第12話 花束のためのアンティーク

 彼の手のひらに載るほどの品は、えんすいけいをしていて、本体は銀色をしている。

 花の形をした部品の他にも、表面には細やかな装飾が施されていた。


 だがしかし、コリンはブローチと言っていたが、どこにも針金らしきものはついていない。代わりに本体にはきゃしゃな鎖が付いており、鎖の先はちょうど指が通せそうな金属製のリングにつながっている。

 円錐形の広い口には両開きのふたが付いており、アルヴィンがつまみを操作するとなめらかに開閉した。


「ローザ、この部分に押されているマークが見えるかな。銀の含有量が保証されるシルバーマークなんだ。国や地方ごとにマークの種類があるから判別は難しいけど、このライオンが歩く姿は、銀の含有量が九十二・五パーセント以上であると示す。つまりこれは、それなりに格式のある工房で作られた銀製品ということだ」


 ローザはアルヴィンが指し示してくれたシルバーマークを確認する。

 アルヴィンはこの一週間、実際の品物を通して、青薔薇骨董店ブルーローズアンティークで取り扱うこっとうの知識を授けてくれた。

 穏やかな語り口で、とうとうと語られる話はわかりやすい。またローザがわからないことを質問しても、アルヴィンは嫌な顔一つせず当たり前に答えてくれる。

 だから一生懸命勉学にはげむのだが、唯一の問題は美しい顔が近くてどきどきしてしまうことだ。


 彼に他意はないとわかっていても、落ち着かなくなるのは仕方がない。


「ローザ、なんだか顔が赤いけれど、少し暑いかな」

「いいえ、気にしないで欲しいのですが……これはブローチには見えませんが、なんなのでしょう」


 話をそらすと、アルヴィンは朗らかに答えた。


「これはポジーホルダーだね。花を美しく身につけるために使われる装飾品だよ。口の部分が開閉できるようになっているね? ここに花の茎を挿して固定するんだ。パーティで花束を持ち歩くためにはもちろん、ご婦人が街の悪臭が気になるときに、ポジーホルダーに入れた花の香りを嗅いでやり過ごすんだ。このリングに指を通して手に提げるんだよ」

「そういえば、花売りをしていた頃にも、身なりの良い女性が似たような物を持ち歩いていたのを見たことがあります」


 名称を知らなかったローザは、改めて彼の手にあるポジーホルダーを見た。


「前に説明したけれど、だいたいアンティークと語られるのは、百年以上った品物になる。これは、シルバーマークとデザインからしてまだ百年は経っていないけれど、花の細工が見事だ。僕の店にも並べたい良い品だね。ただ、鎖が直された跡がある」

「それはおれが直したんだ。鎖とリングが外れちまって、あのひとがあんまりにも泣いてたからさ。兄貴の仕事を見てたし、見よう見まねで、ちょちょいと」


 答えたコリンの声は、以前した親切を語るには沈んでいた。だがアルヴィンはおお、と感心した声を上げた。


「一見ではわからないくらい見事だよ。直した素材が鉄ではなく、銀だったら価値は落ちなかっただろうね」

「うん、あの人も喜んでくれた。おれなんかの名前を覚えてくれるくれーにはさ」


 ローザはコリンのひどく悲しげな様子がとても気になったが、外にいる御者が、窓をたたいて到着を知らせてきた。


 三人が降りると、そこは住宅街だ。

 アルヴィンの店のようなテラスハウスが並んでいるが、一軒一軒は大きく、玄関口には丹精こめて手入れをされた花々が飾られている。

 裕福な人々が暮らす高級住宅街なのは明白だった。


「さて君の探す『妖精のような人』フェリシア・オルコットさんの家だけど……」

「──あの、緑の扉の家だ。あぁ、今出てきた女の人でまちがいねえ」


 アルヴィンが示す前に、コリンが指さしたのは、テラスハウスの角にある家だった。

 ちょうど緑の扉が開かれ、品のいドレスを着た婦人を見送る女性がいる。


 年は二十歳後半だろう。彼女は華奢な体にラベンダー色のドレスをまとい、少しくすんだ金色の髪を丁寧に結い上げている。

 全体的にはかなげで、どこか疲れが見えたが、遠目からでも穏やかで美しい女性だった。

 確かに妖精のよう、と称するのもわかるとローザは思った。


 コリンはまだまっていた馬車の陰に隠れて、アルヴィンに訴える。


「なあ、早く返しに行ってくれよ。あの人だからさ。そうしてくれりゃもういーんだ」


 必死なコリンを見下ろしていたアルヴィンは、納得したようにうなずいた。


「やはり君は、一度自分で返しに来たことがあるね?」


コリンがぎくりと肩を震わせる。その反応で、ローザにも彼が図星を指されたとわかる。


「今君は僕が家を示す前に、緑の扉だと言ったね。しかも彼女が扉を開ける前に。ならば一度来たことがあると考えるのが自然だ。つまり君は、彼女の居場所を知っていながら、僕達を試したということになるね」


 アルヴィンが淡々と語ると、コリンは青ざめて一歩後ずさる。

 ローザは、アルヴィンが急に詰問し始めてぎょっとした。

 なぜ、純粋に疑問に思っただけのようなのに、感情が抜け落ちたように淡々と指摘するのか。

 だが、ローザはその場の空気にまれて立ち尽くすばかりだ。


 おびえるコリンだったが、それでも否定の声をあげた。


「お、おれは……そんなつもりじゃなくて……ただ返してくれって言ってもきっと動いてくれねえと思ったから……!」

「おや、そうなのか。では、君がそう思った理由を教えて欲しいな」


 促されたコリンはぎゅうと自らの拳を握ると、苦いものを吐き出すように語り始めた。


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