「分かった。いや、分かっている、と言うべきか。あの時も、中での出来事を見た妖しが数人、あの中に入ろうとして、霧散していた」

 あそこまでにはならないだろうが、致命傷にはなりそうな壁が、あそこにはあった。

 優もそれは見たはずだから、今更その儀式の事を蒸し返す理由は、別にあるだろうと、律は深く頷いて話を促した。

 女は微笑んで、頷き返す。

「そちらは、いずれ解決策を見つけるつもりだけど、今はその儀式の後を気にしてるの」

 報復の相手の出方、だ。

 本来の堤家は、既に北森家に取り込まれ、力はない。

「堤の当主は、父方の石川家に、その弟は古谷家にいる」

「ええ。でもあの二人の、叔父の家族が、北森家の側近になっている」

 当主の後継ぎは女と決まっていたから、相続争いの危惧を回避するため、長子が男だった場合、間引きされていた。

 女の長子が生まれた後は、最後の当主の弟の時以外、男女どちらでも普通に育てられていたから、力は弱まっていたが、堤は長く血を繋いでいた。

 堤から取り込まれた親族は、その中でもかなりの実力を持っていたらしく重宝され、その報復に備えて、北森家も動き始めていた。

「こちらはね、有力な術師を、取り込むことに、躍起になっていて、関東から西の方の術師にも、声をかけ始めているようなのよ」

 こちらは、なりふり構わないような、動きが目立つ。

 一般の、その手の力がありそうな者にも目を付け、拉致同然に連れ去ることもあるらしい。

「その情報源は、殆どが噂や本人の自慢から始まっているせいか、本物に当たる確率は低いみたいだけど」

 拉致される方は、大迷惑である。

 他四家に係る子供も、声を掛けられたことがあるらしく、不満は少しずつ大きくなっているらしい。

「……北森の当主は、術者としてよりも、経営者としての顔の方が有名だ。不遜な男だが、犯罪に手を染めるようなことを、するとは思えないのだが」

「ええ。だから、北森にも、派閥が出来ているんじゃないかって、そう感じるわ」

 今の所、二つの家の争いは、関東を境にしてとどまっている。

 だが、人材が集まらない北森家には、日本全国に分家があった。

「そこから、別な分野の将来も期待できる、若い世代が目を付けられることを、避けたいの」

 九州の方に目が向けられるのは、まだ先か、向けられないかのどちらかだが、用心するに越したことはない。

「釘刺しの手伝い、という事でいいか?」

 長すぎる前置きだったが、そのことに関しては嫌な顔をせず、律は真面目に頷いた。

 だが、優は神妙な顔で首を振った。

「? 違うのか? だから、わざわざこの地まで、呼び出されたとばかり……」

 女子会兼観光旅行を名目に、雅と寿、カ・シュウレイと落ち合う前に、その作業を手伝って欲しいと、そう思っていたのは事実だった。

 しかし、状況が変わった。

「? 決めたのは、先週だっただろう? そう簡単に状況が、変わるのか?」

「ええ。今朝、エンちゃんから古谷を通して、封書が来たの」

 真顔になった昔馴染みが差し出した、一枚の紙を受け取り、黙読した。

 あの男の筆跡にしては、たどたどしい文が、数行書かれたそれの内容に、驚き目を剝く。

「……おかしい。水月は、ここに来れないはずだ」

「多分、週末だからと、凌叔父様が、呼び出したのよ。セキレイちゃん、蓮ちゃんのお父さんなのに、素直過ぎるから」

 あのシュウレイの弟の様子が、おかしかったのだろうと、優は重々しく告げた。

「だから、残念だけど私、あの三人との合流は、諦めるわ。律ちゃん、あなたに、あの三人の引率を、お願いしたいの」

「いや、待て。これはいい機会じゃないのか? 旦那も水月も、お前が生きていることを知ったら、きっと喜ぶ」

「駄目っ」

 戸惑う幼馴染の真面目な意見に、女は頑なな声を上げた。

