第206話 ドルドランドの長い夜(14)
まず創聖魔法で造ったスープを鍋に入れる。
中火で温めて沸騰したら白菜の芯、カニの爪、カニ肩肉を投入。
白菜の芯の部分が柔らかくなったら、ネギとキノコを入れ、八割がた煮えてきたら、カニ足と白身魚を入れる。
そして少し煮て完成だ。
この時煮すぎてしまうと白身魚が崩れてしまうので、注意が必要だ。
カニは意外にも身だけ取って熱しても、形が崩れないのは幸いだったな。
俺は出来たものをウィスキー侯爵と仲間達によそい、まずは味見をしてもらう。
「これはスープか? だがあまり嗅いだことのない匂いだ」
「でもいい匂いです」
「食べれば美味しいかどうかわかるわ」
「お兄ちゃん、これはなんていう料理なの?」
「これはカニ鍋っていうんだ。美味しいかどうか食べてみて感想を聞かせて欲しいな」
そして皆、まずはカニの身から手をつけ始める。
どちらかというとこの世界は洋風の食べ物の方が多いから、この和風の鍋が口に合うか⋯⋯
俺はドキドキしながら皆の様子を窺う。
「こ、これは⋯⋯」
「ぷりぷりとした食感に磯の香りがして、すごく美味しいです!」
「甘味もあって上品な味⋯⋯スープの味も絡んで最高に旨いわ!」
そうだろうそうだろう。このスープは前世の世界でも大変世話になった鍋つゆだ。
これ一つで出汁も取らずに鍋つゆが出来るなんて、人類の革新的発明だと言っても過言ではないだろう。
「カニさんって可愛いのに美味しいね! ノノ、こんなに美味しい食べ物食べたことないよ!」
「旨い⋯⋯旨い⋯⋯旨い⋯⋯」
ノノちゃんは笑顔で、そしてあのリリでさえ一心不乱にカニ鍋を食べている。
これはかなり気に入ってもらえたと思って間違いないだろう。
「それでは皆さんも食べて下さい」
そして俺はこの場を離れ、カニ鍋を皆が上手く作れているか周囲を回り始める。
中には材料を入れる順番が違う人達もいるが、俺は鍋奉行ではないので特に指摘することはしない。
しかし兵士達の中に、料理にこだわりがある者がいたようで、カニ鍋の作り方に文句を言っている人がいた。
「だ~か~ら~さっきのみてなかったのか⋯⋯ヒック⋯⋯入れる順番が
⋯⋯ヒック⋯⋯大切なんだよぉぉぉ」
テッド、お前かよ。
テッドは既に酒で酔っぱらっているようで、イチャモンをつけるめんどくさい奴になっていた。
「はいここ! ここで⋯⋯ヒック⋯⋯カニの足を投入!」
しかもまだ鍋つゆが煮たっていないのに、いきなりカニを入れ始めた。
「さらに全ての材料を⋯⋯ヒック⋯⋯ドボン」
周りの兵士達から何をするんだと怒りの声が上がる。
そしてついにはテッドと兵士達による、軽いいざこざが起こってしまう。
これは近づくと面倒なことに巻き込まれそうだな。
俺はテッドに話しかけられないように気配を消して、この場を離脱した。
嫌だ嫌だ。酔っぱらって奇行に走り、周囲に迷惑をかけるなんて最低だ。
それなら初めから酒など飲まなければいいのにと思ってしまう。
ん? 酒? 酔っぱらい?
何故かこの二つのキーワードが、俺の頭の中から離れなかった。
「何かを忘れているような⋯⋯はっ!」
お、思い出した。俺は何故とても重要なことを、今の今まで忘れていたのだろう。
俺は直ぐに先程までカニ鍋を作っていた場所へと戻る。
するとそこには、食事をしているノノちゃんとリリの姿があった。
「あれ? お兄ちゃん慌ててどうしたの?」
「うま⋯⋯うま⋯⋯うま」
しかし既にそこには、目的の人物達は見当たらなかった。
い、いない。いったいどこに行ったのか。これだけの人数いる中で探すのは骨が折れる。
ここは探知スキルを使って探した方が早いな。
俺はすぐに探知スキルを使うと、南西二百メートルの所に座っている二人を見つけた。
これは早く向かった方が良さそうだ。何故なら二人の側にはいくつもの⋯⋯
「ちょっと人を探していてね。出来ればノノちゃんとリリはここでカニ鍋を食べてて欲しいなあ」
「うん。よくわからないけどわかったよ」
「うまー」
リリはうまとして言ってないが、俺の言うことを聞いてくれそうだ。
そして俺は、目的の人物達の元へと向かい到着したが、間に合わなかった。
何故なら二人の足元には、既にいくつもの空のジョッキが転がっていたからだ。
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