第210話 トラウマ

「サーシャは相手を傷つけるのが嫌なんじゃないか?」


 俺の問いかけにサーシャは目を見開く。

 どうやら間違っていないようだ。


「⋯⋯はい。リック様のおっしゃる通りです。実は四年前にドルドランドでリック様に助けて頂いた後、精霊魔法を習い始めたのですが⋯⋯そ、その時にコ、コントロール出来なくて⋯⋯子供に怪我を⋯⋯」


 サーシャは震えながら自分を抱きしめ、掠れた声で言葉を振り絞る。

 魔法を制御出来なくて暴走させ、子供に撃ってしまったということか。

 心優しいサーシャに取っては堪えられない出来事だろう。


「幸い子供に命の別状はなく、後遺症もありませんでしたが⋯⋯あ、あの時の光景は今でも覚えています」


 もしかしてそのことが心の中でトラウマになっており、本来の力が出せないのかもしれない。

 四年経っても改善が見られないなら、これからもずっと変わらない可能性があるな。

 サーシャの優しさが仇になるとは。

 だけど何故苦しい想いをしてでも、サーシャは⋯⋯


「精霊魔法使いを辞めようとは思わなかったのか?」


 俺は疑問に思ったことをサーシャに問いかける。

 子供を傷つけたことを忘れることが出来ないなら、魔法を使うのを辞める選択肢もあったはずだ。

 だけどサーシャはその後、勇者パーティーに入るまでに至っている。


「⋯⋯負けたくないからです⋯⋯エミリアに」


 納得がいく理由だった。二人は仲が悪いからな。

 ライバルには負けたくないという気持ちはわからなくもないが。


「どのようなことでも器用にこなし、特に剣に関しては天才ですから。そのようなエミリアに私が勝てるものは精霊魔法しか⋯⋯」


 確かにエミリアの剣術は天才だ。だけど使っている武器を見る限り間違いなく⋯⋯


「エミリアは確かに何で出来る。でもそれは⋯⋯」

「わかってます。エミリアは陰で努力していることを」

「知ってたんだ」

「はい。以前から何となくわかっていましたが、ドルドランドに来て確信に変わりました。毎日隠れて剣の稽古をしているようですね。おそらく本人に指摘しても絶対に認めないと思いますが」

「確かにプライドが高いから努力しているなんて言わないだろうな」


 サーシャとしては、エミリアが努力しているからこそ、自分も努力で負けたくないと思っているのかもしれない。

 でもこのまま精霊魔法を使い続けてもいいのだろうか?

 俺はサーシャのために何も出来ないのか?

 今のサーシャは少しだけ以前の俺と似ている。それなら⋯⋯


「実は俺⋯⋯初めて人を、盗賊の命を奪った時に震えが止まらなかったんだ」

「それは⋯⋯私はまだその経験はありませんが、人間として当たり前のことだと思います。何も考えず命を奪うような人を私は軽蔑します」


 サーシャもルナさんと同じような考えを持っているな。


「その時は例え悪人でも、人を殺したことに罪悪感や自責の念が押し寄せて来て苦しかった」

「ですがリック様は乗り越えられたのですよね? よろしければその方法を教えて頂いけないでしょうか」

「俺は⋯⋯自分が行動しなかったせいで、大切な人の命を守ることが出来ないなんて嫌だって思った」

「大切な人の命を⋯⋯守れない⋯⋯」

(今思い出しました。そういえばあの時は無我夢中で気づきませんでしたが、この四年間で一度だけ躊躇いなく魔法を使ったことを。誘いの洞窟で一人取り残されるリック様を助けに向かった際、あの時の私は確かに強い魔法が使えた。だから心の問題を解決すればきっと⋯⋯)


「だからサーシャも大切な人がいるなら、その人のことを想いながら戦ってみたらどうかな。そうすればもしかしたら過去のトラウマを乗り越えられるかもしれない」

「⋯⋯わかりました。やってみます」


 参考になったかわからないけど、話をする前と比べてサーシャの目の色が変わったように見える。


「ち、ちなみにお聞きしたいのですが、リック様の大切な人の中に私は入っているのでしょうか」

「もちろん入っているよ。だからサーシャが困っている時は必ず助けに行くよ。誘いの洞窟でサーシャが俺を助けてくれたように」

「わ、私もリック様が窮地に立たされている時には、必ず助けに向かいます!」

「ありがとう」


 何だか改めて口にするのは少し気恥ずかしいな。

 サーシャも俺と同じなのか顔が真っ赤になっていた。


「そ、それと精霊魔法についてだけど」


 心の問題はすぐには解決しないけど、サーシャの魔法が上達するためにはまだやれることはある。

 そのため俺はある提案をサーシャにするのであった。

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