第223話 おもてなし後編

「初めて見るけど、匂いからして肉なのは間違い無さそうね」

「リック様が作った料理です。美味しいに決まってます」


 まずはエミリアとサーシャがナイフとフォークを使って肉を切る。


「えっ! 柔らかいわ」

「ナイフがスーっと入っていきます」


 この肉は子供でも簡単に食べられる物だからな。

 だからお子様ランチにもほぼ必ず入っているものだ。


「柔らかくても肝心の味が悪ければ⋯⋯う、旨い!」

「この得体の知れない肉が美味しいだなんて、イシュバル⋯⋯貴方の舌がおかしく⋯⋯美味しい」


 とうとうイシュバル公爵とフェルト公爵は、俺の料理を旨いと口にしたのだ。

 だが俺のターンは終わらない。


「次はこのソースかけて下さい。イシュバル公爵とフェルト公爵はこちらを。女性陣はこちらを」

「何故男性と女性を分けるんですか? まさかこちらには毒が入っている⋯⋯なんてことはありませんよね」

「それなら俺が先に毒味をしましょうか?」


 まあ例え毒が入っていても、毒耐性スキルを持っているからダメージはないけどね、


「いや、けっこう。さすがにそんなことはしないでしょう」


 闇討ちしようとした人のセリフとは思えないな。

 殺されそうになったことを俺が恨んでいるとは思わないのか。


「あなた! リックくんに失礼よ。それならあなたの料理は私とサーシャで頂くわ」

「ちょ、ちょっと待ってくれソフィア。今のは失言だった」

「でしたら黙って食べて下さい」

「は、はい」


 フェルト公爵は妻と娘に叱責されて、しょんぼりしてしまった。

 だが正直フェルト公爵には酷い目に合わされたので、少し良い気味だと思っている。


「そ、それじゃあ食べようか」


 フェルト公爵はこの空気を変えたかったのか、肉にソースをかけ、口に運ぶ。


「こ、これは! ソースをかけることによって、さらに肉の旨味が口に広がった!」

「この匂いはガーリックか!」


 これは男性に好まれる味なので、二人の口に合うと思った。

 その証拠に二人は一心不乱に肉を食べている。


「ガーリック⋯⋯ね」

「私も好きですが匂いが残るのはちょっと⋯⋯」


 エミリアとサーシャは、ガーリックの強烈な匂いが気になるようだ。

 思春期の女の子だ。口臭が気になるのは無理もない。

 だがそれは想定内だ。


「女性陣には別のソースを用意しています」


 俺はメイドに指示して、女性陣の肉にソースをかける。


「これは何のソースかしら? 少し粘性があるような」

「二十年生きてきて初めて見るわ」


 アンジェリカさんが滅茶苦茶年齢をサバ読んでいるが、誰もつっこまない。どうやら公爵家一家では日常茶飯事なことのようだ。

 まあアンジェリカさんもソフィアさんも若くて美しいから、俺も異論はないけど。


「良い香りね」

「それでは頂きましょう」


 まずはアンジェリカさんとソフィアさんが肉を口に運ぶ。

 すると恍惚な表情へと変わっていく。


「甘味があってお肉がさらに美味しく感じるわ!」

「甘味だけではなく、程よい酸味もあってお肉に合っていますね」


 よし! 二人の口に合ったようだ。

 他の女性陣もフォークが進んでいるから、今出した肉は大成功と言えるだろう。


「それにしてもこのお肉とソースは何なの? リックくん教えてくれない?」

「これは牛肉と豚肉を細かく挽いて合わせた物です。名前はハンバーグと言います」

「ハンバーグ? 聞いたことないわ」

「それとソースですが、イシュバル公爵とフェルト公爵にお出しした物はガーリック醤油、女性陣に出した物はデミグラスソースです」

「それも聞いたことないです」


 公爵夫人達が知らないということはやはり、この世界にはハンバーグやガーリック醤油、デミグラスソースはないようだ。


「もう一つあるのが嬉しいですね」

「ふ、ふん。気が利くじゃない」


