第222話 おもてなし前編

 そして俺達は領主館へ戻る。

 すると程なくして、公爵一家も領主館にやってきた。


「ママ達はしばらくドルドランドに滞在するみたい」

「領主館にお泊めしてよろしいでしょうか?」

「いいよ。ただ⋯⋯明日ズーリエに一度戻ろうと思っていて」


 ドワクさんに蒸留機の発注をお願いしたいのと、領主になることを母さん達に報告しないといけないからだ。


「そう。わかったわ」

「そうですか⋯⋯」


 エミリアは興味無さそうに、サーシャは何か考えているのか、夢現に見えた。


「別荘に滞在してもいいが、娘もいるし、仕方ないから泊まってやるか」

「帝国の端にあるドルドランドのもてなしなど、期待出来ないでしょう。せめて専属のシェフを連れてきた方がいいかもしれません」


 確かに公爵領と比べて、人口も技術も商品の質や流通も全て下だ。

 だからといって何もかもドルドランドが下だという訳ではない。


「ふふ⋯⋯面白いことを言うわね」

「お父様とイシュバル様の驚く顔が、今から目に浮かびます」


 どうやら公爵達の言葉に納得いってないのは、俺だけじゃないようだ。

 それなら公爵の舌を唸らせる料理を作ってみせよう。


「それでは部屋の方に案内します。一時間後に夕食を準備致しますので、食堂にお集まり下さい」


 そしてエミリアとサーシャは両親と共に、領主館へと入っていく。

 さて、それじゃあ食事の準備をするか。

 俺は公爵達が驚く料理を作るために、食堂へと向かう。


「献立をどうするか。スープとサラダはラフィーネさん達に出したものでいいよな。ただメインは⋯⋯塩釜チキンでもいいけど、どうせならこの世界でまだ食べたことがないものを提供したい。それなら前の世界で好きだったあれを作るか」


 俺は頭の中で、夕食のメニューを組み立てていく。

 よし! これでいけるはずだ。

 そして俺は材料を異空間から、ないものに関しては創造魔法で出していくのであった。


 月が夜を支配し始めた頃、食堂には公爵家一家とノノちゃん、リリの姿があった。

 よっぽど気に入ったのか、アンジェリカさんはリリの隣に、ソフィアさんはノノちゃんの隣に座っている。


「お兄ちゃんの料理はすっごく美味しいよ。ノノ楽しみ~」

「そうなの? 私も楽しみになってきたわ」

「エミリアと二人で皇帝陛下も倒したと聞いているし、料理も出来るなんて、リックくんはかなりの優良物件ね」


 ノノちゃん、アンジェリカさん、ソフィアさんが俺のことを褒めてくれる。だがそれを良く思わない人達がいた。


「皇帝陛下を倒したのはうちのエミリアお陰だろ」

「料理が出来るからといって、それが美味しいかどうかは別問題ですね」


 イシュバル公爵とフェルト公爵は、娘達と一緒にいる俺のことが、どうしても気にくわないらしい。だけどそんなことを言ってると⋯⋯


「私はリックくんとエミリアが手を取り合って、二人の愛の力で陛下に勝利したと聞いていますけど」

「そそそ、そんなことないわ! ママは何を言ってるの!」

「まだ食べてもいないのに貶すなんて。器が小さいと思われてしまいますよ」

「お父様から常に物事の本質を見極めろと教わってきましたが⋯⋯幻滅です」


 余計なことを口にした公爵達は、娘と妻から咎められていた。


「「くっ!」」


 そして公爵達は悔しそうな表情をした後、こちらを睨んできた。

 この二人には省みるという言葉はないのか。とりあえずその都度こちらに殺気を振り撒くのはやめてほしい。


「それではまずは食前酒をお飲み下さい」


 メイドさんから、紫色に輝くワインがグラスの中に注がれる。

 本当はエミリアとサーシャには酒を飲ませたくない所だが、少しくらいなら大丈夫だろう。


「これはブドウか?」

「ジュースとは子供じみた物を」

「いえ、ちょっと待って」

「アルコールの香りもするわ」


 ブドウのワインだ。以前ラフィーネさん達にも好評だったから、公爵達の口にも合うはずだ。

 そしてノノちゃん以外の者がワインを口にする。


「こ、これは!」

「こんな飲み物は初めてだ!」

「ブドウの香りがとてもいいわ」

「甘くて女性に好まれそうな味ね」


 しかし公爵達に評価されているように見えたが、何故か機嫌が悪い者が二人いた。

(リックのやつ⋯⋯まだこんなお酒を隠し持っていたなんて生意気だわ)

(こんなに美味しいお酒があるとは知りませんでした⋯⋯教えて下さらないなんてリック様酷いです)

 この時、リックのことをジト目で見ている視線に、本人は気づいていなかった。


「次はサラダになります」


 メイド達が持ってきたのは、キュウリ、レタス、水菜、トマトのサラダだ。そしてフレンチドレッシング、和風のゴマドレッシング、チョレギドレッシングの三つを用意している。


「俺に草を食べろと? こんなじゃ俺の筋肉が育たねえぜ。肉はねえのか肉は」

「イシュバルの肉好きは相変わらずですね。食べ過ぎは身体に悪いですよ」


 確かに体格がいいイシュバル公爵は、野菜より肉って感じだな。

 肉はこの後だからもう少し待ってほしい。


「サラダにはこちらをかけてお召し上がり下さい」

「それじゃあ俺はこの黄褐色のものを⋯⋯うっ! これは⋯⋯」

「美味しいわ!」

「このかかっているものが、野菜の旨味を数段引き上げているわね」


 ふふ⋯⋯どうやら皆気に入ってくれたようだ。

 だがこれで驚いてもらっては困る。

 俺の料理はまだまだ続くからな。


「次はスープです」


 メイド達がスープを運んでくると、食堂が食欲をそそる香りで埋め尽くされる。


「お兄ちゃんのスープはいつ飲んでも美味しいね」

「こんなに美味しいスープ⋯⋯初めて」


 やはりチキンコンソメスープは手軽に作れるし、最高に旨いな。

 イシュバル公爵とフェルト公爵も言葉を語らず、一心不乱に飲んでいた。


「それでは次は、イシュバル様ご所望の肉料理になります」

「肉か! 肉と言えばステーキだろ?」

「いえ、本日は少し変わった物を用意しました」


 メイド達が本日のメインディッシュである肉料理を運んでくる。

 その料理を見て、誰もが驚きの表情を浮かべていた。


「確かに肉料理に見えるが、肉質が何だか見たことがないぞ」

「二つありますね」


 皿の上に乗ったものは、焼かれた楕円形の肉だった。

 この世界で肉料理といえば、素材を煮込むか、そのまま焼くだけとなっている。

 だがそれでは公爵達を満足させられないので、俺は前の世界で子供にも大人にも人気がある、肉料理を出すのであった。



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