第9話 仕立屋は密やかに


「ねえ、アルヴィン。あの子一体何者?」


 ミシェルが問いかけると、しゅう図案に向き直っていたアルヴィンが顔を上げた。

 銀色の髪を束ね、柔く微笑を浮かべる姿は、ミシェルが出会った頃から変わらず妖精のように美しい。彼のけぶるようなまつげが動き、銀灰色の瞳が隠れた。


「なんのことかな」

「ローザのことよ。あの子、恐ろしく奇妙よ。身なりは労働者階級なのに、歩く姿は貴婦人顔負けで、話す言葉はそこらのなりきんの娘よりもずっと綺麗だわ。あそこまで体に染みつかせるには、上流階級のしきで行儀見習いでもしていないと無理よ。なのに労働者階級らしく、世話されることに慣れていないし、この店の空気に吞まれていた。ちぐはぐよ」


 ミシェル自身が外国から来たからこそ、よくわかる。

 言葉も所作も、長年の癖が出るものだ。

 完璧ともいって良い上流階級の所作を身につけているのに、労働者階級であるローザは異質で、奇異さが際立つ。


 ローザはミシェルのメイド達に接客の基礎を習っていて、ここには居ない。

 だからこそ、今のうちに、どのような思惑で彼女を拾ったのか確かめようとしていた。


「あんな奇妙な子を拾って、一体どうするつもり」

「なにって、従業員にするよ」

「アルヴィン」


 あっけらかんとした答えに、ミシェルはにらむが、アルヴィンには全く響かなかったようで、不思議そうにした。


「どうして、ミシェルは怒っているのかな。まあいいや、あの子はまだつぼみなんだ。今まで花開けるような環境ではなくて、枯れかけていた。育ったとおりに振る舞ったのに、受け入れられない場所にいるのは、とても大変だよ」


 朗らかにさりげなく語られた言葉の重みに、とがめようとしたミシェルは口を閉ざす。

 自分にも覚えがあったからだ。


 自分らしく生きられなかった場所から、この銀の青年と奇縁をつなぎ抜け出した。そのことにミシェルは心から感謝している。

 ただアルヴィンが結果的に助けてくれたのは、彼の興味の対象である、妖精が関わっていたからだと重々承知していた。


 しかし、彼女を手元に置く経緯には、どう聞いても妖精が関わっていない。


 ミシェルが考えている間にも、アルヴィンは楽しげに笑みを深めた。


「僕にはあの子が何か、なんてどうでも良い。あの子がどんな風に咲くか、見てみたくなったから、手入れをしてみようと思った。だから君のところに来たんだ」


 銀灰の瞳が、興味と好奇心に染まっている。


 ミシェルは知っている。

 アルヴィンが心を動かすのは、妖精が関わることだけだと。

 だが、彼があおと呼ぶ少女の話をする今も、その目は輝いていた。


 おどおどと縮こまりながらも、必死に前を向こうとしていた少女の姿を思い出す。

 あの少女は原石だ。磨けば絶対化けると、ミシェルの勘がささやいている。

 なによりミシェルも、少女が美しくなる手助けをするのが生きがいなのだから。


「そういうことなら、わかったわ。女の子を磨くのは、私の得意分野よ」

「うん、頼りにしている。──ああ、見つけた。この刺繡図案を販売した顧客について、教えてくれないかな」


 だからミシェルは、ひとまずアルヴィンの願いに応えることにしたのだった。

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