第208話 ドルドランドの長い夜(16)

 どうする? どうすれば二人を正常な状態に戻せる?

 通常だと水を飲ませる所だけど、酒好きの二人が素直に従うとは思えない。


 カチャ


 何だ? 左手首に冷たい感触が⋯⋯


「ふふ⋯⋯運命の赤い糸で結ばれてしまいました」


 本来ならときめくような言葉だけど、この状況では一切そのような感情が沸いてこない。


「あ、あの⋯⋯サーシャさん? ⋯⋯」

「ですから運命の赤い糸です♥️」


 どう見ても違うだろ!

 まさかとは思うが、サーシャは俺を奴隷にでもするつもりなのか!

 それにこの鎖はどこから⋯⋯常日頃から携帯していて、虎視眈々と俺に鎖を嵌める機会を窺っていた、なんてことはないよな?


 真相はどうか聞いてみたいけど、俺の想像通りだったらと思うと怖くて聞けない。

 何より、今の目に光がないサーシャならやりかねないぞ。


「リック様⋯⋯これで私達ずっと⋯⋯ずっと一緒ですね」

「そ、そうですね」


 ノーと言ったら何をされるかわからないプレッシャーを感じる。

 これで逆らえる人がいるなら教えてほしい。


「リック? その鎖は何?」

「これはサーシャが――」

「まさか私の首に嵌める気なの!」


 エミリアがとんでもないことを言い始めた。

 もしそうだと言ったら、正常なエミリアなら一瞬で俺は串刺しにされるだろう。


 だが⋯⋯


「いいわよ。特別にリックにはその権利を上げるわ」


 なに!?


 エミリアの首に鎖を嵌めてもいい⋯⋯だと⋯⋯

 普段のエミリアからは考えられない言動だ。


「いや、遠慮しとくよ」


 しかし俺にはそのようなドSの趣味はないので断る。


「じ、自分を偽らなくていいのよ。素直になりなさい」

「けっこうです」

「私の命令が聞けないの?」


 鎖を首に嵌めろってどんな命令だよ。

 エミリアもサーシャも酒が入ることで、こんなに人格が変わってしまうなんて思っても見なかった。

 セバスさんはこうなることがわかっていて逃げたんだな。

 せめて酒を飲むと二人の性格が、ドMとヤンデレになることを教えてくれれば良かったのに。

 いや、教えてしまったならこの状態のエミリアとサーシャの面倒を見る人がいなくなるから、わざと伝えなかったのか。

 本当に酷い人だ。


「リック様、ここでは周囲が騒がしいので隠し地下牢⋯⋯ではなく私の部屋でゆっくり休みましょうか」


 ひぃぃぃっ!


 やっぱりサーシャは俺を監禁するつもりだよ。

 ここで頷いてしまったら、おそらく俺は一生陽の光を浴びることはないだろう。


 何とかしなければ。

 一番頼りになるセバスさんは逃げてしまったし、兵士達はこの異様な光景を離れて見ているだけで、俺の命が危機にひんしていることにまるで気づいていない。

 それにこの状態を兵士達に知られてしまったら、正常に戻った二人は恥ずかしさのあまり、外を歩けなくなってしまう。

 やはりここは俺が何とかするしかないのか。

 一番の問題はやはりアルコールだ。

 アルコールを分解する、アルコール脱水素酵素の機能を上げるか。だがその際にはアルコールを分解した時に出てくる、アセトアルデヒドという有害物質も何とかしないと、二人は激しい頭痛や吐き気に襲われてしまう。

 しかし既にキングクラブと戦った時に、新魔法である音爆弾サウンドボムを造っているので、後20時間くらいは新しい魔法は生み出せない。


 どうする? 何か、何か方法は⋯⋯そうだ!

 アルコールを取り除くのが不可能なら、逆に与えてしまえばいいんだ。


「ちょっと飲み過ぎたからトイレに行ってくる」


 実際には俺はまだ一滴も酒を飲んでいないのだが、この場を離れるために嘘をつく。


「私を置いていくつもり? これが話に聞く放置プレイというやつなの」

「それなら私もついていきます。鎖で繋がっていますしね」

「いや、サーシャはその手を離してくれればいいから」


 実際に鎖で繋がれているのは俺のみで、サーシャはその先端を持っているだけだ。この姿で歩き回るのは少し⋯⋯かなり恥ずかしいが背に腹はかられない。

 でもサーシャが納得してくれるか⋯⋯


「すぐ戻って来るから」

「絶対ですよ」


 あっ、良かった。

 ヤンデレのサーシャは以外に話がわかるのかも。


 そして俺は二人を置いてこの場を離れ、異空間から最後の一つである酒の樽を取り出す。


「そしてこの中にネムネムの花を煎じたものを入れれば」


 荒くれ者達には、樽一つに対してネムネムの花を三個入れたけど、これには十個入れておこう。

 これで二人は飲んだらすぐに寝てくれるはずだ。

 俺は二人の酔っぱらいを夢の世界に誘うため、すぐに戻る。


「リック様遅いです」

「ごめんごめん」


 この場を離れて一分しか経っていないのだが、逆らうと何をされるかわからないので謝っておく。


「それより二人とももうお酒がないだろ? あっちで貰ってきたから飲んでくれ」

「気が利くじゃない」

「ちょうどお酒が足りないと思っていた所です」

「それは良かった」


 俺は内心嬉々としてジョッキに酒を注ぐ。


「何だか嬉しそうね。まさかこのお酒の中に、何か入れてるんじゃないでしょうね」


 ギクッ! す、鋭い。

 そういえばエミリアは俺の心を読むのが得意だったな。

 どうする。どうやってこの危機を乗り越える。


「それならリック様もお飲みになればよろしいのでは?」

「そうね。ほら、私が注いであげるわ」

「あ、ありがとう」


 三人の手には酒が入ったジョッキがある。

 エミリアとサーシャは警戒してか、酒を飲もうとしない。

 俺が飲むのを待っているのだ。


 確かに女性は、得体のしれない酒は飲むとえらい目に遭ってしまうかもしれないので、警戒した方がいい。だがその危機管理は今発揮しないでほしかった。


 覚悟を決めるしかないか。


「それじゃあ⋯⋯かんぱ~い」

「「かんぱ~い」」


 俺は自分のジョッキを、二人のジョッキに軽くコツンと当てる。

 そして二人は俺の動向を探っているようで、酒に口をつけない。


 仕方ない。


 俺はジョッキに入った酒を一気に飲み干す。


「くう~! やっぱり旨いなあ」


 だがネムネムの花を煎じた酒を飲んだことで、急激に眠気が襲ってきた。

 くっ! 寝るな! 寝たら二人を野放しにすることになってしまうぞ。


「それじゃあ私も」

「私も頂きます」


 そして二人は俺の様子を見たことで警戒を解き、躊躇いもせず、ジョッキに口をつける。


 よし。飲ん⋯⋯だ⋯⋯


 二人が酒を飲んだことで緊張感が薄れたのか、俺の意識は夢の中へと落ちていくのだった。


 ちなみにこの後、エミリアとサーシャもすぐに寝てしまった。

 そしてその時、二人とも俺に抱きついて寝ていたため、それを見ていた者達から、領主と領主代行はとても仲が良いと噂されるのであった。

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