「先に、鏡兄さまと叔父様が、再会しなくっちゃ。じゃないと、安心して甘えられないっ」

 昔そう主張されて、箝口令を敷いていた律と、弟子仲間の鏡月なのだが、それをまだ続けないといけないのか。

 深い溜息を吐いた律に、女は泣き顔を作って言った。

「こんなに長い間、約束を守ってくれていたのに、今になって破ろうなんて、律ちゃん、酷いわ」

「酷いのは分かっているが、こちらも苦しいんだ。私は、あの人たちに漏れないようにと、オキにも黙っているのに」

「それは……本当に、申し訳なく思ってるけど。代わりに、オキちゃんに会っても、攻撃しないって、約束したじゃない」

 そっと、下から差し出すようにそれを言われると、詰まってしまう。

 昔、オキの主だったのが、優の姉であるランだった。

 ランが死に、その姿を丸ごと貰い受けた事で、もしかしたら、蘇る機会があったかもしれない優の姉は、永久に存在が消えた。

 その罪悪感を盾に取られると、どうしてもこの女には逆らえなかった。

「……分かった。雅もいるから、そこまで苦労する引率じゃないだろうし、引き受けよう。待ち合わせ場所は?」

「有難うっ」

 手を合わせて顔を輝かせた優は、早速待ち合わせ場所と、観光する場所を教える。

「……水月が、中学生の時に行った、順路だな」

 説明を聞いた律が頷き、了解を告げると、優はふと思い出して言った。

「そう言えば、この辺りの高等学校の修学旅行も、その辺りみたいよ」

「そうなのか」

 その時は、その旅行をどのように穏便に成功させるかを考えていた律は、その軽い情報を生返事で流した。

 年端も行かない子供たちの集団移動より、こちらの旅行とある二人の最凶の男が、鉢合わせするかも知れない事の方が、大問題だった。


 男は、呆れた顔でそれを見下ろしていた。

 帰宅早々それを見つけ、珍しいなと思いながら着替え、食卓に着いた中年の男は、同じようにそれを見下ろしている息子に、声をかけた。

「何だ? その得体のしれない、折り鶴は?」

「多分、伝達で使われた、式神だと思う」

「これが、手紙なんだろう。緊急だからだとは思うが、時々、変な離れ技を編み出すな。つい今しがた、ここに現れた」

 曖昧な、息子の答えに頷き、ようやく男がそれに手を伸ばした。

 自分たち親子より、遥かに大柄な男だが、やんわりとした雰囲気が、家族に馴染んでいる。

「え。これを、開くのか?」

 息子が思わず尋ねたが、それは父親も同感だった。

「開かにゃ、何が書かれてるか、分からないだろう」

 確かにと詰まり、黙り込んで大男の手元を見る息子の前で、父親は後で折りなおそうと、内心で決めつつも、見守っている。

「……ふうん。そう言う計画で行くのか」

 頷きながら黙読し、すぐに息子の方に白い色紙いろがみを引き渡す。

 会社員二年目の男がそれを読み、顔を緩めた。

「成程、これなら、比較的早く、あの家の方に入り込めそうだ」

「……めぐむ

 父親が思わず、息子の名を呼ぶ。

 その心配そうな声音に、過保護すぎると苦笑しながら、恵と呼ばれた男は元の様に色紙を折り始めた。

 出来上がった鶴を、父親の方に差し出しながら、言った。

「まずは、親父の家の事の、総仕上げだ。それと同時に、こちらの膿みだしも済ませる」

 折り鶴の差出人は、その二つが同時にできるよう、取り計らう旨を教えてくれた。

 次期北森当主に慕われ、秘かに婚約を結んだ男は、意外に早いその展開に驚きながらも、身を任せる覚悟だった。


 珍しく昼まで眠ってしまったセイが、そのことを知ったのは、昼食の時だった。

 しかも、血相を変えて訪ねて来た、昨日来た客の塚本氏が情報源だった。

「若っっ」

 何故かエンもおらず、訪ねて来ていたはずの少年も、待っている様子がなく、不思議に思いながらも、遅い朝食と兼ねて取っていた昼ご飯を食べながら、若者は男の報告を聞いた。

