第220話 娘に弱い者は?

 二人は地面を転がった拍子に外套が捲れ、素顔が晒される。


 剣士の方は鋭い目付きの中年で、魔法使う者は優男といった風貌だった。


 ん? この二人は⋯⋯


「パパ! リックに何てことするのよ!」

「いくらお父様でも許せません!」


 そう。この二人はエミリアの父親であるイシュバル公爵とサーシャの父親のフェルト公爵だ。

 俺もエミリアの婚約者として⋯⋯勇者パーティーの一員として何度か会ったことがあるけど、まさか公爵ともあろう人が、真っ昼間から襲撃してくるとは思わなかった。

 けどよくよく考えてみると、これ程の実力者はこの世界では限られた人しかいない。

 この世界では女神のように人外の能力を持つ七人は、七聖神しちせいじんと言われているのだ。そしてグランドダイン帝国にはその七聖神と呼ばれている者は三人いる。

 現皇帝であり、戦えば何もない残らないと言われている虚空のエグゼルド、あらゆる剣技を使い騎士団長である剣聖イシュバル、全ての精霊魔法を使うことが出来ると言われている賢聖フェルト。

 その内の二人と戦ったんだ。苦戦するのも仕方ないな。

 そして何故俺を殺そうとしたのかも大体わかった。

 二人は娘に凄く甘く、娘の近くをうろちょろする俺のことが目障りなんだ。

 だから実力的に劣るエミリアとサーシャでも、二人を倒すことが出来たのだろう。

 そういえばイシュバル公爵と初めて会った時のことを思い出した。

 あの時は一言も喋らず、ずっと俺を視線で威圧していたな。

 まあ結局エミリアに注意され、その後項垂れて機嫌が悪かったのを今でも覚えている。


「パパ! ほらリックに謝りなさい!」

「おお! エミリアが俺のことをパパと! 最近は父としか呼んでくれなかったのに!」

「バ、バッカじゃないの! でもこの後の態度次第では一生父とも呼ばなくなるわよ」

「わ、わかった! 謝ればいいんだろ。謝れば」


 イシュバル公爵は頭を下げるとは言っているけど、不満だということが明らかにわかる。


「お父様もです! リック様に謝罪して下さい!」

「サーシャ⋯⋯わかったから首にナイフを当てるのをやめなさい。少し引くだけで血が吹き出して、パパは死んでしまうよ」

「血の気が多いから、少しくらい抜いた方がいいかもしれませんね」

「ひぃっ! その光がない目はやめなさい! ちゃんとリックくんに謝るから」


 そしてフェルト公爵も頭を下げることに了承したが、表情からして嫌々だということがわかる。


「⋯⋯悪かったな」

「モウシワケアリマセンデシタ」


 絶対悪いと思ってないよな。

 この様子だとまた襲ってくると考えた方がよさそうだ。

 しかし相手は公爵。納得いかなくてもこのまま謝罪を受け入れるしかない。


「はっ? それで謝罪のつもり?」

「お父様⋯⋯リック様に対してが高いですよ」


 エミリアとサーシャもちちおや達の態度に納得いかなかったようだ。

 二人に対してさらにプレッシャーをかける。


「まさか土下座しろっていうのか! グランドダイン帝国の公爵であるこの俺がこの小僧に!」

「サーシャ⋯⋯これでも私は七聖神と呼ばれていて、それなりの立場にいるんだよ」

「そんなこと私には関係ないわ。相手がどれだけ偉くても、私が謝罪しなさいと言ったら謝罪するのよ」

「お父様⋯⋯悪いことをしてしまったら、心から謝罪するのは当然のことですよ」

「それに私はをまだ許してないから」

「くっ!」


 この時エミリアが言葉にした例の件とは、リックとの婚約解消についてだ。

 エミリアとしては、何としてでもリックとの婚約は解消したくなかった。しかしイシュバルはリックが勇者パーティーを抜けたことでいち早く動き、婚約を破棄させたのだ。


「お父様。私も皇帝陛下の暴走を止めて下さらなかったことを忘れていませんから」

「うっ!」


 これはリックがスパイ容疑をかけられた時のことだ。この時フェルトは、娘のサーシャの意見を無視しして静観を決め込んだのだ。


「パパ!」

「お父様!」

「ち、ちくしょう!」

「何故このようなことに⋯⋯」


 公爵達は娘から再度謝罪するように促され、悔しそうな表情をしながら、とうとうその汚れていない膝を、地面につける。


「「も、申し訳⋯⋯ありませんでした」」


 そしてイシュバルとフェルトは、血の涙を流しながらこちらに向かって土下座をするのであった。


「くそっ! この屈辱忘れねえからな」

「月のない夜には気をつけたまえ」


 確実に反省してないよな。

 次襲われてもいいようにもっと強くなっておこう。


 こうして俺はエミリアとサーシャのおかげで九死に一生を得ることが出来たが、父親達が何を考えているかわからないため、まだまだ予断は許さない状況であった。


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