第209話 サーシャの苦悩

 起きたら太陽が昇りかけた早朝だった。


 ここは俺の部屋か。

 確かネムネムの花を煎じた酒を飲んだ後、俺は眠ってしまったはずだ。

 まさかとは思うがほぼ一日寝ていたというわけか。深夜から朝方まで及ぶ任務だったから、仕方ないといえば仕方ないけど。

 誰かがベッドに運んでくれたのか?

 それと領主館に来てから毎日一緒に寝ていたエミリアとサーシャ、そしてノノちゃんの姿が見当たらない。

 まだ早朝だと言うのに皆早起きだな。


 もう眠気もないし、俺も起きるか。


 そして部屋を出て、領主館の廊下を歩いていくが誰もいない。

 さて、どうするかな。

 俺は何をするか考えながら歩いていると、突如窓の外に光が見えた。

 どうやら誰かが魔法の練習をしているようだ。

 暇だし行ってみるか。


 俺は領主館の中にある庭へと向かうと、そこには目を閉じて体内の魔力を集めているサーシャの姿があった。

 ちょっと確かめたいこともあるので、鍛練が終わるまで待つか。


「誰ですか!」


 邪魔しないように見ているつもりだったが、サーシャは周囲に気を配っていたようですぐにバレてしまった。


「ごめん」

「リック様!? リック様ならお好きなだけ見て頂いて大丈夫です!」


 いつも通りのサーシャだな。

 昨日は酔っぱらっていたせいか、ヤンデレっぽくなっていたが⋯⋯


「そう? それならちょっと見てようかな」

「リック様に見て頂けるなんて、嬉しいですわ」

「でもその前にちょっとだけいいかな?」

「はい、何でしょうか?」


 時間をかけてもしょうがない。ここは単刀直入に聞いてみよう。


「サーシャは昨日お酒を飲んだ後のことを覚えている?」

「お酒を飲んだ後、ですか⋯⋯何かあったのでしょうか? 気がついたリック様のベッドで寝ていましたけど」


 でたぁぁぁっ!

 まさかの覚えていないパターンか!

 これは一定以上のお酒を飲んだことで、記憶を失ったというやつだな。

 それならここは、何も知らなかったということにしよう。

 余計なことを話して、余計な人格を絶対に起こしたくないからな。


「いや、何でもないんだ。朝起きたら皆の姿がなかったら気になって」

「そうですか⋯⋯それよりリック様、今少しお時間はありますでしょうか」

「ああ、大丈夫だ」

「私の魔法を見て頂けないでしょうか? そしてお気づきになったことがありましたらアドバイスをもらえれば⋯⋯」


 サーシャの表情が暗い。魔法について伸び悩んでいるのかな?


「いいよ。だけど俺は精霊魔法を使える訳じゃないから、専門的なアドバイスは出来ないかもしれないけど」

「はい。それでも大丈夫です。お願いします」


 そしてサーシャは目を閉じて魔力を右手に込める。


 うん、体内の魔力を右手に集められているな。

 いくら魔力値が高くてもその魔力を集束できていなければ、魔法を解き放った時に威力は半減してしまうのだ。


「クラス3・炎の矢魔法フレアアロー


 サーシャが放った二十数本の赤い炎の矢が、空へと向かっていく。

 誘いの洞窟の時は炎の矢の数が十数本だった。あの時よりは成長しているのは間違いない。だけど⋯⋯


 思ったより炎の矢の数が少ないな。

 体内の魔力を右手に集めることが出来ていたので、もっと矢の数が多くてもいいはずだ。

 それなのに矢の数が少ないということは⋯⋯


「どうでしょうか⋯⋯」


 サーシャは不安げな様子で、上目遣いをして問いかけてくる。

 自信がないということは、サーシャは自分の魔法に満足いってないのだろう。

 それなら正直に悪いと思われる所を指摘した方がいいな。


「力強い魔法を放つイメージ出来ていないんじゃないかな?」

「やはりそうですか。お父様からも同じ御指摘を受けました」


 サーシャの父親である公爵も気づいていたようだ。だけど改善されていないということは、イメージを強く持つ答えを見つけられていないんだ。

 けれど何となくその原因はわかる。

 俺は自分の見解を言葉にした。


「魔法は魔力も必要だけど、どれだけその魔法について強いイメージが出来ているかが重要だ」


 俺の青い炎がいい例だ。

 しかしこの世界の人は化学というものを知らない。理論的に火を水を風を土を光を闇を深く知ることで、魔法の威力は上がる。限度はあるけど必要なことだ。


「だけどサーシャは書物を読み、自然界のイメージについてはある程度出来ているんだよね?」


 サーシャは頷く。


 努力家でもあるサーシャだ。やっていないはずがない。

 だから本当の理由は⋯⋯

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