 ふふ⋯⋯だがまだ俺のターンは終わってないぞ。


「何だこれは!」

「中に何か入ってるぞ!」


 公爵達が二つ目のハンバーグにナイフを入れると、トロッとした白っぽい何かが出てきていた。


「だがきっと旨い物であるのは間違いないだろう」

「そうですね。頂きましょう」


 どうやら料理に関しては信頼を得たようだ。悪態をついていた公爵達はもうどこにもいない。


「旨い! ハンバーグの旨さが一段上がったぞ!」

「これはチーズですね。まさかチーズと肉がこんなに相性がいいとは思いませんでした」

「お兄ちゃんすごく美味しいよ。ノノ、チーズが入ったやつ好き」

「うま⋯⋯うま⋯⋯うま⋯⋯」


 良かった。どうやら大好評のようだ。


「ふふ⋯⋯ノノちゃん、お口にソースがついているから拭いてあげますね」

「ありがとう。え~と⋯⋯」

「ソフィアお姉ちゃんって呼んでくれていいのよ」

「うん。ありがとうソフィアお姉ちゃん」

「はうっ! 何て素直で良い娘なの。昔のサーシャを思い出すわ」


 ソフィアさんがノノちゃんの可愛さにやられて、悶えている。


「私は今でも素直な良い娘ですよ」

「そんなことないわ。だってリックくんの前だと素直に――」

「お、お母様!」


 サーシャが突然慌て始める。


「ん? 俺の前だと何かあるのか?」

「い、いえ! 何でもありません! それよりデザートが運ばれて来ましたね! リック様! 説明をお願い致します!」

「あ、うん。これはシャインアップルを凍らせて削ったシャーベットになります」


 サーシャが一気にシャーベットを口にした。


「冷たくて甘くてとても美味しいですね! イタッ! 頭がキーンとなって痛いです」


 冷たい物を急いで食べるからだ。

 それだけシャインアップルのシャーベットが食べたかったのだろうか。


「この娘は良い娘に育ったけど、たまにドジなことをするのよね。まあそこが可愛い所でもあるけど」

「サーシャ、あんた何やってるのよ。それよりパパ、どう? リックの料理は」


 エミリアが胸を張って、公爵達に問いかける。


「くっ! それは⋯⋯」

「だけどそれを認める訳には⋯⋯」


 二人は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 どれだけ俺のことを認めたくないんだ。

 二人の負けず嫌いには困ったものだな。


「とっても美味しかったわ!」

「こんなに美味しいものを食べたのは初めてよ!」


 公爵達とは違って夫人達は俺の料理を褒めてくれた。

 そして二人はこちらへと寄って来て俺の両腕を組んで来た。


「こんなに美味しい料理が作れるなんて、エミリアは大きい魚を逃がしたわね。これも誰かさんのせいだけど」

「これはやっぱりサーシャのお婿さんになってもらわないと。それとも融通が利かない人とは別れて、私がリックくんにアタックするのもいいわね」

「それはありだわ。リックくんと結婚すれば、毎日美味しい食事が食べられるものね」


 そんなことを言ったら⋯⋯


「こ、このクソガキが。やはりあの時始末してれば⋯⋯」

「月のない夜は気をつけた方がいいですよ」


 やはり公爵達の恨みを買ったか。

 アンジェリカさんもソフィアさんも、旦那を挑発する行為はやめてほしいぞ。

 だがこの時、公爵達以上の殺気を放っている者がいた。


「リックぅぅ⋯⋯あんた何ママ達に色目を使っているのよ!」

「お母様、アンジェリカ様。リック様を誘惑するのはやめて下さい。これ以上お痛をするようですと⋯⋯ふふ」


 エミリアの殺気とサーシャの笑みが怖い。これは二人の美女の温もりに現を抜かしている場合じゃないな。

 俺はゆっくりと二人の腕を外すことによって、何とかエミリアとサーシャの怒りを回避することに成功するのであった。

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