第230話 災い転じて福となす?

 しかしサーシャは動じることはなかった。

 いくら爬虫類が得意でも、顔に飛んで来ればさすがに少しは慌てるものだが、サーシャは微動だにしない⋯⋯というか視線が動いていない。


「これはもしかして⋯⋯気絶してる!?」


 おそらく最初にトカゲを見た時から意識を失っていたのだろう。

 トカゲは、動かないサーシャを安全と考えたのか、ゆっくりと顔を歩き始める。

 そして最悪なタイミングでサーシャの目に光が戻り始めた。


「えっ? 私は⋯⋯顔に⋯⋯」


 サーシャは何気なく違和感を感じる顔に手を伸ばす。

 するとトカゲはサーシャの手にあっさりと捕まってしまった。


「何でしょうか、この適度に柔らかいものは⋯⋯ひぃっ!」


 自分の手に持っているものがトカゲだと気づき、悲鳴を上げる。

 そしてその場に崩れ落ちたので、俺は慌ててサーシャを支えた。


「サーシャ大丈夫か!」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 しかし返事はない。

 どうやらまた気絶しているようだ。


 とりあえず俺はサーシャの手に握られているトカゲを奪い取り、地面に放す。

 するとトカゲは、一目散にこの場から逃げ去るのであった。

 どうせなら始めから逃げてくれれば、サーシャが気を失うことはなかったのに。


「少しここで休憩をしようか」


 そしてサーシャが気絶したままダンジョンを進むわけには行かないので、目が覚めるまで、ここで休むことを提案する。


 サーシャが気絶してから十五分後。


「ううん⋯⋯」


 サーシャがなまめかしい声を出しながら、ゆっくりと瞳を開ける。

 どうやら眠り姫が目を覚ましたようだ。


「はっ! ト、トカゲ!」

「トカゲはもういないから安心して」

「えっ? はわわ! リリリ、リック様!」


 サーシャは意識を取り戻したが、何故か取り乱していた。


「ここ、ここは⋯⋯リック様の膝の上ですか!?」


 そう。サーシャが気絶した後、俺は自分の膝の上にサーシャの頭を乗せていた。

 さすがにこの硬い石で出来た地面の上に、サーシャを寝かせる訳にいかなかったからだ。


「そうだけど。ダメだったか?」

「そそ、そんなことありません! ありがとうございます!」


 もの凄い勢いでお礼を言われてしまった。

 とりあえず嫌がられていないことに安心した。


「サーシャお姉ちゃん⋯⋯」


 ノノちゃんが泣きそう表情で、サーシャの顔を上から覗き込む。


「ノノさん? どうされました」

「ごめんなさい。ノノがトカゲをサーシャお姉ちゃんに見せたから⋯⋯」


 ノノちゃんはサーシャが気絶している間、ずっと反省の言葉を口にしていた。

 勿論悪気があってやったわけじゃないだろう。

 ただ純粋にトカゲを可愛いと思い、サーシャに見せただけだ。


「私こそ大袈裟に驚いてしまってごめんなさい。虫や爬虫類が少し苦手なので驚いてしまいました」

「本当にごめんなさい!」


 ノノちゃんは改めて深々と頭を下げる。


「わかりました。その謝罪を受け入れます。でも本当気にしないで下さい。むしろ嬉しいことがありましたから」

「嬉しいこと?」

「コホンッ! 何でもありません」


 サーシャの言動が少し気になるが、とりあえず大事に至らなくて良かった。


「サーシャ大丈夫か? 立ち上がれそう?」

「え~と⋯⋯まだ少しめまいがします。もう少しこのままでもよろしいでしょうか」

「いいよ。確かにサーシャの顔は赤いし、本調子には見えないからな。もしかして熱もある?」


 俺は額に手を伸ばす。


「ひゃあ!」


 しかしサーシャから悲鳴のような声が上がり、俺は思わず手を引いてしまった。


「ご、ごめん! 女の子の肌に触れるなんて非常識だったよな」

「い、いえ。少し驚いてしまって。だ、大丈夫です。熱があるか調べて下さい」


 サーシャはギュッと目を閉じ、俺が触れるのを待っている。


「え~とそれじゃあ⋯⋯」


 俺はサーシャの言葉に従い、再び額に手を伸ばす。

 額から掌に高い熱は感じなかった。

 しかし触れていると段々と熱くなってきて⋯⋯


「プシュゥ⋯⋯」

「サーシャ? 大丈夫か!」

「お姉ちゃん!?」


 だが俺とノノちゃんの問いかけに反応はない。

 サーシャは顔を真っ赤にして目を回し、再び意識を失ってしまうのであった。

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