第207話 ドルドランドの長い夜(15)

「お、遅かったか」


 二人の足元にはジョッキが五つずつ転がっている。

 ということはこの短時間で、ウイスキーをジョッキで五杯も飲んだのか!

 二人の酒好きには呆れるしかない。

 兵士達もこの異様な光景に距離をおいて眺めている。


「エミリア? サーシャ?」


 俺は恐る恐る探していた二人に問いかける。

 セバスさんの話では、二人は酔っぱらうととんでもないことをするらしい。

 頼むから暴れるとかはやめてくれよ。

 エミリアのようなじゃじゃ馬が暴走したら、俺の手には負えないぞ。


「あら? リックじゃない。このお酒とても美味しいわね」

「まだ少ししか飲んでいませんのに、もうお酒がありませんね。そこの方、新しいのを持って来て下さいませんか?」


 少し⋯⋯だと⋯⋯

 アルコール度数三十以上のジョッキを五杯も飲んで、よくそのセリフが出てくるな。

 二人がここまで酒豪だとは思わなかった。

 だが話を聞いた限りだと二人は正常に見える。

 まだ隠された人格が出てくる前のようだ。

 とりあえず二人にはこれ以上酒を与えないように⋯⋯ってぇぇぇ!


 少し考えている間に、兵士がどこからか酒を持ってきたようで、エミリアとサーシャはまるで水のように飲み始めていた。

 これ以上アルコールを摂取したら二人はどうなってしまうのか⋯⋯


 あっ! 兵士達の中にセバスさんがいる。

 セバスさんなら、どれくらい飲めば二人がやばい状態になるのかわかるはずだ。


「セバスさん!」


 名前を呼ぶとセバスさんはこちらに向かってくる。

 しかし普段無表情で感情を見せないセバスさんが、何やら焦っているように見えた。


「二人はけっこうアルコールを摂取しているように見えますが、大丈夫でしょうか?」

「そ、それは⋯⋯」


 だがセバスさんは俺の望む答えを返してくれない。

 いや、むしろ望まない言葉を返してきた。


「申し訳ありません。急用が出来ましたのでお嬢様のことはよろしくお願いします」

「えっ?」

「リック様なら対応出来ると思います。では失礼します」


 そしてセバスさんは、今まで見たことがないスピードでこの場を離脱する。


「に、逃げた。執事のくせに職務放棄をするなんて⋯⋯しかも俺に押し付けたな」


 これはこのままここにいるのは、得策ではない気がする。

 二人が酒に捕らわれている間に俺も早く逃げなくては⋯⋯


 俺は踵を返し、この場から離れようとする。

 だが俺の両腕は突如ロックされ、動くことが出来ない。

 その犯人はもちろん⋯⋯


「エミリア⋯⋯サーシャ⋯⋯離してくれないか」


 しかし俺の言葉が届いていないのか、二人が腕を離す気配がない。

 これはもう酔っぱらっていると考えて良さそうだ。

 何故ならいつもの二人なら、俺の腕に抱きつくことはないからだ。


 何だか自分で言っていて悲しくなる台詞だな。

 だけど事実だ。今は現実をしっかりと認識しなくてはならない。


「二人共離してくれないか」


 そして俺はもう一度ハッキリと自分の意思を伝える。

 ここでも応えないようなら、少し力を入れて拘束を解くしかない。

 しかし今回は反応があった。


 エミリアからすすり泣くような声が聞こえてくる。


「えっ? エミリアから?」


 あのドSのエミリアが泣く⋯⋯だと⋯⋯

 俺はとてもじゃないが信じられなくて、顔を覗き込むが、やはりエミリアは涙を流して泣いているようだ。


「ひどいわ。離してくれなんて⋯⋯リックは私のことが嫌いなのね」


 ん? んん?

 エミリアから普段では考えられない弱気な発言が聞こえてきた。

 これは本当にエミリアなのかと疑うレベルだ。


「いや、そういう訳じゃない。ただ若い女性がいきなり男に抱きつくのはどうかと」

「どうせ私の胸が小さいから抱きつかれても嬉しくないんでしょ? どうしても離れて欲しかったら、慎ましい胸なんかお呼びじゃない! 俺から離れろ! って怒鳴ればいいじゃない。そうすれば喜んで離れてあげるわ」

「そんなこと考えていない」


 ていうか誰だこれ?

 エミリアが自分から胸の話をするなんて信じられない。しかも怒鳴ればいいなんて⋯⋯これは酔っぱらっておかしくなっていることが原因なのか?


 ギュッ!


 そして今度は反対側にいるサーシャが腕を強く抱き締めてきた。


「リック様、私がいることも忘れないで下さい」

「忘れてないよ」


 こんなに大きな胸に腕が包まれたら、気持ちよすぎて、忘れたくても忘れられるはずがない。


「今、私の胸の感触が気持ちいいって考えていましたね?」

「そ、それは⋯⋯」


 その質問に対して、この場でうんと言える程俺は勇者じゃない。


「リック様のお考えはどのようなことでもわかりますから⋯⋯手に取るように⋯⋯」


 ひぃっ!


 何だかサーシャの目が怖い。

 女神のように慈愛に満ちた笑顔を見せるサーシャが、今は目の明かりが消え、闇落ちしているように見えるのは気のせいか?


「リックゥゥ⋯⋯」

「リック様」


 俺はこの危機を無事に乗り越えられるのだろうか。

 残念ながら朝方の宴はまだまだ続くのであった。

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