第200話 ドルドランドの長い夜(8)

「何だこの音は」


 俺は周囲に視線を送るが、変わったことは見られなかった。


「何もない⋯⋯な。どこか遠くで異変が起きているのだろうか」


 ウィスキー侯爵も辺りに目を向けるが、特に異変を見つけることが出来ていないようだ。


「でもこの音は明らかに近くから聞こえますよ」

「そうだな。兵士達よ! 周囲を警戒せよ!」

「「「はっ!」」」


 兵士達は武器を手に音の正体を見つけ出すため、目を光らせる。

 俺も万全を期するために探知スキルを使い、周りに異変がないか確認する。


 特に異常は見られないが音は無くなっていない。

 空か?

 いや、探知スキルで空を視ても何もない。

 いったいどこから?

 だが数秒経つと音がなくなった。


「何も聞こえなくなったな。今の音は地震によるものだったのか」


 ウィスキー侯爵の言葉に僅かではあるが、兵士達の気が緩む。

 確かに地震によって、何処かで地割れが起きた音に似ていたような気もする。ん? 地割れ⋯⋯だと⋯⋯


 まさか!


「下だ! みなさん気をつけて下さい!」


 俺が声を出したと同時に勢いよく何かが地面から現れ、兵士達を上空へと吹き飛ばしていく。

 そして兵士の一人はそのに捕まってしまった。


「な、何だこれは⋯⋯巨大なカニ⋯⋯だと⋯⋯」


 地面の中から五メートル以上はあるカニが現れた。

 皆、突然のカニの出現に驚いているが、今は呆けている場合じゃない。

 このままだとハサミに挟まれた兵士は切り殺されるぞ!

 俺は急ぎカゼナギの剣を使ってカニのハサミを斬る。


「くっ!」


 カニのハサミに剣が当たった瞬間、鈍い音が鳴る。

 まさか強化された状態で、カゼナギの剣を使っても斬ることが出来ないとは。どれだけ硬い材質でできているんだ。

 だが幸いなことに、俺の剣が当たったことでハサミが緩み、兵士は助けることが出来た。


「あ、ありがとうございます!」

「早く逃げて下さい!」


 そして兵士達は体勢を整えるために、一度巨大なカニと距離を取る。


「よし! 今がチャンスだ!」


 カニの周辺には誰もいない。これなら思う存分魔法を放つことができる。


 俺は左手に魔力を込める。


「くらえ! クラス5炎嵐ファイアストーム創聖魔法ジェネシス!」


 青い炎の嵐が巨大カニへと向かっていく。そしてその嵐に向かってカゼナギの剣を使い、力を解放する。


「放て烈風!」


 すると青い炎は風の酸素を使ってさらに燃え上がり、威力を増してカニへと襲いかかる。


 もらった!

 唯一の懸念事項はカニが再び地面に潜って逃げることだが、そのような動きはなかった。

 このまま焼きガニにしてやる。

 あれだけの巨体だ。食べられる身もたくさん詰まっているだろう。

 俺は勝利を確信した。


「凄まじい炎だな」

「これならカニの化物も一溜まりもないだろう」


 ウィスキー侯爵や兵士達から感嘆の声が上がる。

 そして青い炎が消え去り視界が良好になった時、焼かれたカニの姿が目に入ると思っていた。


 だがカニはハサミを身体の前でクロスさせ、俺の炎を堪えきったようだ。


「まさか生き残るとは」

「だがあの炎で瀕死状態だろう」

「一斉に攻撃して始末するぞ」


 青い炎を受けたカニを倒そうと兵士達が突撃する。

 だが俺はこの時、この場の異変に気づいた。


 おかしい。

 今この辺り一帯は俺の魔法で熱気が漂っていて、どちらかというと空気が乾燥しているはずだ。


「空気が湿ってる?」


 だが逆に周囲は湿気に満ち溢れている。

 何故そのような現象が起きているのか⋯⋯答えは一つだ!


「みなさん離れて下さい!」


 だが兵士の数は多く、気が立っているためか、俺の声は届かない。

 兵士達は構わず、巨大カニへと突撃している。


 そして巨大カニは息を吸うような仕草を見せた。


 まさかとは思うがこれから起こす行動は⋯⋯

 頭に過った攻撃が来る確率は低いかもしれないけど、それで防御を怠って人が死んでしまったら一生後悔する。


 俺は急ぎクラス2風盾ウインドシールド創聖魔法ジェネシスを唱えるのであった。

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