「松本家の、凌さんが、修学旅行の時期に、関西に行くそうですっっ」

「へえ」

「昨日いらっしゃった、森口さんの所の方と、エンさんが同行者だそうです」

 茶碗を持ったまま、セイは納得した。

「そう落ち着いたんだ。だから、エンもいなかったんだな」

「若っっ」

「喚くなって。飯ぐらい、静かに食わせてくれ」

 泣く寸前の塚本氏を宥め、ゆっくりと昼食を再開し、その間に考える。

 正直言って、ここまで揃うと、いっそ清々しいなと、そう思った。

 恐らく、凌と水月がこの時期動こうと思ったのは、シュウレイを送り出すセキレイの態度が、おかしかったせいだろう。

 一人で、狐親子と旅行を楽しむつもりの姉を、誰もつけずに見送るのは、いつものセキレイを知る者からすると、怪しいの一言だ。

 女子会云々の話が出ていると、昨日雅も言っていたから、未だ消息不明となっているはずの女性が、同行予定なのだろう。

 それを誤魔化すために、エンは恐ろしい二人の男の旅行に、同行する決意をした、と言うのが、考えられることだ。

 勿論、箝口令を敷いてきた女性には、既に鉢合わせを防ぐ忠告は、伝わっているだろうが、それだけで済むだろうかと思う。

「……あんたの所の、元祖はいつもの所か?」

 唐突な問いに、塚本氏はきょとんとしつつも、はっきりと答えた。

「はい。あそこが落ち着くと、そうおっしゃっておりました」

「そうか。夕方までに、そちらに行く旨を、伝えておいてくれるか?」

 茶を啜りながらの頼みに、半分も事情が汲めない男が、戸惑い気味に頷いた。

「その時にでも、どうするかは伝えよう」

「は、お願いいたします」

 安堵して帰って行った男には、悪いなと少しだけ思う。

 鉢合わせが恐ろしい二組の旅行者たちに加え、まだ未熟な少年少女たちの修学旅行が重なっている。

 苦労が、絶えないな……。

慌てて山を下りているだろう男の背を思い浮かべながら、セイは後片付けを始めた。

大人たちのことは、それ程心配していない。

 鉢合わせ組たちは、立派な大人なのだから、自分で事を治めるだろうと、そう思っているからだ。

 と言うより、とセイは思う。

 何であの人たちは、関わらなくてもいいことに、自ら関わりに行くんだろうか。

 それがいつも、不思議で仕方なかった。

 

 修学旅行当日の朝は、早い。

 楽しみ過ぎて眠れなかった生徒が大半らしく、集合場所の学園門前の少年少女たちは、血走った目で楽しそうに友人たちとはしゃいでいる。

 初めての集団での旅行に挑む古谷志門は、逆な意味で眠れなかったという。

「実は昨夜、若が訪問されまして、お小遣いとお守りを頂いたんです」

「珍しいけど、それだけ伯父様も、心配してるのね」

 戸惑い気味の志門の言葉に、凪はしみじみと感想を述べた。

 妹の子供である自分の元にも、セイは一応お小遣いをくれに来たが、お守りは渡されていない。

 実は、この場の知り合いの少年少女にも、お小遣いは同等に手渡されているようで、晴彦と和泉と弥生も、お土産の吟味を頭に入れている。

 だが、困惑している志門は、その吟味よりも悩んでいるようだ。

「……とても変わった気配のする、お守りなのです」

 いつもズボンのポケットに入れている、石川、古谷両家の鍵のキーホルダーにつけたそれを取り出し、同級生に見せた。

「? あれ、若って、手先不器用じゃなかったのか?」

「裁縫類だけが、破壊的に苦手みたいだけど、他はそうでもないって、雅さんは言ってたけど……」

「まあ、針仕事と、折り紙じゃあ、手先の使い方も、違うもんな」

 素直な感想を言う三人の少年の傍で、弥生がそっと、指先程の大きさの折り鶴を持ち上げた。

「何か、呪文が書いてるわけじゃないのに、変わった気配がするの?」

「ええ。ある程度の自衛ができる、お守りだと」

 藤色の、色紙で出来た小さなそれを見下ろしながら、少年少女は唸るしかない。

「……お守りが必要と思う程、不味い事態が起きてるのか、関西の方で?」

「そんな話、聞いてないわ。お母さんも、節度を持ちながら気を付けなさいって、言っただけだったし」

 凪の言い分に、晴彦も頷く。

「親父も、節度を持って、適度に友達を助けてやれとしか……」

「……めいっぱい楽しめと、言われただけだったな」

 和泉の父親の言葉はお気楽だったが、背後の執事の顔が、少々怪しかった。

 だか、幼馴染たちを不安がらせることは、口に乗せない。

 その空気を読めるはずの志門は、顔を曇らせた。

「やはり、参加しない方を選んだ方が、良かったのでしょうか」

「そんな筈、ないでしょっ」

 不安気な同級生を、バッサリと落とす勢いで、凪がきっぱりと言い切った。

「伯父様のことだから、念を入れただけよ。あなたは、世間知らずだから、どういう事態に巻き込まれるか、分かったものじゃないからっ」

 目を見張った志門は、少しだけショックを受けたのだが、よろめくほどではなかったがために、凪は気づかなかった。

「大丈夫! 私が、あなたを守るからっ」

 それが一番、心配なのだが。

 幼馴染たちは、同時にそう思ったが、口には出さなかった。

 言ってしまっては、空気が一気に気まずくなってしまう。

 そんな同級生たちの心境を察し、志門は気を取り直して笑顔になった。

「有難いですが、そこまで面倒をかけるわけにはいきません。他の同級生たちとも離れないように、動きます」

「ま、オレたちも一緒の班だし、そこまで大事には至らないだろ」

 気休めを言う和泉も、頷いた他の幼馴染も、安心させるために明るく二人を集合場所に促したが、内心は不安が一杯だった。

 空港に向かうバスに乗り込みながら、深く祈る。

 どうか、無事に楽しめますように。

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